グラビア・オブ・ザ・イヤー 2021 藤乃あおいが語る「挫折とデビューの背中を押してくれた人」

2020年7月にグラビアデビューを果たし、同年11月にリリースされた1stDVD『w.a.l.k!』で年間1位の売上を記録、翌年には「グラビア・オブ・ザ・イヤー 2021」を獲得したグラビア界の超新星・藤乃あおい。彼女はいかにしてデビューへの扉を開いたのか? 誰からも愛される藤乃あおいのシンデレラストーリーを聞いた。 

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──今回は、藤乃さんがデビューするまでのお話を聞かせてください。ご出身は石川県なんですよね。そもそも子どもの頃はどんな性格だったんですか?

藤乃 ワンパク少女でしたね。落ち着きがないのは今もなんですけど、子どもの頃は特に、常に動いとかないとダメな子どもでした。授業終わり、グラウンドに遊びに行くのは当たり前。家のなかでも、ずっと動き回っていましたね。お母さんに「あんたおったらうるさいわ」ってよく言われていました(笑)。

──学生時代、何か部活動は?

藤乃 小1から中3まで、バドミントンをやっていました。高校にあがってからは軽音部に所属していたんですけど、高校2〜3年生のときはほぼ顔を出さずに、ずっとアルバイトをやっていましたね。単純に、仕事をするのが好きだったんですよ。自分の頑張りがお金になって返ってくるのが楽しくて。初めてお給料をもらったときなんて、嬉しすぎて興奮しましたもん(笑)。

──具体的に、アルバイトは何をやっていたんですか?

藤乃 飲食系が多かったです。うどん屋と焼肉屋と居酒屋とケーキ屋と……、あと引っ越し屋もやりました!飲食では、接客から皿洗い、ドリンク、レジ打ちなどを全般的に。引越し屋では、女の人の主な業務内容が梱包だったにもかかわらず、私は運び作業もやりたかったので、たまに電子ピアノ程度の軽い荷物を、男の人に混ざって運ばせてもらっていましたね。

──高校生のうちから、そんなにたくさんのアルバイトを……。それで、高校を卒業された後は?

藤乃 ファッションの専門学校に通うため、一度上京しました。中学生の頃に『パラダイス・キス』という映画を見て、「私も服をデザインしてみたい!」と強く影響を受けたんです。でも、通いだしてみたら、どこか思っていたのと違っていて。同級生たちの熱にはついていけなかったし、もともと絵を描くのは好きだったものの、私は模写が得意なだけで発想力は全然ないってことにも気付かされましたね。結局、3年制のところを1年半で辞めちゃいました。

──初の上京は苦い思い出だったんですね。

藤乃 でも不思議なことに、私がはじめて東京で過ごした冬って、ちょうど大雪が降った年だったんですよ。地元の石川で雪は見慣れていたんですけど、「東京もわりと雪降るんやん!」ってビックリした思い出があります(笑)。あとから聞くと、珍しい気候だったみたいで。それはちょっと面白かったですね。

──それは面白い偶然ですね(笑)。専門学校を辞めたあとは、また石川に戻ったんですか?

藤乃 はい。そこから2年間、フリーターをしていました。お昼は、高校時代にもお世話になっていたうどん屋で、夜は、マスターと私のふたりで回していた居酒屋で。とにかくアルバイト漬けの日々を送っていましたね。特に、繁忙期の年末年始は毎年のように働いていたので、アイドルになってから、久々に家で年末年始を過ごしましたよ。仕事していないのが、逆に変な感じでしたね(笑)。

──そこから、どのようにしてデビューしたんですか?

藤乃 実は、上京したときに今のマネージャーさんに声をかけてもらっていて、連絡先を交換していたんですよね。で、石川でアルバイトをしながら「もう21歳やし、そろそろちゃんと仕事探さんとなぁ」と思っていた矢先に、マネージャーさんから「事務所を立ち上げるから、よかったらうちでグラビアやりませんか?」と連絡をいただいたんです。それまでひとつも連絡をとっていなかったのに。ちょうどいいタイミングでのお誘いだったので「せっかくやし、やってみようかな」って。お母さんも「やってみれば?」と背中を押してくれましたしね。

──そうだったんですね。ちなみに、夜、働きに行っていた居酒屋は、藤乃さんとマスターのふたりで回していたと言っていましたが、グラビアアイドルになると告げたとき、マスターに止められませんでしたか?

藤乃 全くです。むしろ「グラビアアイドルになる」と報告したのは、お母さんよりマスターが先でした(笑)。「何か出たら買うよ」って、実際に1stDVDを3枚も買ってくれたんです。それに、私のTwitterのいちばん最初のフォロワーもマスターなんですよ。地元に帰ったときは、ご飯にも連れて行ってくれるし、今も変わらず応援してくれています。あ、居酒屋の方は、私が働いているときにも何度かお手伝いにきてくれていたマスターの友達が代わりに入ってくれているそうなので、ご安心を(笑)。

──みんなから応援されながら、再度上京されたんですね。それにしても「やってみようかな」なんて、すごい決断力ですね。

藤乃 気分屋なんですよね。何でも「やる?」って言われたら「やってみようかな」って気持ちになるというか。もちろん、嫌なことはやらないですけど(笑)。

──地元に帰れば、家族以外にもたくさん待っている人がいるわけですしね。それだけで、頑張る源になりそうです。

藤乃 まさにそうですね。この間、石川に帰ったときも、上京前に働いていたうどん屋に食べに行ったら「洗い物、溜まっとるからやってってや!」って(笑)。おかしな話ではありますが、それはそれで楽しいし、気を遣わない関係性が続いているのは、安心感もあります。みんな、グラビアアイドルの私も応援してくれているんですよ。本当にありがたいですね。

──お話しさせていただくうちに、そうやって地元の方たちから変わらずに愛されている理由が分かる気がしました。藤乃さんって、人懐っこさがありますよね。初対面の相手にも壁を作ない、オープンな印象を受けます。SNSを見ていても、ほかのグラドルさんと積極的に交流しているイメージがありますし。

藤乃 そう言っていただけるのは嬉しいですけど、私、結構人見知りなんですよ。グラドルの友達は、みんな優しくていい人ばかりだったから、自然と仲良くなれましたけど。とはいえ 、いろんな出会いのあるお仕事ですし、せっかくなら、ライバルとか関係なく、みんなで仲良く頑張りたい気持ちがあります。その方が絶対に楽しいし。

──その考え方は、これまで経験してきたアルバイトの影響ですか?

藤乃 だと思います。というのも、初めてのアルバイト先がフレンドリーな方たちばかりのお店だったんですよ。仕事終わりによく、みんなでカラオケやボーリングに遊びに行っていました。と言いつつも、仕事とプライベートはちゃんと分けたいとも思っていて。この最初のアルバイト先の店長がしっかりONとOFFを切り替えられる人で、当時から尊敬していたんですよ。仕事は真面目に、遊ぶときはめいっぱい楽しむ。どちらも中途半端なのがいちばん良くない気がします。この意識は、グラビアアイドルになった今も、ずっと自分のなかにありますね。

──たくさんのアルバイト経験が今に繋がっていると。まだデビューされてから1年半ほどですが、グラビアアイドルになって良かったと思います?

藤乃 もちろんです! 撮影会のたびに友達も増えていくし、仕事でいろんな場所に行けるし、楽しいことばかりですよ。撮影が終わったあと、スタッフさんとみんなでお疲れさま会をするのも、毎回楽しみなんですよね。地元にいるときにはできなかったようなことをたくさん経験させてもらっています。今、めっちゃ幸せですよ。

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▽藤乃あおい

石川県の金沢から上京し、昨年7月にデビューしたIカップ“加賀百万石バスト”を持つ新人グラビアアイドル・藤乃あおい。リリースするDVDが軒並みランキング上位に入り、「DVD界のMP」の呼び声が高い。

Twitter:@Fujino_Aoi