【人気エコノミストの提言】国際標準~強いもの、 いいものが勝てるわけではない

スポーツの世界ではルールがころころ変わり、その後の勝敗が大きく左右される。

 ノルディック複合団体では、1992年アルベールビル、94年リレハンメル五輪で日本が連覇すると、2000年のルール改正で日本の得意なジャンプの比率は低く変更され、そのあと複合日本は、4大会連続して五輪の表彰台を逃し続けた。また、スキージャンプも98年長野五輪で男子団体と船木選手が金メダルに輝いたあと、スキー板の長さが短めに改正されて、浮力の点で身長の低い日本選手に不利なものとなった。

 昔の日本では、ルールが変更されて不利になっても、それを克服するくらい強くなればいいじゃないかという精神論に近い意見が強くあった。そして、逆にわれわれがメジャーになって、その分野のルールを決めて行けばよいという主張も同じくらいあった。しかし、それはかなり甘い見方だ。

 世界のルールは、パワーバランスがシビアに表れる。ルール自体が強いものに杭を打ち弱体化させるし、弱いものを強者に押し上げたりもする。決して強いものがルールを作れるわけではない。

 20年6月にスイスで開かれた国連人権理事会では、中国による香港国家安全維持法導入の賛否が問われ、「中国の措置に反対」が日本や欧米など27カ国だったのに対して、「賛成」はその2倍近い53カ国という結果が出た。

 ここでの問題は人権であり、中国が香港でとった対応は、本来許されるべきものではない。そうであれば、中国に反対する国が圧倒的に多くてもよいはずであった。しかし実際には、そうなってはいない。世界には民主主義のルールを守ることを優先に思う先進民主主義国より、他国が自分たちの内政に関与することを嫌う国のほうが多いという現実がある。「正しいから」ではなく「多数派」であることが意思決定・ルールを決定する。

 これから経済のルールを決める国際標準策定の舞台では、データ、ESG、脱炭素、デジタル通貨などを巡って熾烈な戦いが行われる。将来の産業競争力ひいては国力に直結する争いであり、日本も遅れを取るわけにはいかない。常に国際ルールを決める議論に参加し、多数派にいることが重要になる。

 日本がルールづくりに関与し続けるには、ルールがつくられる国際機関での発言権を確保して行かなければならない。日本は19年7月、国際原子力機関(IAEA)の天野前事務局長が亡くなったことで、31年ぶりに国連傘下の国際機関のトップ不在となった。やっと今年8月、日本郵政の目時氏が万国郵便連合国際事務局長に就任したことで、ゼロの状態は脱したものの、まだまだ少ない。

 日本は過去、良い技術をたくさん持ちながら、国際標準作りで苦い経験をしてきた。同じ轍を踏まないためにも、ポスト獲得は当然として、国家の戦略を立て、とにかく国際舞台で実行しないと間に合わなくなる。

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