乗り手を選んだポルシェ911の記憶[driver 1989年2-5号より]

自動車雑誌ドライバーが過去に取り上げた記事が今に蘇る「DRアーカイブ」。今回は1989年2-5号に掲載した「ポルシェ911」を振り返る。

※文中の年代は、当時のまま掲載しています

人間の意思どおりに動くクルマは、理想かもしれない。だが、従順なだけのクルマが面白いだろうか——1963年秋に誕生して四半世紀を経た今も、スポーツカーマニアの心をとらえて放さない魅力を持つクルマがある。頑固で、妖しい、伝説の存在。ポルシェ911は、マニアを誘う。

【画像】写真で振り返るポルシェ911

■“今”を考えさせる911の力

「うーむ」と思わずうなってしまった。モデルイヤーにして16年の隔たりがある‘73カレラRSと‘89カレラを目の当たりにし、乗り味を確かめた後の実感は“やはり911は911”だ。

 

911は、デビュー以来、すでに25年を経過したクルマだ。なのに、現実の“今”に存在し、時を無視するかのように911であり続けている。しかも、その走りは最新のハイパフォーマンスカーと比べても遜色がない。それどころか、十分に魅力的でさえあるのだ。

考えてみれば、この事実はまったくもって不可思議に思える。国産車は毎年のようにニューモデルラッシュが続き、それこそ2代前のモデルはかなり時代遅れに感じられる。正直いって、911もイメージはもはや「古典」に属するが、中身は間違いなく「現代」に通用する。

‘73カレラRSのエンジンは、2.7Lから210馬力を発揮。とくに高回転域、5,000回転を超えてからのパワフルさは痛烈だ。高速道路で3速フル加速するときには、そのスピード感の変わりように目を大きく見開かされてしまう。

ごく当たり前の2バルブOHCでありながら、なんの引っかかりもなくトップエンドの7,200回転まで回る。吹き上がりの勢いは、とても2.7Lという大排気量エンジンとは想像がつかないほど軽く、レスポンスの鋭さも抜群だ。

にもかかわらず、イタリア製のエキゾチックカーのような線の細さがなく、ハイチューニングエンジンの気難しさとも無縁だ。中回転域でも申し分のないトルク感が得られ、低回転のフレキシビリティもしっかりと確保されている。

試乗車はポテンザRE71を装着していたが、満16歳に達した‘73カレラRSが、最新のハイパフォーマンスタイヤを履きこなしてしまうのにも驚かされる。当時のタイヤと比べれば格段にグリップ性能が向上しているはずなのに、足が負けていない。

‘89カレラも、‘73カレラRSと比較すれば走りはより洗練されているが、25年間にわたって培われた911の持ち味は、基本的に変わっていない。

逆に、911側に立って最新のハイパフォーマンスカーを眺めてみると、不可思議なのは“そっち”のようにも思えてくる。ツインカム4バルブや電子制御サスペンションは、いったい何だったのだろうか。進歩は、じつは虚像ではなかったのか……と。

■911、疑惑の真相は?

911に魅せられた人の多くは、機械としての完成度の高さにほれたと語っている。それだけに、機能美は感じられたとしても、たとえばフェラーリのように、置いてあるだけ、あるいはさりげなく走る姿がうっとりするほど美しかったりはしない。

機械は本来、それらしく使いこなして、初めて真価を発揮する。911は、限りなく実用車に近い面も備えてはいるが、基本はスポーツドライビングを極めるための機械だ。つまり、乗るからには走りに徹する瞬間を持たなければ価値の大半を失うといっても過言ではない。

ところが、911に対する逸話はつきない。いわく「クラッチが弱く、ヘタッピーが乗ると1万kmでダメになる」、いわく「RRだから強烈なオーバーステアになり、ヘタにコーナーを攻めるとクラッシュする」などなど、いかにも気難しそうである。優れた実用性を備えるという評判の一方で、こうした疑惑が定説化したのはなぜだろうか。

「911オーナー」=「スゴ腕のマニア」という乗り手の誇りを演出するための題材のような気がしてならないが、“当たらずとも遠からず”でもある。確かに、スタートや交差点の左折時などの低速走行でハーフクラッチを多用すれば、ディスクは1万kmともたないかもしれない。RRが、突然のオーバーステア傾向を示す可能性があることも事実だ。

■まず基本に忠実であるべきだ

話を何度もひっくり返すようで申しわけないが、そうした事実は本当は取るに足らないと断言できる。クラッチは、やたらとハーフクラッチを使えば国産車だって通常の半分ももたないはずだ。911についていえば、そもそもハーフクラッチを多用する必要がない。

25年におよぶ911の歴史のなかでも走り志向が強い‘73カレラRSでさえ、スタート時にむやみに回転を上げずに、それこそ1,000回転プラスαでクラッチをスッとつないでやればいいのだ。そうした場合でも、ギクシャクしたりエンジンがストールしないだけの低速トルクを、どの911でも備えている。しかも、フラット6はきわめつきのフレキシビリティを持つため、意外なほど低速走行が得意だ。

ハンドリングにしても、根本的にはあくまでもアンダーステア——しかも頑固な——だ。むしろ、それをどうニュートラルに持ち込むかの難しさを問題にしたい。

オーバーステアに見舞われるのは、高速コーナーへオーバースピードで突っ込んでしまったときぐらいだ。その際にスロットルを急に閉じてステアリングを切ったりすれば、RRならずともFFだってスピンしかねない。911の場合、後輪が滑り出す勢いは強いが、いずれにしてもそうした状況ではどんなクルマでも腕に覚えがなければパニックに陥る。

911の走りをきわめ、それを“美”にまで昇華させるには、まず基本に忠実であることだ。先にも記したとおり、機械として完成されているだけに、その後できちんとステップを踏んでかかわり方を深めていけば、911は決してドライバーを裏切ったりはしない。特別な技を使わなくても、911のイメージからは思い浮かばない“華麗”と呼べるような走りにも迫れるはずだ。

■データが証明した“生命力”

中途半端に回転数を上げてハーフクラッチを多用しようものなら、ディスクの表面は一気に焼け、滑り出してしまう。ここ一番という場合は、景気よくレブリミットまで回し、ドカンと一発でクラッチミート。

225/50R16のRE71が、“ギャッ”と悲鳴をあげる。だが、グワッと後輪へ移る荷重とRRレイアウトは、それを長く許しはしない。グリップはすぐに回復し、力強く路面を蹴りながら加速。6,000回転まで引っ張る。

スパン、スパン!とシフトワークが決まり、4速へ。いつもの右足ベタ踏みとは異なり、瞬間的にスロットルを閉めるが、タイムロスは少ない。400m地点を13.92秒で通過。14秒台突入は予想していたが、まさか13秒台とは。いまさらながら、そのパフォーマンスには驚かされる。

ついでに筆者の911S(‘72)も体力測定したところ、0→400mを、なんと15秒34で走り切ってしまった。満16歳の“実用”スポーツカーが、現代でも通用するデータをたたき出したのだ。911をほめるべきなのか、最新のハイパフォーマンスカーがそれほど進歩していないのか、本当にわからなくなってくる。ただ、911が恐るべき生命力を持っていることだけは間違いない。

〈文=萩原秀輝〉