【倉本聰:富良野風話】総裁室の本棚

政治家がいない、とつくづく思う。

 国がガタガタになっているというのに、それを統率するリーダーがいない。あいつがこう言ったから頭に来たとか、誰とつるんだから許せないとか、言っていることが低次元すぎる。総裁選のゴチャゴチャを見ていても、言っていることが子供のケンカで、真面目にニュースを見る気にもなれない。これでは暴力団の覇権争いと変わりはないし、現に暴力団風のファッションに身をかためた派閥の領袖まで登場して凄むからマンガを見ている気になって笑ってしまう。

 コロナという世界的非常事態の中で、オリンピックをやったのは正しかったことなのか、Go Toトラベルはどうだったのか、医療崩壊は防げなかったのか、行くべき病院が見つからず、自宅で孤独死した不幸な死者の出現は果たして本当に防げなかったのか。そんな身近な問題の山積する中で永田町という鳥籠の中の覇権争いに汲々としているお偉い方々のお姿を見ていると、本当にいやになってしまう。あの方々は日頃どういう書物を読み、どういう思想を脳内で練り、どういう哲学で国家というものを考えておられるのか。

 そんなことを漫然と考えていたらある日、テレビの画面に自民党の総裁室の映像が写り、総裁の椅子の背後の壁に、四段に及ぶ立派な本棚、そしてずらり整然と並ぶ書籍の山を発見した。

 あそこに並ぶ本は何の本なのだろう。そして、あそこに坐る部屋の主は、あれらの書物を一体どの位お読みになっているのか。そのことが変に気になってしまった。

 で。テレビの画面を録画・ストップ・拡大してみたのだが、これが中々ボケてしまって判らない。辛うじて判読できたのは一番下段の白っぽい表紙の一群で、これは『議会制度百年史』と読みとれた。後は何とも読みとれなかった。

 何でそんなことが気になったかというと、かねがね偉い方の応接間にうかがうと、殆んど例外なく立派な本棚が設置されており、ずらり無数の全集が並んでいる。それだけでもう圧倒されてしまうのだが、そこで主に、失礼ですがこの本を全部読破されたのですかと尋ねると、殆んどの方が照れ笑いを浮かべて、イヤイヤ半分程とか、4分の1とか、イヤまだ全然、これはコケ脅しの積ん読用ですとか、学者でもない限り全部読破したという方には滅多にお目にかかることがない。

 只一人かつて四国に隠棲されていた右翼の巨魁のお宅にお邪魔した時、広い応接間の四面の壁が殆んどずらり本棚で、中江兆民から寺田寅彦、漱石、鴎外、南方熊楠まで、あらゆる書籍がずらり並んでいて、全部読みましたと答えられたのには圧倒されて頭を下げた。

 別段何が言いたいわけでもない。

 総裁となる人はあの部屋のあの椅子で、どの位あの本をお読みになるのかなァと、一寸気になっただけの話である。

【倉本聰:富良野風話】決断