エルヴィス・プレスリー再考 黒人音楽との関係、後世に与えた影響を今こそ紐解く

エルヴィス・プレスリーの生涯を描いた、バズ・ラーマン監督の伝記映画『エルヴィス』が大ヒット上映中。キング・オブ・ロックンロール再評価の機運も高まるなか、ここでは彼の音楽性を読み解くうえで欠かせないブラック・ミュージックとの関係、後世のアーティストに与えた影響について、荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)に解説してもらった。

エルヴィスの黒人音楽に対するリスペクト

早世とはいえ、42歳で亡くなるまでの紆余曲折がありまくる濃い人生を、どうやって1本の劇映画に落とし込むのか。その名を知らぬ人などいない巨大なポップ・アイコンのキャリアを、2022年の今、どのような切り口で描くのか。その2点を気にしながら『エルヴィス』に向き合ったファンは多いはずだ。結論から言うと、監督がバズ・ラーマンと聞いて想像していた通り、『エルヴィス』は絢爛豪華なエンターテインメント大作に仕上がった。

主演のオースティン・バトラーが全力で演じるエネルギッシュなエルヴィス像に対し、本作のもうひとりの主役にして語りべであるマネージャー、トム・ハンクスが演じるトム・パーカー大佐の謎めいたキャラクターが実に印象的。米国人であると偽っていたが実際はオランダ出身で、自身のペルソナを作り上げて音楽業界に入り込むことに成功したパーカーの視点で、回想録のような形をとっている。

エルヴィス(オースティン・バトラー)とトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)

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そうした形式を選んだことも新鮮だが、エルヴィスの音楽性に興味があるファンは序盤から胸の高鳴りが止まらないだろう。彼が1954年に録音した「Thats All Right」の本家であるアーサー”ビッグ・ボーイ”クルーダップ(1946年録音)や、「Hound Dog」(1952年録音)をエルヴィスより先にヒットさせたビッグ・ママ・ソーントンなど、初期のエルヴィスを語る上で欠かせないアフロ・アメリカンのシンガーが次々に登場してくるのだ。

『ロミオ+ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』での時代を越えた、ぶっ飛んだ脚色で知られるバズ・ラーマンだが、本作ではエルヴィスの”史実”をある程度研究した痕跡が窺える。中でもエルヴィスが少年期を過ごした故郷のミシシッピ州テュペロで、酒場で歌うクルーダップを目撃するシーンはスリリング。確かにエルヴィスはクルーダップの演奏を「じかに見たことがある」と発言しており、彼のブルース体験がどのようであったのか想像を巡らせ、わかりやすく視覚化することに成功している。しかもここでクルーダップを演じるのは、グラミー賞常連の敏腕ギタリスト、ゲイリー・クラークJr.だ。

テュペロの黒人居住区に隣接する地区で育ったエルヴィスが、地元の教会で熱狂的な礼拝を体験するシーンも強烈。裕福でない白人一家で育った南部の青年が、ブルースや黒人の教会音楽に刺激されながら個性を育んでいく過程が想像しやすくなった。シスター・ロゼッタ・サープ(ブラック・キーズのダン・オーバックがプロデュースしたヨラが演じている)や、若きB.B.キング、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノやマヘリア・ジャクソンも登場。脚色はされているが、音楽ファンにはよく知られていたエルヴィスのこうした側面が、劇映画の中でしっかり描かれた点には拍手を送りたい。

ヨラがシスター・ロゼッタ・サープを演じた経験について語る、米ローリングストーン誌のインタビュー動画

もうひとつ重要なのは、エルヴィスがメンフィスのローカル・レーベル、サン・レコードからデビューした、インディ出身のシンガーであったことにも触れているところ。これもファンにはわざわざ説明する必要のない”史実”だが、インディ・ロックを80年代以降のものと思い込んでいる人には改めて説明が必要だ。白人なのに黒人のブルースを取り上げて歌うエルヴィスのスタンスは、50年代初頭の時点では、まだ非主流であった。エルヴィスは旧来のカントリー・ミュージックからも多大な影響を受けていたが、それとは一線を画す折衷的なサウンドが生まれた背景には、白人と黒人が交流していた音楽都市、メンフィスの特性が大きく関係している。

初期エルヴィスが在籍していたサン・レコードの経営者であるサム・フィリップスは、もともとは1940年代にアラバマ州マッスル・ショールズでディスクジョッキーをやっていた人物。彼は白人だが、自分の番組では黒人の曲も積極的にオンエアしていた。そのフィリップスが1950年、メンフィスで開業した「メンフィス・レコード・サービス」は、贈答用に記念品としてレコードを作る録音サービスを展開。これがサン・レコードの出発点となった。そのスタジオで黒人ミュージシャンたちのレコーディングを進め、B.B.キングやハウリン・ウルフ、ルーファス・トーマスなどを次々に手掛けていく。そんなフィリップスのところにやってきた無名の白人歌手が、エルヴィスだったのだ。

エルヴィスがサン・レコードに残した音源、彼が影響を受けた同レーベルの音源をまとめたプレイリスト

『エルヴィス』がブラック・ミュージックとの”関係”を丁寧に描いているのは、エルヴィスが「黒人の音楽から搾取してきた」という批判に対して、バズ・ラーマンなりにアンサーする意味合いもあったはず。エルヴィスがデビューしたのは1954年だが、たとえば翌55年にはファッツ・ドミノが「Aint That A Shame」(全米35位)をリリースしてヒットの兆しが見え始めると、これにぶつけるように白人のパット・ブーンが同曲をカバーして同年5月に早速リリース、本家以上に売れてしまう(全米1位)ということが起きている。ラジオでオンエアされにくい黒人のヒット曲を白人が横から頂戴して大儲けする……というマーケティングと、エルヴィスの行ないが果たして同質だったのかどうか、議論の余地は大いにあるだろう。筆者は劇中でエルヴィスがファッツ・ドミノを形容して「彼こそがロックンロールのキング」と絶賛する場面に、この発言を入れることにしたラーマンの”見解”が透けて見えるように感じた。

後世に与えた影響、音楽家としての深化

エルヴィスを主題にした劇映画は、1979年にジョン・カーペンターが監督した『ザ・シンガー』(TV用に撮られたドラマを編集して劇場公開)があった。カート・ラッセルが主演、元妻のプリシラ・プレスリーが事実確認をした力作だったが、全体のトーンはやや重めでスターの孤独に焦点が絞られており、音楽面での突っ込んだ描写はやや食い足りなかったように思う。バズ・ラーマンは当然『ザ・シンガー』を観直したはずだし、それによって自ずと『エルヴィス』でやるべきことが定まっていった部分はあるだろう。カート・ラッセルの演技は素晴らしかったが残念ながら歌は吹き替えで、それとは対照的に歌唱も含めてやり切ったオースティン・バトラーはずっと熱っぽく、色気と躍動感が段違いだ。

『エルヴィス』のサウンドトラック盤を眺めてみると、参加した顔ぶれからエルヴィスが後世に与えた幅広い影響を一望できて面白い。ここにはエルヴィス自身やオースティン・バトラーの歌唱のみでなく、ドージャ・キャット、エミネム&シーロー・グリーン、スウェイ・リー、デンゼル・カリーといったヒップホップ/R&B勢がそれぞれの解釈を施した楽曲も収録。劇中でも当たり前にヒップホップ・ビーツを流してしまう大胆さは、いかにもバズ・ラーマンらしい。彼らと共に、ディプロやスチュアート・プライス、プナウ、マーク・ロンソン、テーム・インパラまで参加、こんな豪華な企画が成立するのも、ジャンルを超越したストリート育ちのミュージシャン、エルヴィスならではだ。

ポップ/ロック勢だとトム・パーカーの怪しげなムードを盛り立てるスティーヴィー・ニックス&クリス・アイザックの「Cotton Candy Land」が迫力満点だし、ケイシー・マスグレイヴスの「Cant Help Falling In Love」は、強く惹かれ合うエルヴィスとプリシラ、両者の心情を描写しているようで心に染みる。

本作の山場のひとつでもある、1968年12月放送のTVショウ『ELVIS(68カムバック・スペシャル)』の締めでエルヴィスが歌い上げる「If I Can Dream」は、劇中ではロバート・ケネディ射殺事件(1968年6月)の流れで出てくるが、実際は同年4月のキング牧師射殺事件にショックを受けたエルヴィスの胸中を反映して、作家チームが書き下ろしたもの。しかし、この曲を「エルヴィスらしくない」と嫌ったトム・パーカーはショウの最後に相応しくないと判断、クリスマス・ソングを歌うよう主張する。社会性に開眼し始めたエルヴィスとパーカーとの対立を象徴する重要な曲「If I Can Dream」をサントラ盤で歌うのは、ロックンロールの精神を現代に引き継ぐイタリアの4人組、マネスキンだ。

その『68カムバック・スペシャル』の勢いに乗り、エルヴィス復活を誇示した傑作『From Elvis In Memphis』(1969年)に収められていた「Power Of My Love」は、ジャック・ホワイトが改造手術を施して原曲のスワンプ・ロック風味を拡大、ジャックとエルヴィスのワイルドなデュエットが楽しめる怪曲に生まれ変わった。

『エルヴィス』を語る上で押さえておきたいもうひとつのポイントは、ゴスペル界のレジェンド、マヘリア・ジャクソンへの憧れが強調されている点。アメリカーナ的な視点でエルヴィスの軌跡を見直すと、ブルースやカントリーと並んで外せないのが、信仰心と深く結びついたゴスペルへの傾倒だ。

劇中では詳しく触れられていないが、エルヴィスは『His Hand In Mine』(1960年)を皮切りにゴスペルを積極的に歌い続け、同じくゴスペルに取り組んだアルバム『How Great Thou Art』(1967年、録音は1960年~66年)と『He Touched Me』(1972年)、そしてゴスペル曲も含むライヴ盤『Elvis Recorded Live On Stage In Memphis』(1974年)に収められた「How Great Thou Art」は、いずれもエルヴィスにグラミー賞をもたらした。この映画をきっかけにして彼のゴスペル作品に興味を持った人には、残された録音に手を加えてまとめた企画盤『Where No One Stands Alone』(2018年)もおすすめしたい。同作のタイトル曲では、愛娘リサ・マリー・プレスリーとのデュエットも実現している。

兵役を終えて以降、主演映画とそこから生まれるヒット曲が活動の中心になっていった60年代のエルヴィスは、初期の扇情的/反抗的なロックンローラーというイメージが薄まり、パーカーが望む通りに”ポップ・スター”として消費され続けた。しかしそんな時期にあっても、ひとりの音楽家として表現の深化を重ね、ゴスペルやスワンプ・ロック的表現に接近して更新を続けていたことを、エルヴィスのディープなファンは皆知っている。パーカーのお人形さんとして終わることがなかったエルヴィスの姿勢が広く知られるチャンスをようやく与えられたという意味でも、『エルヴィス』は大きな一歩と言えるだろう。

『エルヴィス』

大ヒット上映中

監督:バズ・ラーマン

出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/elvis-movie/

『エルヴィス』オリジナル・サウンドトラック

配信中/CD:7月29日世界同時発売

再生・購入:https://elvisjp.lnk.to/OST

映画『エルヴィス』予習プレイリスト

再生:https://elvisjp.lnk.to/ElvisPlaylist