スクイッドが語る、UK最先端バンドが「田舎」で発見した未来のサウンド

スクイッド(Squid)の2ndアルバム『O Monolith』が遂にリリースされた。前作『Bright Green Field』も非常に良いアルバムだったが、2年のブランクを経て発表された今作は飛躍的な成長を遂げた傑作と言えるだろう。

どの曲も構成が締まっていて、それでいてこのバンド特有の自由な即興展開も活かされている。7拍子や5拍子の使い方も格段に美しくなっているし、最後の曲のポリリズム(4拍子と3拍子が同時進行)のようなアレンジもうまい。そしてその全てが、ミニマルな展開のもとでロングスパンの時間感覚と緊張感を絶妙に両立している。前作で色濃かったポストパンクやクラウトロックの要素を引き継ぎつつ、チェンバーロックやジャズに通じるアカデミックな上品さを増し、その上で双方をうまく混ぜつつ対比しているさまは、バンドが本作で意識したという「人と環境の関わり」というテーマにそのまま対応する。広く聴かれるべき優れたアルバムだ。

スクイッドは、サウスロンドンを活動の拠点としていることもあってブラック・ミディやブラック・カントリー・ニュー・ロードなどとともに語られることが多いが、メンバー全員がウエストカントリーと強い結びつきがあり、そうした出自、地域性も今作と深く関わっているとのこと。オリー・ジャッジ(Vo, Dr)とアントン・ピアソン(Gt, Vo)が答えてくれた今回のインタビューでは、そのあたりのことも訊くことができた。

写真中央がアントン・ピアソン、右から2番目がオリー・ジャッジ(Photo by Michelle Helena Janssen 2023)

始まりはソーシャルディスタンス環境下のライブ

—『O Monolith』、とても素晴らしいアルバムですね。前作よりも曲やアルバムの構成が格段に洗練されていて、それでいてスクイッドならではの「乱調の美」も活かされています。強烈な刺激とゆったりした没入感が両立されているように感じました。この点に関してはいかがでしょうか。

オリー:新作の楽曲には音の空間(スペース)があるからね。ちょうどいい具合にリラックスした感じに仕上がっていると思う。

—自分たちとしては、今作のどのあたりに手応えを感じていますか。

アントン:サウンドの複雑さに手応えを感じている。前作の複雑さはあらゆるものを何層にも重ねた結果だったけど、新作では何層も重ねたりはせず、演奏中のリズムやメロディそのものを入り組んだものにした。僕ら全員がミュージシャンして成長を遂げたと思う。

—プレスリリースでは、『O Monolith』の制作は前作のリリースからわずか2週間後、2021年のツアー中に始まったと書かれています。完全着席でソーシャルディスタンスを保った形で行われたライブで、歌詞もほとんどできていない未完成の新曲を演奏していったのが重要だったとのこと。こうしたライブでの実演を通して、『O Monolith』の楽曲群はどのように変化していったのでしょうか。

オリー:ライブで演奏しながら曲の構造を練っていたんだ。自然な形で出来上がっていったね。(コロナ渦のため)1年間全くライブをやらなかった後だったこともあり、メンバー全員が興奮していたよ。ああいった形(ソーシャルディスタンスや全員着席など)でツアーすることはもうないと思うし、あの時のライブはこれまでとは違った。僕らの通常のライブより観客数は少なかったけど、演奏できる機会に飛びついたね。1時間ほどジャムるだけのギグだったけど、オーディエンス側も僕らと同様に、(久々に)生演奏を聴くことができて興奮していた。

 

アントン:そうだね。昔の話だから(ライブでジャムった曲が)どう変化を遂げていったのかを思い出せないけど(苦笑)、気づかないうちに、変化を遂げていた気がする。ライブ中に具体的に何か変化した訳じゃなくて、自分たちが実際演奏してどうだったかを把握できたのは大きかった。 ツアー後に「あの曲は上手く行く感じがするから、更に手を加えてみたい」だとか「この曲は相性がいい」「この曲はどうもダメだな」という風に話し合った。(ライブで未完成の新曲を演奏していくことで)自分のアイデンティティと楽曲との相性を探ることができたのは良かったね。

2021年、「Fieldworks (Socially-distanced) Tour」でのライブ映像

—歌詞がほとんどできていない曲を演奏したとのことですが、そのときはボーカルなしのインストゥルメンタルで披露したのでしょうか。それとも、スキャット(言葉としては意味をなさない音韻の並び)で主旋律を歌ったのでしょうか。

オリー:うん。歌詞がない曲も結構あった。先日、あのツアーでのライブ映像を見返していたら、ステージ上の僕はメロディだとか歌詞題材を模索していた感じだった。ツアーに出たのが前作発売の数日後か1週間後くらいで、厳しいロックダウン明けの後だったから(ツアー中は)歌詞をたくさん書くような気持ちにはなれなかったんだよね。大半の歌詞は、アルバム・レコーディングの数週間前、もしくはレコーディング期間中に書いたんだ。

—ライブでは一部スキャットしていたんですか?

オリー:うん。ツアー後半ごろには楽曲テーマを決めつつあったけど、歌詞内容についてはまだ思案中だった。だから、ただスキャットしているような楽曲も数曲あったね。

—例えば「The Blades」の中盤では、サックスが主旋律を担う一方で、ボーカルの音程の起伏は少ないです。ここでは、アンサンブル全体のテンションの増減をボーカルが煽る一方で、勢いを増していく嵐に抗えず巻き込まれるかのように翻弄される瞬間もあります。こうした声の使い方は、歌詞が完成していない楽曲を繰り返し演奏していったからこそ生まれたものでもあるように思われるのですが、実際のところはどうだったのでしょうか。

オリー:「The Blades」の中盤は元々インストゥルメンタルだったんだけど、途中で「インストっていうのもちょっと違うかな」と考え始め、レコーディングに入る数週間前にボーカル・パートを書いた。前作ほど大声で歌わず、自分の声をコントロールすることを心がけたよ。君が言ったように、抑制させた歌い方は大声で叫ぶよりも迫力が増すよね。

「人と環境の関わり」というテーマ

—プレスリリースでは、最初はブリストル周辺のリハーサルルームで楽曲の礎を作り、最終的にはウィルトシャーにあるピーター・ガブリエル所有のスタジオ「Real World Studio」に移ったと述べられています。こうした環境の変化が、自由で壮大なサウンドへの発展に寄与したとのこと。この”環境の変化”がどのようなもので、それが何をもたらしたのか、具体的に教えてください。

アントン:曲作りは主に2ケ所で進めていった。1つはメンバー全員で借りていたブリストルにある、狭くてボロい部屋(苦笑)。そのリハーサル・ルームで、新作の曲作りを始めたんだ。それから、Real World Studioのすぐ隣に手入れの行き届いていない、若干古びたリハーサル・スペースでも書いた。ちなみに、Real World Studioにはトップクラスの高価な機材が揃っていて、とても豪華だったよ。前作を録音したスタジオよりずっと広かったね(笑)。

 

—”環境”の話についていうと、「バンドのメンバー全員がイギリス西海岸と強い結びつきがあり、それはレコーディングの過程でさらに深まっていった」とも伺っています。

アントン:西海岸じゃなくてウエスト・カントリーだよ。

 

—ウエスト・カントリーは、コーンウォールやウィルトシャー、ブリストル等の南西部を指していますか?

アントン:うん。コーンウォール、デヴォン、ドーセット、サマーセット、ウィルトシャー、グロスターシャー、ブリストル等が含まれるね。

オリー:ギターのルイはブリストル、僕はReal World Studiosから15分くらいのところにあるチッペナム出身で、アントンはマールボロに住んでいたことがあるから、グルっと一周して元の場所に戻った気持ちになった。というのも、うちの家族と仲の良い友人にReal Worldで働いている人がいるんだ。それから、僕が17歳の頃は通勤電車から見える伝説的なReal World を毎日眺めていたから、今回自分があのスタジオでレコーディングすることになり、感無量だった。

新作では、ウィルトシャーにある石、Devils Denを題材にした曲を書いた。Devils Denは3枚の石でできた古代の埋葬室で、3枚の石の上に冠石が乗っている。これは、どこかにいざなう出入口らしく、冠石の窪みに水を入れておくと夜に悪魔がやってきて、水を飲んで行くという言い伝えがあるらしい。

—「この作品には、人と環境の関わりというテーマが一貫してある」というルイス・ボアレス(Gt, Vo)のコメントがプレスリリースにありました。それに関連して、スタジオ周辺で行われたフィールドレコーディング音源も用いられているとのこと。スタジオ周辺はどんな環境で、そこからどんなインスピレーションを得て、どのように録音が進めていったのでしょうか。

オリー:自然や田園に囲まれ、静寂に包まれたレコーディング環境で、新鮮だったね。間違いなくアルバムに反映されていると思う。以前ロンドンにあるダンのスタジオで録音した時は都会から逃れることはできなかった。スタジオ内は騒がしいし、外もうるさくて。レコーディング後にパブへ行くとまた騒々しくてね。一方、Real Worldの周辺は静けさに包まれていて、最高だった。野原で曲を書いたり、楽曲アレンジを考えることができ、集中できたのが良かった。このアルバムでは、そういった感覚を味わうことができると思う。

 

アントン:今回の作品は英国の田舎(カントリー)で取り掛かった訳だけど、英国では野生動物や生態系が被害を受けている。これは大問題だよ。例えば、人間によって彼らの生息地が荒らされたり、古代からある森林や大自然の破壊が進んでいる。田舎にいると、そういったことを考えずにはいられないよね。

この投稿をInstagramで見る Real World Studios(@realworldstudios)がシェアした投稿 Real World Studioの外観

—その音源が使われているのは具体的にはどこでしょうか。例えば、「Undergrowth」のイントロで聴ける、密林に反響する嘶き(いななき)のようなサウンドはフィールドレコーディングなのでしょうか。

アントン:間違いなく馬は参加していないから、何だろう(笑)?

 

オリー:でも、ちょっと馬の鳴き声みたいに聞こえるよ。

 

アントン:もしかして、僕のギターのスライド奏法かな?ギターじゃない?

 

オリー:いや、ガチョウかも?(笑)。

 

アントン:サックスの音色かな? たくさんの馬たちがいろんな楽器を演奏しているから(笑)。

— この「Undergrowth」のイントロからは、個人的にはポップ・グループやディス・ヒートを連想させられたりもしますが、ここにサックスが入ってくることで、チェンバーロックやジャズに通じるアカデミックな雰囲気が一気に増すのが興味深く感じられます。ラフな感じと上品な感じが巧みに混ぜ合わされているけれども、そこに違和感がないわけではなく、その違和感自体を味わわせることが一つの主眼になっている印象です。そのあたりは「人と環境の関わり」というテーマにも通じることに思われますが、いかがでしょうか?

アントン:うん。アルバムの大半は、環境と人間の関係に触発されていて、もしくは、そういった内容を無意識のうちに考えていたと思う。オリーの話と重複するけど、確かに僕らは環境について言及している。でも、歌詞内容や曲作りの段階で決めたこと以上に、自分たちが考えたり感じたことが織り込まれ、それがバンドの音楽を生み出していると思う。人間と景観との関係、あるいはウィルトシャーという土地で録音する意義だとか。だから、「こういうテーマに関する曲を書こう」という風に話し合うことは特になかったね。

—先述のテーマとも関係する話ですが、歌詞を作るにあたって特に意識したことはありますか。歌詞で語られている内容についても、サウンドとしてのボーカルを活かすための音韻遣いの面においても。

オリー:アルバム全体として、歌詞を書く過程では本当に苦労したし、あまりいいことじゃないけど、かなりストレスを感じていた。今こうして振り返ると、もしかしていい経験だったのかもしれないけど(苦笑)。そういう状態の中、 ダン・キャリーは、僕の歌唱表現やボーカル・デリヴァリーが進化するように助けてくれた。歌詞内容というよりも、新作ではボーカル・デリバリーに重点を置いたと思う。つまり、シャウトするのではなく、歌うことを心がけた。僕らは本当に頑張ったと思うよ。想像していたより時間がかかったし。

—ボーカルの歌い方に関しても同様の変化があると感じます。『Bright Green Field』では個を主張する場面や調和をかき乱そうとする仕掛けが少なからずありましたが、『O Monolith』ではそれよりも声がアンサンブル全体のまとまりに寄与する傾向、混沌も生み出しつつその上で新たな調和を生む表現がなされている印象があります。

オリー:前作の「調和をかき乱そうとする仕掛け」というのは非常に面白いね。このアルバムでは、他のメンバーが書いたメロディがとても秀逸だったこともあり、すでにあるメロディから逸脱したり、衝突するようなボーカル・メロディは書きたくなかった。それよりも、メロディや基盤となるものに連動させた歌メロにしたんだ。

Photo by Michelle Helena Janssen 2023

—ここまで話したこと以外に、アルバムの制作過程で特に大変だったこと、バンドとしてこだわったポイントはありますか。

オリー:うーん、全て大変だったよね(笑)?

 

アントン:(笑)。(レコーディング中の)ライブテイクは結構スムーズにいったから、あれは良かったね。何度も録音し直す必要もなかった。そうだな、大変だったのは、ツアーと並行してソングライティングを進めていたこと。バランスを取るのが大変だった。ベストな曲作りと、ツアー中にいい精神状態を保ち、リラックスしてエネルギー補充を両立させるのが難しかった。 ツアー中は家族と離れていたし、パーソナルな面でも大変だったね。でも、レコーディングはスムーズだった。オリーが話したように、歌詞はレコーディングの直前に書いたものが多かったし、他にも色々あった。例えば、クワイアの録音日を1日間違えていて、僕がクワイアの歌詞を仕上げたのは、彼らのレコーディング日の朝だった(苦笑)。もう大急ぎで書き、アレンジしたよ!

ジョン・マッケンタイアとの共同作業、フォークへの関心

—本作のインスピレーション源として特に思い浮かぶアーティストや作品はありますか?

オリー:うーん……どうだろう。僕らはそういう話はあまりしないんだ。曲作りやレコーディング中に「実はこの作品から影響を受けているんだ」というような話を他のメンバーに伝えるのも変だし。

—ルイス・ボアレスが2021年はじめに受けたインタビューで、「これからの人生で5枚しかアルバムを聴けないとしたら何を選ぶか」と問われ、その筆頭にトータスの『Millions Now Living Will Never Die』を挙げています。ジョン・マッケンタイアは『O Monolith』でもミックスを担当していて、本作の素晴らしい仕上がりにも大きな貢献をしているように思いました。ジョンが関わった作品から受けた影響について聞かせてください。

アントン:僕らのアルバムを誰にミックス依頼するかを話し合った時、まさにそのアルバム(『Millions Now Living Will Never Die』)が挙がった。 エレクトロニクス(電子音)とアコースティック(楽器)のバランスが素晴らしいし、曲のスペース(空間)の取り方もいい。僕らの新作は従来のバンド作品と比べて打楽器、木管楽器、クワイア等の数多くの種類の音が入り混じっているから、是非ジョンにお願いしたかったんだ。だから、彼が僕らと一緒に仕事をしたいと言ってくれたことを本当に嬉しく思う。

—『O Monolith』でのジョンとの共同作業で特に印象的だったエピソードはありますか。

アントン:ジョンは、口数の少ない人。アメリカ在住だから、直接会ったことはなくて、今日の取材みたいにZoomで話しただけ。「僕らのアルバムのミックスにご興味ありますか?」と聞いたら、答えは「イエス」だった(笑)。

—イギリスのフォーク・ミュージックからも影響を受けたと伺っています。具体的にいうと?

アントン:イギリスに住んでいると、誰もが何かしらの影響をフォーク・ミュージックから受けていると思う。だからといって、「この曲を真似しよう」と思うことはないけどね。影響を受けたのは、フェアポート・コンヴェンションやシャーリー・コリンズ等。最近はStick in the Wheelも好き。それから、独自のフォーク・ミージックを作り上げているリチャード・ドーソンは実に素晴らしいアーティストだと思う。彼は現実的でコミカルだけど、凄く知的な人だよね。

—この素晴らしいアルバムを引っさげて、ぜひ再来日公演を行なっていただきたいのですが期待してよろしいでしょうか。

アントン:うん、僕らもそう願っているよ!

オリー:ぜひ日本にまた行きたい! たぶん来年かな。

 

—2022年のサマーソニックで来日した時の印象、日本でのエピソードも聞かせてください。

オリー:昨日、ガールフレンドと「日本のラーメンは美味しかったね!」って、まさに日本の話をしていたところ。日本の人たちはみんな親切で、本当に素晴らしい滞在だった。それから、寿司とハイボールを堪能したよ(笑)。これまでの人生で最高の数週間だった!

—今日はありがとうございました。

オリー&アントン:こちらこそありがとう! 次は日本で会おう!

スクイッド

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