斎藤工主演のNetflixシリーズ『ヒヤマケンタロウの妊娠』が配信され、話題を呼んでいる。同作は坂井恵理氏による同名コミックの実写化作で、Netflixとテレビ東京が共同で企画・製作を行った。広告代理店の第一線で仕事をバリバリこなすエリートの桧山健太郎(斎藤工)は、ある日突然自分が妊娠していることを知る。パートナーの瀬戸亜季(上野樹里)も結婚や自分が親になることは考えていなかったため、想定外の出来事に最初は戸惑う桧山。現代の妊娠・出産にまつわる多くの問題に直面していく姿が、作品を通して描かれている。

今回は、主演の斎藤にインタビュー。クスッと笑えるコメディでありながら、社会の問題もえぐる同作において何を考えたのか。監督として撮影現場に託児所を設ける試みなども行っている斎藤に、話を聞いた。

  • 斎藤工 撮影:友野雄

    斎藤工 撮影:友野雄

■新しいフェーズに移行するしかないのに、なかなかできない

――エリートだった桧山は、妊娠して色々な社会の問題に立ち向かう中で、さまざまな気づきを得ていきます。斎藤さんは桧山の心の変化や価値観の変化に共感されたりはしましたか?

僕自身は、映画やドラマを見る時に、自分が男性だから男性に感情移入するということはないんです。もういい年なんですけど、意外とティーンエイジャーの女性主人公に感情移入していたりもして。今回の作品に限らず、エンターテイメントの中では自分に近いキャラクターを探すというより、キャラクターのある面をもらうという感覚がすごく大きいです。この作品も普段見ない角度から、別の立場を疑似体験するような役割があるのではないかと臨みました。だからこそ、作中ではスローガンを掲げすぎないようにむしろ気をつけたところでもありました。

世界的に新しいフェーズに移行するしかないのに、なかなかできないというのが映像業界で。今回の作品の撮影前にもリスペクトトレーニングを受けましたが、Netflixがかつてなかったような様式を取り入れることで、議題が生まれる実態もあると思っていますし、令和に生み出される作品という、脱皮を必要とされる状態の宿命は感じるところです。表現の難しさという点では、取材していただく皆さんもなかなか大変だと思うんですけど、そういった現代的なものを非常に強く感じ、今もなおそれを体験しています。

――最近は映画監督さんに取材をすると「Netflixの方が予算もあるし環境も良い」というぼやきを聞いたりもするんですが、今回の現場で良さなど改めて感じたところはありましたか?

今回印象に残ってるのは、監督をはじめ共演者、スタッフの方が、僕のお腹が大きくなっていることに対して、“もの”じゃない扱いをしてくれたことですね。撮影のためのフェイクではあるんですが、皆さん僕に気を使ってくれて、現場に関わる方たちがどれほどのリアリティを持っているのかが大事だと、改めて思いました。

映画はある種のフィクションだし、もっと言うと僕はドキュメンタリーもある種のフィクションだと思っていて、カメラを向けた時点で何を思うか問われている時代なのかなと思っています。自分も含め、この業態には人を想うというすごくシンプルな根本的なモラルみたいなものが欠落して行く側面はあり、そこと区切りをつける、今までとは違う何かが確実に必要だと思います。この作品に限らず、現場のあり方は大事にしたいです。

■撮影現場に託児所を

――斎藤さんご自身も、撮影現場に託児所を置いたりという行動をされていますが、何かきっかけなどはあったんでしょうか?

自分の半径の中というか、本当に小さな小さな山なら作れるかもしれないというような感覚で最初に始めたのが2018年ごろでした。僕の監督作で、1週間高崎でロケーションをすることになり、小さいお子さんを持つスタッフさんが多かったので、その期間だけでもベビーシッターさんにきていただくということを制作陣と一緒にクリアしていって、今回の作品でもそういった試みをさせてもらっています。

でも僕はパイオニアでもなんでもなくて、以前安藤サクラさんがご出産された後に、たしかNHKの大阪のスタジオに局が託児所を設けたというお話も聞きました。僕は父が映像制作者だったので、小さい頃はよく仕事現場に行っていたんです。緑山スタジオとか、今もお世話になってるような場所に気軽に行けて、幼心に父がどういう仕事をしているのかを感じていたし、同じように父の仕事仲間のお子さんが来ていてコミュニティが生まれたりして、非常にwin-winなんじゃないかという体感はありました。その思いもあってトライをしてみたし、一つの前例になれたらいいな、と。

ただ、まるで慈善活動をしているかのように言っていただくと嘘くさくなるという気持ちもあって。単純に現場のスムーズさを考えてということもありますし、日本における子育てと仕事の乖離という部分への思いもあります。育児休暇をとった後にどう復帰するのか、そもそも復帰できるのかという問題に直面する方もけっこう周りにいまして、一つ乗り越えられる要素として現場に託児所があればと、いろんな人の協力をいただきながら本当にささやかなトライをしています。

――作中では桧山もコミュニティを立ち上げたり、カフェを始めたりと行動していると思いますが、ちょっと斎藤さんと共通する部分もありそうですね。

いやいや、桧山みたいに計画的にスタイリッシュにはできてないです(笑)。でも、“まさか”に直面した彼が、どう未来と向き合うかというところで、ニューノーマルを見出す姿勢というのは、まさに僕らが課せられていることだなと思います。彼も前進して行くし、出産すると決めてからの桧山を見ていると非常に楽しさを感じます。

――そういう認識などは、同年代の俳優さんとも共有されていたりするんですか?

ジェネレーションはさまざまですが、託児所などに限らず役者や監督同士でささやかな活動をしているところはあるかもしれません。例えば、コロナ禍のミニシアターの危機に対して、濱口竜介監督、深田晃司監督にお声がけいただいて「ミニシアター・エイド基金」に参加をさせてもらったというのも、その一つです。井浦新さんや渡辺真起子さん、今回出演されている俳優さんもたくさん協力してくださっていて、普段僕らに生きる場所を下さっている劇場に対して何かできないかと役者同士で共有していました。そこには職業的な感覚も営利目的も全くないですし、“まさか”という事態が起きた時に、多くを語らなくとも同じ時代に同じ問題を抱えているということがわかりました。いみじくもコロナ禍で同業者とこんなに心を通わせることになるのかと、驚いた点でもありました。

――改めて、今を反映している作品ですが、斎藤さんが感じた作品のポイントを教えてください。

宇野(祥平)さんの演じられていた宮地というキャラクターが、作品の中でも痛みを背負ってくださっていたところが印象的で、現場でも個人的に心がぐちゃぐちゃにされたというか、「ここが作品の本当の芯の部分なんだな」と感じました。終盤で、桧山は「誰かが我慢するんじゃなくて全員が自分らしくいられる未来を見つけたい」と言っています。多少の無理が生じるかもしれないけど、桧山は出会ってきた人たちとの交流を通して、手を差し伸べてくれる人がいるということも見えてきた。今、本当に業界も大変な時期だと思うんですけど、その中でも希望となるのはやはり人なのかなと感じます。

■斎藤工
1981年8月22日生まれ、東京都出身。ドラマ、映画、舞台など幅広く活躍し、近年の主な出演作にドラマ『BG~身辺警護人~』(20年)、『漂着者』(21年)、映画『糸』(20年)、『孤狼の血 LEVEL2』『CUBE 一度入ったら、最後』(21年)など。現在、主演作『シン・ウルトラマン』が公開中。『グッバイ・クルエル・ワールド』(秋公開)を控える。本名の「齊藤工」名義で監督としても活躍しBSJapanext、Amazon Prime Videoで『∞ゾッキ シリーズ』が配信されているほか、2023年に窪田正孝を主演に迎えた『スイート・マイホーム』公開も控える。