SKE48仲村和泉、控えめ少女は二度泣く「新公演 開幕10分前に牧野アンナ先生からもらったメッセージ」

5月28日、SKE48チームSの新公演『愛を君に、愛を僕に』の初日。開幕10分前、楽屋に集まったメンバーたちは目を真っ赤にして泣いていた。表題曲などの振付を手掛けた牧野アンナの言葉に心を揺さぶられたのだ。その中心にいたのは8期生の仲村和泉。自分から前に出るタイプではなく、選抜に入ったこともない。3月のレッスンでは牧野に「目に色がない」と指摘され泣き崩れたメンバーだった。

本番を目前にしたメンバーたちに自信を持たせるべく牧野は数人のメンバーの名前を挙げて、これまでの伸びを褒めた。そして「成長してチームSトップクラスの表現力を身につけた」と名前を挙げたのが仲村だった。「小室哲哉プロデュース」「全額返金保証公演」と開幕当初から話題を呼んでいるSKE48にとって約11年ぶりのオリジナル新公演。その裏にあった一人のメンバーの物語――。

【写真】新公演、開幕10分前に楽屋を訪れメンバーに声をかける牧野アンナ【10点】

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「仲村は目に色がない」

 今年3月、SKE48チームSの新公演の表題曲『愛を君に、愛を僕に』のレッスンで、振付師・牧野アンナから同グループの8期生・仲村和泉が放たれた言葉である。

 それ以来、その言葉は彼女の頭をぐるぐると駆け巡った。寝る前も食事中も電車に乗っている時も――。

仲村「自分ではその自覚がありませんでした。でも、そう見えたということはそうなのかなって。悔しいし悲しかったけど、しっかり受け止めました。どうやったら目に色が出るんだろうと考えて、検索もしました(笑)」

 昨年3月、彼女の生誕祭がSKE48劇場で開催された。生誕祭とは、誕生日を迎えたメンバーを祝福するイベントであり、ケーキや花などが贈られる。そのメンバーにとっては年に一度の晴れ舞台である。

 生誕祭では他のメンバーからの手紙が読まれることが恒例になっているが、ある先輩からの手紙にはこう書いてあった。

「和泉に言いたいことはひとつ。もっと存在感を出してほしい」

 晴れがましい生誕祭でダメ出しされた。

仲村「メンバーはみんな、私のことを陰キャだと思っているはずです。全然いいですよ。事実なんで」

 性格が暗いわけではない。だが、前に出ることはしない。公演が終わると開かれる反省会で意見することはほとんどなかった。

 新公演のレッスンで、メンバー19人が円になって話し合いをすることになった。どんなチームにしていきたいか、順番に意見を述べていく。仲村の番が近づく。鼓動の高鳴りが自分でもはっきり感じられた。

仲村「私は大勢の前で意見を言うのが苦手なタイプで。真剣な話だと特に……。それで私、泣いちゃって」

 仲村は過呼吸を起こした。大泣きして呼吸を乱したからだ。仲村はその後のレッスンでも一度過呼吸になっている。2回目はダンスで呼吸を乱したことが原因だった。

 6年前、SKE48の8期生として加入したばかりの仲村は、牧野アンナによるレッスン中にやはり過呼吸を起こしている。

仲村「あの時は何回も同じ曲を踊ってキツかったこともあったし、不安だったんです。Wセンターの1人だったので」

 お披露目。新人にとって最高の舞台でWセンターの一角に立った。仲村が期待されていた証拠だ。だが、ファンの視線は徐々に他のメンバーへと移っていった。しばらくすると数人が正規メンバーに昇格して、数人が研究生に残された。仲村は研究生のままだった。

仲村「同期が先に昇格したタイミングで初めて焦りを感じました。それまではダンスを覚えることに必死で、誰が先に昇格するかなんて考える余裕がありませんでした」

 先を走る同期から遅れて昇格することはできたが、スタート地点は同じだった仲間たちの背中がやけに遠くに感じられた。その後も目立った活躍はできなかった。限られたメンバーしか呼ばれない、シングルの選抜になったことは6年弱のキャリアで一度もない。

 幼少期、全国的なAKB48ブームが起きた。仲村も大阪の地でこのブームの波にのまれていた。板野友美のファンになった。私もいつかアイドルになりたい。そう思うようになっていた。

仲村「その夢は家族にも話していました。かわいい衣装を着て、歌って踊る人になりたいと思っていました。それか、バラエティ番組が好きだったから、テレビに出る人になってみたかった。テーマパークに行ったら並ばずに乗れるのかななんて思って(笑)」

 小学校では人見知りだった。勉強も運動も平均。身長は低い。学校で目立てる場面はなかった。

仲村「大阪だと面白い人がクラスの中心になるじゃないですか。そういう人たちにも私は興味がなくて。何も考えずに生きていました。家に帰ったらテレビを見るかゲームをするか。そんな毎日でした」

 ある日、地元・大阪に秋元康プロデュースのアイドルグループができると聞いた。チャンスだと感じたが、NMB48に申し込むには年齢が足りなかった。

 中学に上がると、現実を知る。アイドルになる自分を想像できなくなった。いつしか諦めるようになったが、心のどこかにある根っこが絶えていたわけではなかった。

仲村「高校2年の時、NMB48の5期生に応募してみたんです。そうしたら、三次審査まで通って、最後の17人に残ることができました。しばらくレッスン場に通って、最終セレクションを受けることになりました。でも、最後の審査に落ちてしまって、アイドルになることはできませんでした」

 挫折だった。それでも、アイドルまで手を伸ばせば届くところまで近づけた。夢だったアイドルが現実に感じられた。次のオーディションを探すと、名古屋のグループがヒットした。

仲村「最終セレクションに落ちた数か月後、今度はSKE48を受けたら、なんとか合格できました。同期に聞くと、私が一番大泣きしていたみたいです。大阪の同級生には1人だけ伝えました。『私、アイドルになるから名古屋に行くんだ』って」

 17歳を前にして名古屋での一人暮らしが始まったが、がらんとした部屋で趣味のゲームをしていれば寂しさは感じなかった。それは何年も変わらない。しかし、グループ内の出世レースに後れを取っている現実に変わりはなかった。

 そんな仲村が輝いた日があった。今年3月、SKE48劇場でのソロ公演だ。1人4曲ずつ、自分の好きな曲をセレクトして、ファンの前で歌える。仲村は張り切っていた。

仲村「私、アイドルっぽい曲が好きなんです。アイドル=かわいい、なので。自分で映像を見返してみたら、楽しそうな顔をしていました(笑)」

 表情から楽しさがこぼれ落ちていた。こんな顔もできるのかと驚いた。仲村の楽しさのバロメーターは目である。目ですべてを語ることができる。

 自分が好きなものには心を開放できた。なのに、そのソロ公演の頃から始まった新公演のレッスンでは悪戦苦闘していた。心に鍵がかかったままだったからだ。

 その瞬間は3回目のレッスンで訪れた。すでにSKE48の公式YouTubeでもその様子はアップされている。その日はレッスン前に、「今日は大きな声で歌おう」とメンバーで確認し合ってから臨んだ。なのに、先生から「全然声が出ていない」と叱られた。レッスンが終わると、後輩の青海ひな乃が「ちょっといい? 話し合った意味ないやん」と意見した。青海は思ったことを黙っていられないタイプだ。

 仲村は思わず反論した。

「自分以上にやってる人がいるから、自分がまだまだだなと思って、自信持って言えない人もいるし。手を抜いてるわけじゃないから。それをちゃんと分かって言ってほしいです」

 最後はほとんど涙声だった。人前で話すのが苦手な人間が初めて壁を越えた瞬間だった。その瞬間を振り返る。

仲村「私は自由にやりたいというか、意見を言わないタイプでした。思うことがあったとしても、意見することを避けてきました。でも、新公演のレッスンでは先輩も同期も後輩も意見を出してくれていました。自分も何か言わないといけないと思っていました。何か言うのは勇気が必要だけど、このレッスン中、どこかのタイミングで勇気を出さないといけないと決心していました。みんなが本音でぶつかってくれるなら、こっちも本音でぶつからないと。いい公演を作るためには自分も変わらないといけなかったんです。あの瞬間は、つい口から出ちゃったというのが正解かもしれません。でも、チームSのみんなはちゃんと受け止めてくれるから、言ってよかったです。今までの私はみんなに甘えていました」

 本番を前にした最後のレッスン。「めちゃめちゃ伸びてる」と先生に褒められた5人のうちに仲村は入った。別の練習では「出来る組」に入れられた。選抜に入ったことがない仲村和泉が、である。自分のなかにあった壁が破壊されてから、レッスン場に向かう恐怖がなくなっていたし、表現する楽しさを感じるようにすらなっていた。過呼吸を起こすこともなくなった。

仲村「褒められたことは素直に嬉しかったです。でも、先生が求めているのはもっと上のレベル。課題はたくさんあります」

 5月28日。チームSは新オリジナル公演を迎えた。多くのメンバーは「このまま本番を迎えて大丈夫なのだろうか?」と不安を抱えていた。仲村は「早くステージに立ちたい」と考えていた。自信が不安を上回っていた。

 本番10分前、緊張感でいっぱいの楽屋に牧野アンナが現れた。数人の名を挙げて、これまでの伸びを褒めた。最後に自信を与えるために。

仲村「先生は、『最初のレッスンで目に色がないと指摘して、心が折れたように泣いていた仲村が、今では成長してチームSトップクラスの表現力を身につけた』と言ってくださいました。そう言われて、嬉しかったです。でも、本番10分前に言うのはズルいですよね! みんな泣いて、目が真っ赤でした」

 10分後、本番が始まった。

仲村「本当に楽しかったです。ファンの皆さんにいいものを届けたいと思ったし、ゲネプロや通しリハーサルと違って、ファンの皆さんがそこにいてくれたから純粋に楽しめました」

 その日は昼、夜と2回公演があった。夜の部が終わると、メンバーに手紙が配られた。牧野アンナからの直筆メッセージだった。

仲村「劇場の中でこっそり読みました。表現力のことを褒めてくださっていました。先生の字ってめちゃめちゃきれいなんです。心に沁みました。何回も何回も読み直しました。今はバッグに入れて持ち歩いています。お守りみたいにして」

 初日の公演が終わると、同期の井上瑠夏と食事に出かけた。軽い打ち上げのようなものだった。

仲村「2人とも牛丼が好きなんです。初日が終わったら行こうって約束していて、久しぶりにハイカロリーな物を食べました。チーズ牛丼の並に豚汁とおしんことねぎ玉をつけて(笑)。『このレッスン期間、大変だったけど乗り越えたね』ってしみじみ話しました」

 初日は終わった。でも、これからもアイドル人生は続いていく。

仲村「レッスンを振り返ると、自分が探していたものが見つかった期間だったと思います。この世界、すぐに自分の武器が見つかる人とそうじゃない人がいます。私はすぐに見つかりませんでした。でも、今は表現力が武器だと言えるようになりました。さらに磨いていきたいです」

 NMB48のセレクションに落ちて6年。仲村和泉は名古屋でアイドルをやるという世界線を生きている。来年3月には23歳になる。

仲村「年齢のことは考えます。結婚した同級生もいますし。卒業を考えたこともあったけど、まだやり残したことがあります。やっぱり選抜に入りたいです。このグループに入ったからには実現させたいし、目指さないといけない場所だから。険しい道のりだとは思うけど、新公演で私のことを見つけてもらえたら嬉しいですね」

 そう語る仲村の目には色が宿っていた。

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