始球式で速球を投げ込む今中康仁さん [写真=北野正樹]

◆ 猛牛ストーリー【第77回:今中康仁さん】

 2023年シーズンにリーグ3連覇、2年連続の日本一を目指すオリックス。監督、コーチ、選手、スタッフらの思いを、「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。

 第77回は、オリックスのスポンサーとして支援を始めた不動産業の今中康仁さん(31)です。大阪桐蔭野球部のOBで、中田翔(巨人)は2年先輩。1年先輩の浅村栄斗(楽天)が3年時には、スタンドで日本一も経験しました。

 ケガでプロ野球選手になる夢は果たせませんでしたが、「事業を拡大し野球界に恩返しをしたい」と意気込んでいます。

◆ 「プロ野球選手以上の夢を持とう」と一念発起

 始球式で、球場が大きくどよめいた。

 京セラドーム大阪で行われた、4月29日のオリックス-ロッテ(4回戦)。「センス・トラストデー」と名付けられたこの日の試合で、スーツ姿の同社社長の今中さんが投じた伸びのあるボールは、捕手を務めた若月健矢のミットに吸い込まれた。

 「外角高めに少し外れましたが、力のある速球でした。球速を誇るタレントさんなどを除くと、始球式では速いボールでしたね」というのは、京セラドームのグラウンドキーパーで、社会人野球投手出身の岩田陽介さんだ。

 「幼いころから夢見たプロ野球選手にはなれませんでしたが、スポンサーとして野球に恩返しをする形でプロのマウンドに立てたことがうれしかったですね」と今中さんは振り返る。

 奈良県大和郡山市出身。小学生の時、甲子園の高校野球で躍動する松坂大輔さんに憧れ、野球を始めた。

 当時は大阪ドームと呼んだ球場は、仕事で忙しい父に代わり母に野球観戦に連れてきてもらった思い出深い場所でもあった。

 「郡山シニア」時代は内野手として活躍。複数校から声を掛けられたが、全国的に注目を集めていた中田や浅村が在籍する大阪桐蔭に進学した。「郡山シニア」の先輩で、大阪桐蔭からNPB、MLBに進んだ西岡剛(現・北九州下関フェニックス監督)への憧れもあった。

 2008年夏に浅村らの活躍で全国制覇。新チームで今中さんは背番号「4」をつけたが、試合中に肩・肘を痛めたことで、全力でプレーをすることが出来ず、レギュラーはつかめなかった。進学した京産大でも、練習初日に古傷が再発し、野球を断念せざるを得なかった。

 「プロ野球選手にはなれなかったが、実業家になることでプロ野球選手以上の夢を持とう」と、大学在学中に宅地建物取引士の資格を取得。大手不動産会社を経て、19年4月に大阪市内で不動産業を起業した。

◆ 恩師からの手紙

 「大阪桐蔭や野球、京セラドームが私の原点」と言い切る。

 今も読み返す手紙がある。高校1年の3月、父・憲司さんを59歳で亡くした。アパレル関係の仕事で土日も働き、試合観戦もあまり出来なかった父。寮生活で心配をかけないようにとの母・加代子さん(63)の配慮だったのだろう、病状を告げられたのは亡くなる約1週間前だった。

 ケガや、父親の急死などで野球に集中することが出来ず寮を抜け出し、自宅に戻っていた時、西谷浩一監督(53)から手紙が届いた。

 「自分の大切な野球をもっと大切にしてもらいたい。物事を途中で辞めて得るものはない。結果は別として、最後までやり遂げて見えてくるものはたくさんあり、そこで初めてわかることがある」

 「西岡剛になるんじゃないのか! 一度や二度つまづいてもいいじゃないか。大切なことは前を向き、歩み続けること。ここからが勝負です」

 松坂大輔に憧れ、身近にいた西岡剛の背中を大きな目標として追い続けた日々が、西谷監督が選手に呼び掛けてきた「出し切れ、やり切れ、ごまかすな」という言葉とともに、蘇るという。

◆ 「野球界に恩返しを」

 起業4年で、年商は40億円を超えた。21年からオリックスのスポンサーになり、22年からは京セラドームの右翼ポール左に「SENSE TRUST」の広告を掲げた。2年後輩の山足達也に加え、この年主将を務めていた池田陵真も入団しており、原点の野球界に恩返しをと考えた。

 今年1月、球団から「始球式で投げてみませんか」と話が舞い込んだ。西武から国内フリーエージェントで、4年後輩の森友哉の移籍が決まったばかり。京セラドームや大阪桐蔭との縁を感じ、試合のスポンサーにもなった。

 始球式前のキャッチボールを務めてくれたのは、今も交流のある山足。「高校時代から小技がうまく、センスもありました。『時代は山足』と脚光を浴びているのがうれしいですね」と喜ぶ。

 後輩たちの活躍は、いい刺激になっている。

 「毎年、春と夏に後輩たちが甲子園で活躍してくれます。先輩としてすごくうれしいのですが、あの舞台に立てなかった悔しさも思い出させてくれるのです。事業で成功して日本一になるぞ! と誓う時でもあります」

 「スポンサーをさせていただいてから、チームはリーグ連覇と日本一に輝きました。これからも支援を続け、野球界に恩返しをするためにも事業規模を大きくしていきたいですね」

 常勝軍団を目指すオリックスとともに、会社の成長を見据える。

取材・文=北野正樹(きたの・まさき)