「不平等な社会」がもたらす格差からメンタルヘルスの悪化を考える

音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第42回は、「格差のある社会」におけるメンタルヘルスについて産業カウンセラーの視点から伝える。

GREEN DAYに『Stuck With Me』という曲があります。「階級構造には反吐が出る」「俺の価値をいくらで買うつもりだ? 俺の尊厳からそれを奪って死ぬまで浪費するのか」と、格差・階級社会への反抗・反発を歌った彼ららしいパンク・ナンバーです。

関連記事:元乃木坂46・中元日芽香と手島将彦が語る、メンタルヘルスを含めたアイドル論

今、世界中で「格差」の問題が深刻になっています。それは音楽産業も例外ではなく、上位層に属する10パーセントのアーティストがほぼ全ストリームを独占しています。芸能・芸術の世界で所得分配が一部の人たちに集中し、その分野を支配する昨今の状況は「スーパースター現象」とも言われます。

この「格差のある社会」言い換えると「不平等な社会」は、人々のメンタルにも悪影響を及ぼすことがわかっています。ノッティンガム大学メディカルスクール名誉教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授である経済学者・公衆衛生学者のリチャード・ウィルキンソンとヨーク大学教授で疫学者のケイト・ピケットはその著書『格差は心を壊すー比較という呪縛』の中で、数々の研究結果と事例を挙げてその問題を指摘しています。

所得格差が大きく不平等な国ほど「すべての社会階層で」健康、暴力、学力、犯罪、そしてメンタルヘルスなど多岐にわたって問題が悪化します。また、格差が大きくなると社会的な流動性が低下する傾向があり、違う階層との交流がなくなることで、文化的・社会的・物理的な分断が広がります。押し込められたそれぞれの社会階層の中で、「自分は社会的地位・価値の低い人間だ、あるいはそうならないようにしなければならない」という不安を常に抱えるようになり、それが増大することでますます他人の目を気にするようになり、人間関係がストレスフルなものに変質してしまいます。その結果、社会の中での相互の繋がりと信頼関係が弱まってしまい、それがさらに個々のメンタルに悪影響を及ぼします。そして、そうした他人との比較や社会的地位に対する不安から逃れるために、人はより自己顕示的な行動や消費を増大させていきますが、身体的なこと、趣味、消費の傾向などすべてが序列の評価対象に晒され、経済格差とメディアやSNSがこれを過剰に拡張してしまうため、結局不安が蔓延してしまいます。そうやって、多くの不平等な先進国で心の病が増加し続けています。

こうした不平等な社会の結果として、他人を威圧する行動を指導力と混同し、虚言やごまかしをも良しとするような経営者や指導者が評価されてしまう現象も起きてしまいます。イギリスの心理学者ベリンダ・ボードとカタリナ・フリッツォンが行った39人の企業上級幹部(すべて男性)を対象に行なった研究調査では、上級幹部たちの方が、精神障害や心の病と認定されている患者たちよりも「不誠実・自己中心・ごまかしなどの演技性」と、「共感の欠如・搾取的である自己愛・独裁的傾向を持った強制性」などにおいて勝っているということがわかりました。カリフォルニア大学バークレー校の社会心理学者ポール・ピフの研究では、不平等が拡大した社会では、社会階層の低い人々の方が高い人たちよりも、分かち合い、協力し、他人や社会に恩恵をもたらすような順社会的な行動を行い、道徳的であるという結果が出ました。実験では、上流階級の人々の方がサイコロゲームでごまかしをする比率が高く、キャンディが子どもたちのものだと告げられてもそれを平気で食べてしまう割合も高く出たのです。これは不平等が小さな社会ではあまり目立たず、格差の大きな社会で目立つ現象でした。格差社会では上層の人たちは特権意識や自惚れを持ちやすいこと、過度な競争の中では反倫理的なことを行うのも自分が有利になる手段の一つで、それが自分には許されると思い込んでしまう、などが一因です。一方でこうした歪んだ自己愛は、平等・公正について学ぶ機会を得ることで低減させることができることも研究の結果明らかになっています。

「人間や人間社会はそもそも序列的で不平等なものだ」というような考え方がありますが、必ずしもそうではないということが文化人類学の分野から明らかになっています。人類の社会構造には歴史的に大きく3つの期間があります。人類出前以前の猿やチンパンジーのような序列的・順位制の時代、次に人類の先史時代の平等主義的な狩猟採取社会、そして近代の階層的な農工業社会です。実はこの2番目の平等主義的な社会が、人類が誕生して20〜25万年経過した中の95%を占めるのです。これは、人間が生まれつき平等主義であるということではなく、「反支配戦略」「逆支配戦略」と呼ばれるもので平等が保たれてきたと文化人類学では考えられています。大型動物を仕留められる武器や手段を手にした社会では、個々の身体的な強弱の差が少なくなります。つまり、腕力に自信がある者でもいつ何時武器を手にした他のメンバーから攻撃されるかわからず、個人の力だけでは支配することができなくなったのです。また、大型動物を仕留めた場合、一人の人間や一つの家族が食べきれないほどの肉が獲れます。それを腐敗する前に、えこひいきが生じないように実際に狩った猟師ではない人間が衆人環視のもと不正が起きないように分配したのです。そうやって個人が権力を集中的に持ち強欲に走ることを牽制していたのです。

もちろん、現代は過去の狩猟採集社会とは違います。しかし、格差や不平等を可能な限り無くしていくことが、私たちのメンタルヘルスを保つためにはとても重要だということが科学的に明らかになってきています。そのためには経済民主主義という考え方も重要になってきます。政治制度としての民主主義が実現したとしても、経済的な不平等が残る場合には民主主義は不完全で、雇用や社会保障などの制度的保障と、労働環境の改善や生産性の向上、労働者の経営や政府機構への参加などの、経済の民主化がポイントになります。しかし現在の世界では民主主義が「権威主義」へと移行・退行してしまっている側面もあります。私たちがメンタルを健康に保ち、より良く生きていくためには、政治・経済両面での民主主義の重要さをもう一度考える必要があるのです。

参照:

音楽ストリーミングの成長、アーティスト格差広がる(Rolling Stone Japan EMILY BLAKE 2020/09/10)

『格差は心を壊す〜比較という呪縛』(リチャード・ウィルキンソン、ケイト・ピケット著/川島陸保訳/東洋経済新報社)

<書籍情報>

手島将彦

『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW

発売日:2019年9月20日(金)

224ページ ソフトカバー並製

本体定価:1500円(税抜)

https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント

個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦

ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP:https://teshimamasahiko.com/