【倉本聰:富良野風話】いじめっこ天國

自衛隊隊員が上司から激しいいじめを受け、自殺してしまったという報道は、僕らを暗澹たる気持ちにさせた。こっそり録音された上司の罵声を報道で聞いたが、こういう脅し・いやがらせを受けたら死にたくなるのも当然だろう。

 昔、戦後の昭和20年代、軍隊内部でのいじめ・しごきが数々曝露され、我々の家族や先輩たちは、こんな状況の中で戦場に追い立てられ、死んで行ったのかとゾッとした気持ちに落ちこんだ時期がある。それらを文字にした一つの代表作が、野間宏氏の書い

た『真空地帯』だが、これは映画化され大ヒットして反戦運動の火付け役になった。当時の強制徴用による軍隊組織と、現在の自主応募による自衛隊組織では、根本的にちがうのかと思ったら実は中身は同じだったのかということを知らされ、僕は激しいショックを受けた。

僕らがいま自衛隊に対して抱いている感謝と敬意は並々ならぬものがある。災害派遣の重労働にしろ、専守防衛という微妙な枠の中での安全保障の働きにせよ、彼らの立場とその中での献身には頭の下がる想いがある。彼らが街の居酒屋で飲む時、警察官も同じだが、自衛隊員だとか警察官だということを世間に大っぴらに言うことをはばかり、「うちの会社が」とか「うちの上司が」とか勤務先を周囲に知られぬように気を使って会話するという事実を知って何故!?と思わず尋ねたこともある。

 国のためにその身を賭しているものが自分の職業を伏せねばならないという現実は、どう考えても異常である。そんな中での今回の内部でのいじめの発覚は衝撃的である。運動部でのいじめにせよ、今回の事件にせよ、これは組織の問題というより、後輩を鍛える立場にある人間の、いわば個人の資質の問題なのだと思いたい。

 SNSでの誹謗中傷、マスコミのすぐ犯す個人への吊し上げ。今や平和で暇人の多い日本社会は、いじめっこ天國になってしまった。これは明らかに日本人という人種の、どうしようもない質の低下である。

 人は不遇になると、どうしようもなく不満のはけ口を弱者に向ける。それは因れもなく自分より弱い者への理屈も何もないいじめとして現れる。

 かつて戦時中、学童疎開で親元から切り離され、集団で田舎に持って行かれた時、因れなきいじめが大流行した。殊に女子たちの級ではそれが激しく、女王様が出現し、それに媚び従う侍女たちが現われ、女王様が箸をとるまでは他の者たちが箸をとってはならず、つい違反したものが全員から疎外され、いじめられ、そして村八分になった。だから当時の学友たちとは二度と顔を合わすこともいやだと未だに同窓会に出ないものもいる。

 いじめは人間の劣化の顕れである。それを糺すのは本来、倫理教育の筈なのだが、教育自体が劣化したいま、どこから一体手を着けたら良いのか。むずかしい。

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