ロシアのサイバー攻撃をリークして逮捕された米女性が語る、情報源秘匿の問題

2017年、米国家安全保障局(NSA)の契約社員だったリアリティ・ウィナーがジョージア州で逮捕された。「ロシアのハッカー」についての機密報告書をメディアにリークした罪で実刑判決となり、連邦刑務所で4年間を過ごした。

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ウィナーが6月に連邦裁判所から釈放されて最初にしたことは、トラブルと名付けた馬の放牧場と、その隣にジム用具専用の小屋を建てることだった。

「放牧場のすぐそばにトレーニング用の小屋を建てたので、いつも馬が忍び込んでくるんです」とウィナー。「自分は今デッドリフトをして、セットの合間に馬を撫でている、と実感する瞬間ですね。今は完璧な人生です」

「完璧」と言っても、4年間連邦刑務所で過ごした人間にとっては相対的なものだ。裁判所から義務付けられた足首の監視機器は外れたが、ウィナーは今後3年間保護観察下に置かれる。すなわち隔週でドラッグ検査が義務付けられ、夜10時以降の外出は禁止。泊りがけの旅行をしたい時には保護観察官の許可を得なくてはならない(許可も必ず得られるとは限らない――ウィナーは来月サン・アントニオで行われるハーフマラソンへの出場を申請したが、担当連邦地区の管轄外に出ることになるため、保護観察官から却下された)。

ウィナーはまだ25歳の時、1枚の機密書類を情報サイト「The Intercept」にメールで送信した。その書類には、2016年の大統領選挙に先立って、ロシア軍が数十人の地元選挙職員を狙ったフィッシング詐欺を企てていたことが書かれていた。

元CIA職員のエドワード・スノーデンは少なくとも1万枚の書類をメディアにリークしたが、その中にはのちにThe Interceptの共同創設者グレン・グリーンウォルド氏とローラ・ポイトラス氏もいた。NSAはスノーデンが170万以上のファイルを持ち出したと主張している。結局ウィナーは秘密漏示罪で懲役36カ月を言い渡された。政府の情報を無許可でメディアに流した罪としては最長の刑期だ。

事件後、The Interceptは非難の矢面に立たされた。書類の信憑性をNSAに確認しようとしたThe Interceptの記者が、うっかり書類の出所を明らかにしてしまったのだ。FBIの宣誓供述書によれば、書類には印刷されて折り畳まれたことを示す折り目がはっきりついていた。事件を担当したFBI捜査官ものちに証言したように、書類を印刷した人物は全部で6人。容疑者候補の中から1人に絞り込まれたのがウィナーだった。捜査官は彼女が職場のコンピュータからThe Interceptにメールしていたことを突き止めた。

「彼らが情報源の素性を明かしたのは私が初めてではありません」

2017年、ウィナーは初めてNSAの内部サーバーで問題の書類に出くわした。The Interceptに書類を提供することにしたのは、エドワード・スノーデンがグリーンウォルド氏とポイトラス氏の助けを借りてリークしたのを評価していたというのが大きかった。また、2016年の大統領選挙にロシアが介入を試みたのではないか、と疑っていたからでもある。

メールでグリーンウォルド氏にコンタクトしたところ、彼はこう返答した。「リアリティ・ウィナーに関する私の主張はただひとつ、仮にThe Interceptがきちんと対処していたとしても、リアリティ・ウィナーはいずれ捕まっていたでしょう――彼女が愚か者だからではありません。アメリカ政府は広大な監視システムを敷いているので、政府が本気を出せば情報筋が素性を隠すのは非常に困難だからです」。彼はさらにこう続けた。「私はどこにも”潜伏”などしていません。私がブラジルに住んでいるのは夫と子供たちがブラジル人で、結婚当時はビル・クリントン政府の結婚保護法でアメリカ移住権を取得できなかったからです。私は頻繁に渡米しています」

グリーンウォルド氏も「かつてはジャーナリズムの信頼性を代弁していました。多くのThe Intercept関係者もそうでした」とウィナーは言う。この4年間の経験から、彼女はどちらにも、とくに情報をリークしたメディアに対してはシニカルになった。

「彼らが情報源の素性を明かしたのは私が初めてではありませんし、間違いなく最後でもありません――彼らのずさんさ(のせい)で刑期を務めている人が他に2人います」。ウィナーが言わんとしているのは、アメリカ軍のドローン攻撃計画に関する書類をリークした罪で有罪を認め、今年初めに懲役45カ月を言い渡されたダニエル・ヘイルと、FBI情報提供者の処遇に関する書類をリークして2018年に懲役4年を言い渡されたテリー・アルベリーだ。「情報源の1人が刑務所に送られるたび、メディアで取り沙汰されます。それが彼らのやり方です――かつて自分たちが信じていたジャーナリズムではなく、情報源の身元をばらすことメディアとしての体裁を保っているんです」

The Interceptのベッツィ・リード編集長は声明の中でこう述べた。「2017年のロシアの選挙介入に関する記事の取材で、匿名で送られてきた書類を検証する際にミスを犯したことは我々もすでに認めております。彼女の勇気を称えるとともに、彼女の経験を心苦しく感じています……我々もリアリティさんの事件から学び、内部告発者のリスクを最小限にとどめるよう努めています」。これとは別に、リード編集長はヘイルやアルベリーの件でThe Interceptの取材に手違いがあったという証拠はない、と語った。

ウィナーは自らの状況を振り返ってこう言った。「彼らは私の件で大きな間違いを犯しました。私が刑務所行きになったからではありません。私も自分のしていたことは自覚していましたし、その結果も受け入れました。それは構いません。彼らの態度やずさんさが問題なんです……彼らには悔しさで胸がいっぱいです」

収監後の新生活

刑務所での4年間、ウィナーは女性看守から暴行を受け、麻薬に手を染め、その後断薬し、新型コロナウイルスに感染して回復した。ついに釈放された夜、彼女は眠れなかった。「夜中に部屋で、それも真っ暗な部屋で1人きりになったのは4年ぶりでした」。代わりに彼女は高校時代の恋人と電話をつなぎっぱなしにして、彼がTVゲームしている音に耳をそばだてていたという。「1人でいることが耐えられなかったんです」と本人。

今現在、ウィナーは過去6年を取り戻すのではなく、新たな人生の再建に力を入れている。自分を題材にしたドキュメンタリーを見たことはない。FBIの取り調べ調書をもとにしたブロードウェイ公演にも招待されたが、断った。今年初めには姉と弁護士はサマンサ・ビーの番組『Full Frontal』に出演した。彼女も番組を視聴しようとしたが、「体が拒否反応を示して――ものすごく震え出したんです。自分についてのニュース映像や、三人称で書かれた記事を読むたび、今でもひどいトラウマ症状が現れます」

代わりにウィナーは生まれ育ったテキサスの田舎町キングズビルで、ひっそり暮らす生活に慰めを見出している。「故郷では誰も私のことを知りません」と本人。例外は高校時代の同級生の父親と(「彼は私の事件を知っていて――政治の裏側を暴いたことに感謝していました」)、彼女の行為への「感謝のしるし」として最近干し草を一束置いていった隣人だけだ。

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