「アニメ」とひとくちに言っても、それが意味するものは様々だ。多くのアニメファンが思い浮かべるのは放送や配信で楽しむことができるTVアニメや劇場公開されるアニメ映画など、いわゆる商業アニメーションであることが多いだろう。しかし、それ以外にも多種多様な形のアニメーションがある。
一般社団法人日本昔ばなし協会が推進する「海ノ民話のまちプロジェクト」で制作するアニメーションも、そうしたもののひとつだ。2018年からスタートした「海ノ民話のまちプロジェクト」は、日本各地の海の民話を子どもたちに伝え語り継ぐことを主眼にし、2022年までの5年間で実に42本もの民話を、杉井ギサブロー氏や湖川友謙氏など実力派のスタッフの手によってアニメ化してきた。
その作品上映と併せ、多彩なゲストが登壇して民話をアニメとして活用することの可能性を語るイベント「海ノ民話アニメーション上映会2022」が、1月22日(日)に東京・原宿のWITH HARAJUKU HALLにて開催された。
>>>会場・ステージ上の様子や作品場面カットなど(写真20点)
●民話に込められた海への思いを次代へ
このイベントは、”次世代へ豊かで美しい海を引き継ぐために、海を介して人と人がつながる”というスローガンを掲げる、日本財団「海と日本プロジェクト」の一環として開催されたもの。二部構成で行われ、第一部では「海ノ民話のまちプロジェクト」の軌跡をたどりつつ15本の「海ノ民話」アニメを上映、第二部ではさらに27本を一挙に上映した。
第一部にまず登壇したのは、日本財団の海野光行常務理事と女優・作家・歌手として活躍する中江有里さん。
少子高齢化や市町村合併などの影響によって、長年にわたって語り継がれてきた民話が消失の危機に瀕している状況を踏まえ、先人が込めた想いを時代の子どもたちに伝えていくための最良の手法としてアニメを選択したと語る海野常務。柔らかいタッチと親しみやすい画、語りかけるような優しさのある声の作品にしたいという希望を持っていたところ『まんが日本昔ばなし』を制作していたスタッフと出会うことができ、それが可能になったという。
一方、中江さんは「今思えば、子どもの頃からテレビで『まんが日本昔ばなし』を観ていたことで、昔があって今があることをなんとなく知ることができていた。昔ばなしに触れることはとても貴重なのだと思います」と語り、「海ノ民話」をYouTubeで視聴できることの魅力や、各話が約5分と短く子どもでも飽きない長さであることにも着目していた。
続いて登壇した一般社団法人日本昔ばなし協会 代表理事で「海ノ民話のまちプロジェクト」アニメーションでは監督・プロデューサーを兼務する沼田心之介氏は「海ノ民話のアニメ作品は、実際に現地を訪ねて地域ごとに実行委員会を組織し、地元の様々な方々と意見交換をして丁寧に作っています。船で民話の現地に赴くこともあり、地元の人が大切にしてきたことや文化を取り入れています。海の民話が教えてくれることを分かりやすく表現したいと試行錯誤しました」と制作の背景を明かした。
沼田監督を始め制作スタッフがロケハンや地元の人々との話し合いを重ねて制作した「海ノ民話」アニメーションは、各話の最後に舞台となった地域や民話が教えてくれることなどをわかりやすく1分にまとめて振り返るという体裁になっており、アニメ作品としてだけでなく、次代を担う子どもたちへ向けた”学び”が盛り込まれているのも大きな特徴だ。
●「海ノ民話」を教育だけでなく商品開発など町づくりにも活用
すでに5年間の積み重ねがある「海ノ民話」アニメーションは、様々な分野での活用も進んでおり、実際に2つの事例が紹介された。神奈川県藤沢市の1902年創業の老舗「中村屋羊羹店」では、江ノ島を舞台にした「海ノ民話」アニメ作品『五頭龍と弁天様』を店頭で上映、アニメに登場した弁天様のキャラクターを商品のパッケージとして商品展開しており、製造が間に合わないほどの人気商品となっているという。
また、愛媛県今治市では市内の全小学4年生を対象に「海ノ民話」アニメの上映授業を実施したほか、全小学5年生を対象に専門家による「海ノ民話」の出前授業を展開している。
その効果について、今治市産業部交流振興局文化振興課課長の波頭健さんは「今治市で伝承されてきた海の民話『クジラのお礼まいり』から得られる学びが一層深まり、地域への愛郷心を高まるきっかけになったという声が教育現場から届いています」と高く評価し「引き続き教育現場で『海ノ民話』を活用し、海から得る教訓や学びを子どもたちに伝えていく」と前向きな姿勢を示した。
●様々なテーマで制作されている「海ノ民話」アニメーションの多様性
ここからは、現在までに制作した42作品の中から15作品を「語り継がれる民話のチカラ」「地域を豊かにする海文化」「アニメ芸術としての民話」という3つのテーマに分けて上映し、その幕間にはテーマに関連したゲストによるトークが行われた。
「語り継がれる民話のチカラ」では、学習要素のある5作品を上映。上映後には、お茶の水大学サイエンス&エデュケーション研究所特任講師の里浩彰さんと、桃太郎を研究した作品で文部科学大臣賞を2度受賞した ”桃太郎博士” の中学3年生、倉持よつばさんが登壇した。
続くテーマ「地域を豊かにする海文化」では、地域の成り立ちや地名に由来のある5作品を上映。大手前大学建築&芸術学部専任講師の下田元毅さんと、三重県鳥羽市の現役海女であり水産庁「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」メンバーでもある小寺めぐみさんの2人が登壇した。
最後のテーマは「アニメ芸術としての民話」。制作過程で特に技術的にこだわった5作品が上映され、2019年以降の「海ノ民話」アニメーションの全ての作品で声優を務める四宮豪さん・冨田康代さんの2人に加え、監督・演出・アニメーター・漫画家として長く活躍してきた樋口雅一さんも登壇。
樋口氏は、完全分業制となっている今のアニメと比較すると1作品が5分程度と短いため、ストーリーや動き、どんな演出を選択するかなどを1人のクリエイターの中で完結することができ、「個性や思いをつぎ込んで作ることができる、とてもやりがいのある、貴重で楽しくありがたい仕事」と制作スタッフとしての立場からその魅力を強調した。
さらに、冨田さんと四宮さんは「『まんが日本昔ばなし』を観ていたので親近感があり、懐かしく感じました。漁師さんの服装はこんなだったんだと、日本文化も垣間見ることができます」(冨田)、「絵柄も含めて絵本に近いイメージがあります。アニメーションなのにページを1枚ずつめくっている感じがあって、親しみやすく取り組みやすいと感じました。その時代の流行りや土地の風習など、細かいところまでしっかり描かれているのが面白いですね」(四宮)と、それぞれが「海ノ民話」と関わってきた中での印象を語った。
そして、ここでなんと司会者からのリクエストに応え、四宮さんと冨田さんは「海ノ民話」アニメの一場面を生アフレコで披露! 数々のキャラクターを演じ分けながらの掛け合いには来場者も驚嘆の声を上げ、この日一番の盛り上がりを見せた。
●「海ノ民話のまちプロジェクト」2023年度は3つの新たな取り組み
最後に海野常務から、プログラムの総評と2023年度の展望が3つ紹介された。
まず最初は ”「海ノ民話のまち」ネットワークの構築” 。次に挙げた ”有識者ネットワークの構築” では、民話に関する包括的な資料の制作にチャレンジしたいと熱く語った。最後に、漁師の方々や作家の先生など ”異業種異分野との繋がり” 。「ARやVRで子どもたちが民話の世界へ没頭して楽しめるような環境作りも行っていきたい」と展望を述べた。
以上で第一部は閉幕し、第二部では、初公開の新作アニメを含め、これまでに制作した27作品を一挙に上映。多数の子ども連れを始めとする来場者が楽しんでいた。
今後もますます拡充されていく「海ノ民話のまちプロジェクト」は、それを中心に構築されるネットワークが教育や文化振興、地域の町づくりといった側面に与える影響力という観点からも注目度が高まっていくことだろう。しかしやはり、それは確固たる実力と実績を兼ね備えた制作スタッフによって担保される、アニメーション作品としてのクオリティの高さあってこそのものだ。気になった読者はぜひ一度観てみてほしい。「海ノ民話」の伝承をつなぐという意味だけでなく、『まんが日本昔ばなし』で培われたアニメーション技術の ”継承” がそこにはある。