「トレーサビリティ」という言葉、聞いたことがある人は多いでしょう。

トレーサビリティは農産物や食品、医薬品、工業製品などにおいて、商品が消費者の手元に届くまでの過程を追跡することができるシステムです。

今回は、商品の安全性を確保するうえで欠かせない仕組みであるトレーサビリティについて、詳しく解説していきます。

  • 「トレーサビリティ」とは

    「トレーサビリティ」について解説していきます

トレーサビリティとは

トレーサビリティとは、商品の流通プロセスを追跡できるシステムのこと。商品の安全性を保ったり、リスク管理を強化したりすることが目的です。「トレサビ」と略されることもあります。

消費者として一番身近なものに、農林水産省が定める牛肉のトレーサビリティ制度がありますが、そのほかにも農産物や食品、医薬品、工業製品などに用いられています。これらに関わる企業にいなくても、ビジネスパーソンならぜひ知っておきたいワードのひとつと言えるでしょう。

ここでは、トレーサビリティの意味や種類について解説します。

トレーサビリティの意味

トレーサビリティは英語で「traceability」と表記され、「trace(追跡)」と「ability(可能)」からなります。「追跡可能性」「履歴管理」などと訳されます。

食品においては、産地からどのような工程を経て店頭に並び消費者の元へ届くのか、工業商品においては原材料や部品がどのように調達され、製造・流通するのかなどが明確に記録されます。

「牛トレーサビリティ法」がきっかけ

トレーサビリティという言葉が広く知られるようになったのは、農林水産省が定める「牛トレーサビリティ法」だとされています。

BSEのまん延防止措置などを目的に2003年に施行されたもので、国内で飼育される牛一頭ずつに個体識別番号をふり、生産から流通までを一元管理するものです。識別番号は公開され、インターネット上で生産履歴を確認することができます。

チェーントレーサビリティと内部トレーサビリティ

一般的に、トレーサビリティは「チェーントレーサビリティ」と「内部トレーサビリティ」に大別されます。

■チェーントレーサビリティ
商品の原料調達から製造・出荷にいたるまでの全プロセスを指します。商品に関わる人が、商品がいまどの段階にあるかを把握できたり、商品に何か不具合が起きた場合は速やかに回収して原因を追及したりすることができます。

製造業のみならず、農産品や食品など幅広い分野で導入されています。

■内部トレーサビリティ
1つの企業や工場など、拠点ごとに管理されるトレーサビリティを指します。例えば家電の組み立て工場などでは、拠点としては1つの工場内での作業になりますが、部品を保管する場所、ラインにのせて組み立てる場所、商品の検査をする場所など多岐に分かれています。それらの流れを明確にするのが、内部トレーサビリティです。

トレーサビリティマトリクス

「トレーサビリティマトリクス」とは、ソフトウェア開発において使われる用語です。今回紹介している、安全性の確保のためのトレーサビリティとはあまり関連がありませんが、混同しないよう紹介します。

トレーサビリティマトリクスは、ソフトウェア開発における要求仕様が設計書にどう盛り込まれ、該当するソースコードがどの場所にあるかなどを一目で認識できる体系図を指します。

トレーサビリティマトリクスを作っておけば、仕様書と実際の成果物との整合性をみるときに役立ちます。また、要求仕様に変更が生じた場合に、影響が及ぶ範囲を把握しやすいというメリットがあります。

  • 「トレーサビリティ」とは

    「トレーサビリティ」は、商品の安全性を確保する重要な仕組みです

トレーサビリティシステムのメリット

トレーサビリティには3つのメリットがあります。それぞれのメリットを見ていきましょう。

不具合が起きても迅速に対応できる

トレーサビリティのメリットのひとつに、商品に対する「リスク管理の強化」が挙げられます。原料や部品を調達するところから製造プロセスすべてを明らかにすることで、商品に何か問題が生じたときに原因を突き止めやすくなります。

製造工程をさかのぼって原因を究明することで、迅速に製造をストップさせたり不良品を回収したりすることができ、無駄なコストを減らすことにつながります。

顧客管理が効率化される

工業製品などにおいては、製品の納品先または顧客データも反映されます。つまり、将来的な受注の予測や顧客に応じた営業戦略を立てられるわけです。顧客に要望をいち早くキャッチできるマーケティング戦略なども可能になるでしょう。

安全性が保たれる

1つの商品を作るのに、どの企業や工場を経由してきたかがすべて明らかになることは、各事業者の責任が明確にされるということ。安全性への意識も高まることが期待されます。

欠陥品を減らすことができ、また食品においては製造のプロセスをすべて開示されることで、消費者は安心して購入して口にすることができるのです。

  • 顧客管理の効率化

    「トレーサビリティ」には3つのメリットがあります

トレーサビリティシステムの課題

トレーサビリティシステムのメリットを挙げてきましたが、ここからは課題についてみていきましょう。

事業者間の連携が不可欠

トレーサビリティシステムを構築するには、各事業者が高い意識をもち、連携する必要があります。これはチェーントレーサビリティでも、内部トレーサビリティにおいても同じです。業界として、会社として、システム化に向けて一体にならなければなりません。

チェーントレーサビリティにおいては、システムを構築するうえで事業者間の連携が不可欠です。事業者によっては自社の直接的な利益につながらないと判断して、真剣に取り組まないことも考えられます。

リスク管理を強化する、顧客管理を効率よく行う、安全性を保つといったトレーサビリティのメリットを根気よく説明し、協力を促す必要があります。

実体が伴うものになりにくい

内部トレーサビリティにおいては、企業全体のリスク管理という視点からシステムはトップダウンで作られることになります。細かな製造工程など、現場にしかわからないことが抜けてしまう恐れがあります。

いくらトレーサビリティのシステムを作っても、実体の伴わないものであっては意味がありません。

システム導入への技術力

トレーサビリティは、情報までいかに迅速に効率よくたどり着けるかが重要です。商品に不具合があった場合に、原因究明に時間がかかるようではシステムの意味がありません。

トレーサビリティをバーコードで管理する、商品番号で管理するなど、仕様はさまざま。業態に合うシステムにするための技術力が求められます。

  • 「トレーサビリティ」の課題

    「トレーサビリティ」にはメリットばかりではなく課題もあります

トレーサビリティシステムの具体例

内部トレーサビリティを例に、工業製品を作る工場のトレーサビリティを見てみましょう。2つのパターンで見てみます。

製造工程

商品の製造に必要な原材料や部品を調達するところから、組み立て、検査、保管、出荷までのあらゆる工程が、トレーサビリティシステムによって管理されます。

製品1つずつやロットごとに識別番号が付与され、すべての工程に紐づけされます。それによって、出来上がった製品が、どの部品で作られ、どのレーンで組み立てられ、どのように検査されたかなどが記録されます。

製造機器の管理

製品そのもののほかに、製品を製造するのに関わる工具や機器などにもトレーサビリティシステムが導入されています。

工具の1つずつに個体識別番号を付け、どの程度摩耗しているのか、いつメンテナンスを行ったのかなどが記録されます。こうした製造機器にもトレーサビリティを可能にすることで、製品の品質維持につなげることができます。

  • 「トレーサビリティ」の具体例

    「トレーサビリティ」によって、商品の流通プロセスの全体像が把握できます

トレーサビリティは今や欠かせない存在に

農産物や食品、薬品、工業製品など、あらゆる分野で重要視されるのが安全性の問題。その安全性を確保するうえで、トレーサビリティシステムは大きな役割を果たしています。

万が一、商品に不具合があった場合に迅速に対応できなければ、二次被害を招いたり企業のイメージダウンにつながったりする恐れも。一企業のみならず業界全体として信頼を得るためにも、トレーサビリティシステムは今や欠かせないものになっています。

農林水産省「牛・牛肉のトレーサビリティ