SMA芸人・キャプテン渡辺が語るハリウッドザコシショウという存在「芸人としての理想」

競馬好きなら誰もが知る存在。しかしお笑い芸人としては、2011年、12年と「R-1ぐらんぷり」(フジテレビ系)決勝に連続出場して以降、本人曰く「迷走していた」という男が、11年振りに単独ライブ「漫談スタイル」(10月4日、「座・高円寺2」にて)を敢行する。競馬界ではノリにノッている今、あえて「お笑い」に正面から向き合ったキャプテン渡辺に話を聞いた。(前後編の後編)

【前篇はこちら】100万円馬券的中で話題・キャプテン渡辺が語る芸人としての迷走「R-1決勝に残ったのに」

【写真】100万円馬券的中で話題・キャプテン渡辺

絶頂期からの転落は、2度目の「R-1ぐらんぷり」決勝の舞台から始まった。

「まあスベりましたね(苦笑)。スベりすぎた。自分が面白いと思うネタで、ライブでも鉄板だったのに。そこからあんまり、ネタを作るのが楽しくなくなりました。当初はピンになってすぐってこともあって、芸人1年目みたいな気持ちでネタを作ってたのに、『テレビにウケるネタを作らなきゃ』とかヘンな知恵を付けちゃって。ボクシングを覚えたボブ・サップが逆に弱くなったみたいに、前の自分のネタに勝てるネタが作れなくなりました」

間の悪いことに、世間に認知されたタイミングでもあり、仕事も徐々に入り始めていた。振り返れば、明らかにハングリー精神が薄まっていた。

「売れたとしても、その後にどうにかできる腕がない、と自分で思ってたこともあって、『絶対にこのチャンスをつかんでやる!』という気も正直言えばなかったです。ありていに言えば、売れることが怖かった。それに本当にありがたいことですけど、『ウイニング競馬』(テレビ東京)のレギュラーを始め競馬関連の仕事があるおかげで暮らしてはいけるし、やめるとかやめないとか、そういうことを一切考えませんでしたね。良くも悪くも、健やかな気持ちで芸人を続けていました。ただやっぱり、ネタに対するアプローチは弱まっていたと思いますね」

芸人であることを辞めたわけではない。月に1本はライブで新ネタを考えていた。当然、13年以降も「R-1」にチャレンジし続けていた。しかし、結果は出なかった。そしてその間、同じ事務所の先輩、後輩がどんどん売れていった。

「今は『SMA芸人』なんて括りまでありますからね。正直、ハリウッドザコシショウさん、バイきんぐさん、アキラ100%、みんなが『R-1』優勝などで売れ出したときも、心からの祝福はできなかったです。うらやましいし、悔しかった。『R-1』は結局2020年まで出ました。準決勝までは4、5回は行ったのかな。テレビを見ている人にとっては、もう僕は『ネタの人』ではなくて、ただの競馬好き芸人ですよ。でも最近は『R-1』の出場権利が無くなって、ようやく自由になれた感じもあるんです。それまではどうしてもネタの尺もテーマも『R-1』に縛られていたので。だから今回の単独は、今まで迷走してきた自分を全部吹っ切るためのライブ、っていう気持ちがあります」

直前になってようやくネタがほぼほぼ固まってきた。本人は、「どうしても直前にならないとエンジンがかからない」と苦笑する。

「僕のダメなところですけど、これはもう性分ですね。競馬も地方を入れたら毎日やっていて、時間がないっちゃないですし(苦笑)。でもシショウだって仕事忙しいですけど、毎日自分でYouTubeの動画をアップして、ご飯作ったり子供の面倒見たりもして、それで単独ライブやってるんですから。小峠(英二)さんだってあれだけ忙しくても、ちゃんとネタを作ってる。だから『競馬が忙しくてネタができない』とか、口が裂けても言えません」

一介の「競馬芸人」から「競馬に強くてネタも面白い芸人」に…。「R-1」のブレイク当時から11年ぶりの単独ライブは、キャプテンの人生を変えるものになるのか。

「やっぱり芸人としてダウンタウンさんや、プロレスをやめた当時にテレビで見ていた爆笑問題さん、ネプチューンさん、くりぃむしちゅーさん、自分が憧れた人たちに認知されるぐらいにはなりたいんです。そういう人たちと仮に共演することがあったとしても、委縮しない自分でありたい。この番組に出たいとか、こういう番組やりたいとかはないです。芸人としての理想ですか? それはやっぱりシショウですね。ぶっちゃけ、僕が初めて『R-1』決勝に残った時、親よりも誰よりも先に連絡したシショウは『なんでお前なんかが俺より先に決勝に出るんだよ!』って思ってたらしいですけど(笑)。でも今となっては一般の認知があるうえに、どんな芸人にも一目置かれるような人じゃないですか。ああいう芸人になりたいですね」