理化学研究所(理研)は12月2日、生命誕生の初期から存在したと考えられる原始的なタンパク質構造を、7種類のアミノ酸だけで合成できることを実証したと発表した。

同成果は、理研 生命機能科学研究センター(BDR)高機能生体分子開発チームの八木創太基礎科学特別研究員、同・田上俊輔チームリーダー、理研 BDR 構造バイオインフォマティクス研究チームのアディティア・クマール・パディ訪問研究員、同・ケム・ツァンチームリーダー、理研 BDR 分子配列比較解析チームの中川れい子専門職研究員らの研究チームによるもの。詳細は、米化学会の機関ジャーナル「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

ヒトを含む現生生物の多くは、遺伝情報に従って20種類のアミノ酸を数珠状につなげることでタンパク質を作り出すことが知られている。しかし、タンパク質がいつどのように地球上に誕生したのかはわかっていない。生物誕生の初期においては、現生生物が作り出すような複雑で巨大なタンパク質ではなく、より単純で短いものであり、そこから進化して複雑化していったと考えられている。

そうした初期のタンパク質は、単純な立体構造の繰り返しや組み合わせで形作られ、生命の基本活動である代謝反応やセントラルドグマを担っていたと想像されているが、この地球生命史上最初のタンパク質(古代DPBB)が、いつ誕生したのか、またどれほど単純な構造の分子だったはわかっていないという。

現生生物のタンパク質を調べると、異なる機能を持つタンパク質において、部分的に非常によく似た立体構造が見られることがあり、その1つが、「Double-psi-beta-barrel」(ダブル・サイ・ベータ・バレル:DPBB)と呼ばれる約90個のアミノ酸からなる構造だという。生命機能に不可欠な種々の酵素に見出されることから、生物誕生の初期に登場した可能性が高いと考えられている。

そこで研究チームは今回、DPBB構造の誕生と進化を探るため、どれほど単純なアミノ酸配列で、DPBB構造を成立させることができるのかということを実験的に検証することにしたという。具体的には、現生生物が持つDPBBタンパク質を出発材料として、段階的に古代DPBBの復元・解析が行われた。

具体的には、現生生物のDPBBの中でも比較的高い対称性を持つ超好熱性古細菌「Methanopyrus kandreri」の「VCPシャペロン」のDPBBドメインを出発材料として、理論設とコンピュータシミュレーションの2つの手法で完全対称性DPBBの設計が進められた。その結果、理論設計手法から4個の完全対称性DPBBが、一方のコンピュータシミュレーションから、9個の完全対称性DPBBの設計が示され、そのうちの10個は溶液中できちんとDPBB構造を作れることが確認されたという。また、そのうち6個はX線結晶構造解析により、詳細な分子構造を決定することにも成功したとする。さらに、一般的なタンパク質の至適温度をはるかに超える80℃付近でも、立体構造を保っているものも確認されたとする。

研究チームでは、最初の生命が地球上のどこで誕生したのかとする仮説は複数あるが、この熱耐性が古代DPBBの特徴であるとすれば、熱水噴出孔などの高温環境下において進化したとする仮説とは矛盾しない結果が得られたと考えられるとしている。

このほか、完全対称型としたDPBBを半分に切った約45個のアミノ酸からなる断片(断片化DPBBペプチド)を作製し解析を行ったところ、2本のペプチドが組み合わさった二量体となり、2本で1つのDPBB構造を形成することが確かめられた。また、設計された断片化DPBBペプチドの中には、20種類のアミノ酸のうち7種(システイン、トリプトファン、フェニルアラニン、スレオニン、アスパラギン、グルタミン、ヒスチジン)を含まず、13種類のアミノ酸で構成されている配列もあったことから、断片化DPBBペプチドで使用頻度の少ない6種のアミノ酸(メチオニン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、セリン、チロシン)を段階的に取り除いたタンパク質の設計・解析が実施され、最終的に設計された7種類のアミノ酸だけからなる断片化DPBBペプチドでは、溶液中では折り畳まれなかったが、結晶を作ることは可能であることが判明したという。

これはアラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グリシン、バリン、リジン、アルギニンという7種類のアミノ酸から、DPBB構造が作れることを示すものであり、特に、ペプチド同士の相互作用に重要な疎水性アミノ酸は分子量の小さいバリンとアラニンだけであり、DPBB構造誕生においてロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニンなどの大きい疎水性アミノ酸は必要ないことがわかったとした。

  • アミノ酸

    (上)RNAポリメラーゼの中心部(カラーの部分)にあるDPBBと7種類のアミノ酸で復元された古代DPBB構造。(下)種々の酵素で保存されるDPBB構造の例(カラーで表されている部分) (出所:理研Webサイト)

これらの結果は、短く単純なペプチドであっても生命機能に必須なDPBB構造を作り出せることを示すものだが、これは構造・機能を持ったタンパク質の誕生が、これまで考えられてきたよりも容易だった可能性を示すものであるという。

  • アミノ酸

    (左・中央)DPBB構造が持つ内部対称性。(左)超好熱性古細菌(Methanopyrus kandrerii)由来のVCPシャペロンが持つDPBBのX線結晶構造。(中央)その二次構造の模式図。(右)現代のDPBBより古代断片化DPBBペプチドを復元する流れ。上段は天然に存在するDPBBの、中段は完全対称型DPBBの、下段は断片化DPBBペプチドの配列と結晶構造が示されている。N末端とC末端それぞれで同じアミノ酸の場合は赤で表されている (出所:理研Webサイト)

なお、研究チームでは、今回の研究による知見は、タンパク質進化および生命の起源研究において、重要な手掛かりになることが期待できるとしており、今後、古代の単純なDPBBがどのような機能を持ち得るかを検証することで、セントラルドグマを備えた初期生命がどのように誕生してきたかも解明できるかもしれないとしている。

  • アミノ酸

    現代のDPBBペプチドから古代断片化DPBBペプチドが復元された。13種類のアミノ酸からなる断片化DPBBペプチドの配列から、メチオニン(Met)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、プロリン(Pro)、セリン(Ser)、チロシン(Tyr)を段階的に除くことで、7種のアミノ酸からなる断片化DPBBペプチドが構築された。残ったアラニン(Ala)、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、グリシン(Gly)、バリン(Val)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)はコドン表において右下に集中して分布している。つまり、これらのアミノ酸を指定するには、コドンの先頭がA(アデニン)もしくはG(グアニン)であれば、十分だという (出所:理研Webサイト)