『AKIRA』の意外な裏話も明らかに!大友克洋トークイベント開催

角川映画45年記念企画として、『犬神家の一族』4Kデジタル修復版をはじめとする日本映画の歴史を変えた傑作31作品が一挙に劇場公開されている〈角川映画祭〉。

その企画内にて1986年公開のオムニバス映画『迷宮物語』が上映中で、11月28日に監督のひとりである大友克洋のトークイベントが開催された。

『迷宮物件』は、SF眉村卓の原作をりんたろう、川尻善昭、大友克洋の日本を代表する3人のアニメ作家が豪華コラボでアニメーション映画にした伝説的作品。

大友はその中の1本「工事中止命令」の監督を務めており、同作は大友にとって初監督作でもある。

「人前にはしばらく出ていなかったので、あがってしまいそう」という大友は、アニメ・特撮研究家の氷川竜介を相手に終始楽しげにトークを展開、漫画家として活躍していた大友がアニメーションに関わりはじめた時期の貴重なエピソードが披露された。

>>>【画像】壇上の大友克洋や「工事中止命令」の場面カット(写真9点)

▲左は聞き手の氷川竜介。

▲『迷宮物語』ポスター。

まず、大友が『迷宮物語』に参加したのは、自身がキャラクターデザインを担当した『幻魔大戦』(1983年)の後に、スタジオ・マッドハウスの丸山正雄プロデューサー(当時)に誘われたことだったとのこと。

「丸山さんから『幻魔大戦』が終わった後に、『次、眉村さんの映画があるので短いのを1本やってみないか』と言われ、ぜひという話でやらせていただきました。『幻魔』の時にマッドハウスへ行って、スタジオの雰囲気や、作画監督の野田卓夫さんなどの仕事も見ていましたので、何となく『こうやって作るんだな、機会があるなら作ってみたいな』と思っていましたし、15分くらいの短編だからできるんじゃないかなと」(大友)。

また、『迷宮物語』を制作していた当時、大友は『AKIRA』を隔週で連載していたが「(毎回の)『AKIRA』を1週間で描いて、終わって徹夜明けでマッドハウスに自転車で通っていたとのことで、「本当は(『AKIRA』も)、頑張れば週刊連載できたような気がします(笑)」と語り、観客の笑いを誘っていた。

「でも、アニメーション(の現場)に行くのは楽しかったですね。新しいことを覚えるというのは楽しいし、まして、きちんと自分で絵コンテを描かせてもらいましたから」(大友)。

数ある眉村作品の中から「工事中止命令」を選んだのは大友自身だそうで、「不思議な話なので。ジャングルの奥地へ工事を中止しに行くというシンプルな話で、それほど複雑でもないし、何かすごいオチがあるわけでもないのでいいかなと」というのがその理由だったとか。

さらに、後のアニメ『AKIRA』(1988年)などにも共通する細部まで描き込まれたビジュアルについて話が及ぶと、「椋尾さんが美術をやってくれたのが、非常にありがたかったですね」と、本作の美術監督・椋尾篁の貢献に触れる大友。

「椋さんもいろいろ実験をしたかったんじゃないかと思いますね。それにちょうどいい題材だったのではないでしょうか。ピンクの空と工事現場(の描写)がすごいですよ。今まで使ってこなかった色ばかり使うので、僕らが『お前らも頑張れよ』と煽られている感じでした。すごく楽しかったです」。

大友自身のアニメーションのルーツが話題になった際は、東映動画の作品、特に『白蛇伝』(1958年)、『少年猿飛佐助』などで見られるアニメーター・大工原章の日本画風の絵が好きだったと語り、『AKIRA』第2巻に出てくるアキラの顔は『西遊記』(1960年)に登場する小竜を思い出しながら描いていたというエピソードも披露。

聞き手の氷川も思わず「聞いたことありませんでした!」と驚きの声をあげるほどの、新事実が明らかになった一幕もあった。

そのほかにも、アニメ『AKIRA』制作時のエピソード、間もなく刊行がスタートする大友克洋全集にも話題はおよび、盛りだくさんとなったトークショー。

「いい時代にやっていました。楽しかったですね。あまり昔話はしないですけれど、たまにアニメーターと飲んだりすると『そういえば、あの頃はよかったね』みたいな話はしますね。もう年ですから(笑)」と自身のアニメーション監督としてのキャリアを振り返る言葉も印象的だった。

『迷宮物語』は〈角川映画祭〉期間中、東京・新宿のEJアニメシアターにて随時公開中。

公開スケジュール等については、公式HPなどで確認を。

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