「左利きには天才が多い」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。その信憑性はどれほどのものでしょうか。自身も左利きであり、その名もずばり『1万人以上の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社)という著書を上梓した脳内科医の加藤俊徳先生が解説してくれます。

まずは本題の前に、そもそもなぜ「利き手」というものができるのかという話からはじめてもらいました。

■右利き優位の社会が右利きをどんどん増やしている

「利き手」といっても、じつはクリアにわかれるものではありません。右利きの人は100%の右利きで左利きの人が100%の左利きというわけではなく、9:1で右利きという人もいれば、3:7で左利き、5:5で両利きという人もいるというように、グラデーションのようなかたちで利き手というものは存在します。

なぜそういうことが起こるかというと、もちろん遺伝的な要素もあるのですが、脳のなかでも手の動作を司る部位が、生後の環境や手の動かし方といったことの影響を大きく受ける部位だからです。右手を多く使えば右利きになり、左手を多く使えば左利きになります。その頻度の割合によって、利き手のグラデーションともいうべきものが生まれるというわけです。

じつは、2歳くらいまでの幼児はのちに右利きになる子どもでも左手もよく使い、その逆のケースも見られることが研究によってわかっています。しかし、使う頻度が高いほうの手が最終的に利き手になるのです。

なぜかというと、脳は消費エネルギーを抑えるためになるべく「楽をしようとする」という特性を持っているためです。両手を使っている幼児は、どちらか使いやすいほう、楽に使えるほうの手をよく使うようになります。すると、そちらの手を使うための脳の部位が発達し、利き手が完全に決まっていきます。

そういう意味では、文化的背景の影響も大きく受けます。現代人の9割は右利きです。そのため、はさみにせよ自動改札にせよ、ほとんどすべての道具や環境が右利きの人にとって使いやすいようにできています。

右利きの人はまったく意識していないかもしれませんが、学校の教室の窓がすべて左側にあるのも右利きの人に適しているからです。左側に窓があるのは、右手で字を書くときに影にならないため。左利きの人の場合、どの教室に行っても自分の左手で影ができてしまい、ノートを取りづらいということになります。

左利きにはそういう不都合があるために、多くの親は子どもを右利きに矯正しようとします。そうして、幼いときには両利きだった子どもも多くが右利きとして成長していくのです。

■左利きの人は、広い視野で多くの情報をインプットしている

このように右利き優位の世の中ではありますが、わたしは左利きの人が持つ特性に注目しています。「左利きには天才が多い」という言葉を聞いたことはありませんか? 天才という言葉が適しているかはともかく、左利きの人は、右利きが多い周囲とはちがったアイデアを生むようなことは得意だといえます。

なぜなら、左利きの人は右利きの人とは脳の使い方がまったくちがうからです。すでにお伝えしたように、世の中のあらゆる道具や環境は右利きの人にとって便利なようにできていますから、左利きの人はつねにその不便さに向き合わされることとなります。

右利きの人がなにも考えてないときも、「どうすればうまく自動改札を通過できるか」というふうに、どんな瞬間も課題を与えられて考え続けていることになります。いわば、絶えず脳を鍛え続けているのが左利きなのです。脳を鍛え続けているのですから、そこから生み出されるアイデアもよりよいものになるということは想像に難くないでしょう。

それから、左利きに天才が多いといわれることのもうひとつの理由は、脳の仕組みにあります。「半側空間無視」という言葉を知っていますか? これは主に脳の損傷によって引き起こされる、「目の前の空間の半分を無視する」という脳機能障害です。この障害が起きると、目にはなんの問題はなくとも、目の前に出された食事の片側半分しか食べないといったことが起きます。つまり、片側半分を認識できないのです。

右脳は身体の左側、左脳は逆に身体の右側の機能を司っていることは多くの人が知っていますよね。でもじつは、右脳は左右両方の視野に注意を向けています。なぜそういえるかというと、半側空間無視は、左脳の損傷では起きにくく、右脳の損傷だと起こりやすいからです。

右脳を損傷すると、残された左脳によって目の前のものの右側しか認識できなくなります。つまり、ものの左側が見えなくなるということです。逆に左脳を損傷した場合、ふつうに考えれば右側の空間を無視しそうなものです。ところが、そうではない。ですから、残された右脳が左右両方の視野に注意を向けているのだと考えられるのです。

つまり、右脳が発達している左利きの人は、右利きの人に比べて視野が広いという見方もできます。なにを考えるにも、インプットする情報量が重要な要素のひとつだということはいうまでもありません。そのため、広い視野で多くの情報をつねにインプットしている左利きの人が天才といわれる人間になりやすいとも考えられるのです。

■「天才」が多い左利きの人が注意すべき点

ここまでで、「自分は天才かも!」なんてよろこんでいる左利きの人もいるかもしれませんが、もちろん注意も必要です。左利きの人は、右利き優位の社会のなかでときには苦手な右手を使った作業を強いられることもしょっちゅうです。つまり、右脳と左脳の両方をバランスよく使っているといえます。

そういうといいことのように感じられるかもしれませんが、裏を返せば右利きの人に比べて左脳を使う割合が少ないということでもあります。右利きの人は、なにをするにも左脳を中心に使います。そして、左脳が司るのは、論理的思考や言語機能です。

つまり、左利きの人は右利きの人に対して論理的思考力や言語能力に劣るということがよく見られるのです。わたしたちが生きる文明社会は、言語でできているといってもいい過ぎではありません。言語を使わずに社会生活を営むことは非常に困難です。

若い頃のわたし自身、周囲の研究者仲間と話をしているときに「なにをいっているかわからない」といわれたことが何度もあります。自分では気づかないうちに説明不足におちいっていたのです。左利きの人がその特性を活かして成果を挙げるには、左脳をしっかり鍛えて論理的思考力や言語能力を伸ばしていくことも欠かせないとわたしは考えています。

そのためには、日記をつけるなど日頃から「言語化する」という習慣を身につけることをおすすめします。その日に自分が見たこと、感じたこと、浮かんだアイデアというものをそのままにせず、ノートに書き出してみる。感覚的にとらえているものを言語化する過程には、必ず左脳が働きます。せっかくのアイデアを「説明不足」のひとことで片づけられないよう、左脳の働きもしっかり伸ばしていきましょう。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人