ボーイジーニアス『the record』を考察 スーパーグループを超越した3人の化学反応

フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・ダッカスの3人によるスーパーグループ、ボーイジーニアス(boygenius)がデビューアルバム『the record』を発表した。5つ星の満点評価が付けられた米ローリングストーン誌のレビューをお届けする。

音楽史を振り返ると、数々のスーパーグループが存在する。しかしボーイジーニアスは、歴史上のどのグループにもないユニークさを持つ。それ故にグループの持つポテンシャルは、レコードレーベルの理解をも超えている。傑出したシンガーソングライター3人が集まったボーイジーニアスは、正に世界を制する偉大なバンドだと言える。それぞれが全く異なるスタイルを持ち、コアなファンも抱えるジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカスが、1本のマイクを分かち合う。そんな3人がついに、待望のフルレングスのデビューアルバム『the record』をリリースした。それは、誰の期待をも上回る作品に仕上がっている。

2018年、3人は6曲のオリジナルソングで構成されたEPをリリースした。今ほど期待を受けていなかった当時のEPと比べると、今回の『the record』は大きな飛躍と言える。2018年のEPでは、インディーロックの3人の詩人がそれぞれの特徴ある声を合わせてみた結果、ひとつの化学反応が生まれていた。ダッカスは『Historian』、ベイカーは『Turn Out the Lights』、ブリジャーズは『Stranger in the Alps』と、それぞれがソロアルバムで成功を収めていたものの、3人共に結果には全く満足しなかった。そこからボーイジーニアスとしての活動を経て、『Home Video』(ダッカス)、『Little Oblivions』(ベイカー)、『Punisher』(ブリジャーズ)というさらに素晴らしいソロアルバムが生まれたのは、偶然ではないだろう。

そして3人は再びバンドとして、アルバム『the record』を作り上げた。3人それぞれのパーツを寄せ集めた形ではなく、グループとしてのアイデンティティが強く意識されている。アルバムは12曲42分という昔のアナログ盤のような構成で、回り道や内輪のジョークを交えたストレートな楽曲が継ぎ合わされている。エアギターでノリたくなるようなパワー系の曲から、アコースティックギターによる暗く静かなささやきまで幅広い、彼女たち流の華麗なロックンロール作品だ。

感情的に怒りをぶつけ、恋のトラブルで混乱状態になるのはよくあるパターンだ。しかし『the record』に登場するキャラクターの頭の中には常に音楽が流れていて、自分の感情を音にして表現しているようだ。空想的な曲「Anti-Curse」でベイカーは、”歌詞を書いてみるけど/酷いラブソングになってしまう/まるで外国語みたい”と、恋に落ちる時の感情を歌っている。

2020年の傑作アルバム『Punisher』のリリースからわずか1週間後、ブリジャーズは他の2人へ「またバンドをやれないかな?」と、デモ曲を添付してメールした。そして3人は、リック・ルービンがマリブに所有するシャングリラ・スタジオで、共同プロデューサーのキャサリン・マークスを交えて密かにアルバム作りに入った。4日間で仕上げた2018年のEPとは異なり、今回はレコーディングに1カ月かけた。結果として、再びバンドを組めるかしらと問いかけたブリジャーズへの答えは、「ボーイジーニアスがバンドでないと言うなら、一体何なのか?」と出たようだ。

2023年1月、3人はローリングストーン誌の表紙を飾ると同時に、新たな作品を公開した。リードシングルとしてリリースした「$20」(ベイカー)、「Emily Im Sorry」(ブリジャーズ)、「True Blue」(ダッカス)の3曲は、3人がそれぞれ書いた作品だ。その他の曲は、メンバーがさまざまにコラボして作った。「$20」の冒頭でベイカーが”良くないと分かっていても、やってみる”と歌っているように、3人は何でも試してみるようだ。

「スーパーグループ」を超越している理由

「Not Strong Enough」で3人は、独創的な音を聴かせている。オープニングでジョニ・ミッチェル風にギターをかき鳴らすと、80年代のニュー・オーダー的なリズムへと展開する。コーラスは、シェリル・クロウの名曲「Strong Enough」を彷彿させる。ヴァース部分は、同じくシェリル・クロウの「If It Makes You Happy」や「A Change Would Do You Good」の雰囲気を感じる。”峡谷を走り抜けるドラッグレース/「Boys Dont Cry」を歌いながら/私たちの体が道路の上に転がっているのが見える?”と、ベイカーが陽気に歌う。

「Revolution 0」(ザ・ビートルズの『White Album』を意識したのだろう)は、ブリジャーズが、遠距離恋愛をため息まじりに歌う悲痛なバラードだ。”私の頭の中にいる空想のお友だち”に思いを巡らせながら、”これが愛でないなら、一体何なの?”と疑問を投げかける。また、バンジョーをバックに歌う曲「Cool About It」では、別れた相手との再開がどれだけ酷い結果になるかをテーマにした、3つの異なるストーリーが絡み合う。”どんな効果があるのか知りたくて、あなたの薬をこっそり飲んでみたことがある”と、ブリジャーズは打ち明ける。そして”これからは、あなたの心が読めない振りをしなければならない/気分はどうかと尋ね、あなたに嘘をつかせている”と鋭い調子でささやく。

ダッカスは、「Night Shift」、「Map on a Wall」、「Triple Dog Dare」のように、魂の悪魔祓いへと発展する長い独白を得意としてきた。アルバム収録曲のタイトルに名を冠したレナード・コーエンのように、ダッカスもまた、7分間の長い曲で本領を発揮するタイプのシンガーソングライターだ。アルバムのハイライトである壮大なバラード曲「Were in Love」で彼女は、壊れたストーリーの欠片を集めて、つなぎ合わせようとしている。”いつか将来の10月に、私はくだらないテレビ番組に嫌気がさすでしょう”とダッカスは予言する。”私は独りぼっちでカラオケに向かう/そして私についてあなたが書いた歌を歌うでしょう/私自身は歌詞を一度も見ていないのに”と彼女は言う。しかし、たとえカラオケバーでも、曲の中の感情に向き合うには強烈過ぎる。さらに彼女は”誰にも歌って欲しくはない/そんな曲が定番になって欲しくない”と望む。

この時点でまだ「Were in Love」に感じるものがなくても、曲の最後にひとつの展開がある。ボーイジーニアスの3人が、”I could go on and on and on/And I will”と歌う。テイラー・スウィフトのアルバム『1989』に収録された隠れ名曲「This Love」の、最もウィットに富んだ歌詞の一節だ。アルバム『the record』における感情的な大虐殺として、間違いなく聴く者に大きなダメージを与える。

ボーイジーニアスは「Anti-Curse」でも、もうひとつの音の極限へと達している。ベイカーのパワフルなボーカルが、ギター&シンセロックに乗って熱狂する。U2の『The Joshua Tree』とケリー・クラークソンの「Since U Been Gone」を足したような楽曲だ。アトモスフェリックな華々しいドラムロールに乗せて、ベイカーが個人的な報いについて歌う。正念場を迎えた彼女は、”悪く考える必要はない/やり方を知っていたとしてもね”と自分に言い聞かせる。「Were in Love」と「Anti-Curse」によるワンツーパンチは、ボーイジーニアスのロックに対するスタンスを示している。『the record』の全体を通じて、3人はそれぞれのスタイルを結合し、各曲に合った化学反応を起こしている。ボーイジーニアスが並みの「スーパーグループ」を超越している理由は、そこにある。結局のところ、スーパーグループと言っても、真に優れたバンドに比べればごく「普通」の存在なのだ。そして今や、ボーイジーニアスの立ち位置を疑う余地はない。

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From Rolling Stone US.

ボーイジーニアス

『the record』

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