リスク過多の今に新しい保険業!【東京海上HD・小宮暁】の「顧客の『いざ』を支えるソリューションを!」

コロナ禍に加えて、自然災害の多発と、リスクの多い時代にあって、保険会社の役割とは何か─。「本業を通して社会課題の解決を図るのがわれわれのパーパス(使命)」として、東京海上ホールディングス社長・小宮暁氏は「『お客様のいざ』を支えていきたい」と語る。その『お客様のいざ』は、事故や災害があった時に、「明日から、また復旧していこう」という『いざ』と「明日に向かって挑戦していく」ときの『いざ』の2つがあり、それを「ふだんから支えていく」ことが自分たちの使命と小宮氏は強調。同社は2008年以降、欧米の有力保険会社を次々とM&A(合併・買収)してきた。今や、収益は国内と海外でほぼ半々という構成。本社は東京で、資産運用拠点はニューヨーク、サイバー攻撃などへの備えはロンドンを拠点にと本社機能も分散、つまりグローバル化が進む。事業も社員も多国籍化し、デジタル戦略も深まるが、「経営のど真ん中はやはり人」と小宮氏。「人」の潜在力をどう掘り起こしていくのか─。

本誌主幹

文=村田 博文

本業を通しての社会課題解決を

 リスクの多い時代、不確実性の時代をどう生き抜くか─。

 小宮暁氏が東京海上ホールディングス社長に就任したのは2019年(令和元年)6月で、2年余が経った。この間も台風など自然災害も多く発生。

 小宮氏が社長になる前年の2018年(平成30年)と2019年は台風、河川の氾濫と自然災害が数多く発生、全国各地で大きな被害を受けた。

「はい、2020年、昨年度は、台風は上陸こそしなかったものの、また大きな水害がありましたし、それで新型コロナ感染症のパンデミック(世界的大流行)も起きましたしね。なかなか平時というか、ノーマルな状況でというのが無いという現実ですね」

 今年8月は台風9号の襲来で西日本から東日本までの幅広い区域で水害が発生し、河川氾濫で床上浸水被害が発生した。

「本当に不確実な時代に入ったということで、リスクは増大しているし、個人のお客様も企業のお客様も将来に対して、また社会インフラに対しての不安はお持ちだと思うんですね」

 損害保険を主軸に保険業を営む会社として、「不確実な時代にあるからこそ、われわれの経営のパーパス(使命、存在意義)に戻ることが大事だと思っています」と小宮氏は原点回帰を強調し、次のように語る。

「われわれは、社会課題の解決ということを通じて、『お客様のいざ』を支えられると言っています。その『いざ』は、事故や災害があったときに、明日からまた復旧していこうということの『いざ』ですね。それから、これは明日にチャレンジするというか、まだ見ない世界や道を切りひらいていく、挑戦をするときの『いざ』ですね。その『いざ』をサポートしていきたい」

 東京海上ホールディングスは1879年(明治12年)、日本初の損害保険会社『東京海上保険』として設立。翌1880年にはロンドン、パリ、ニューヨークで保険の元受業務を開始。創業時から世界を視野に入れた事業を展開してきた。

 今年8月8日、創業142周年を迎えた。その142年の歴史を踏まえて、小宮氏は、「安全を提供して安心を広げることによって、その『お客様のいざ』を支えていく。やはり世のため人のためということで、社会になくてはならない会社になるんだと。創業以来、142年間、それをわれわれの事業のパーパスにして来ました。今、46カ国・地域で社員は約4万3000人いるんですが、国内・海外を通じて、1人ひとりの社員にそのパーパスを浸透させていきたい」と語る。

 社会課題の解決─。『お客様のいざ』を支えるという言葉に象徴されるように、「わたしたちの事業の成長は、社会課題の解決によってのみある」という思いを小宮氏は示す。

「チャリティ(慈善事業)だとか、CSR(企業の社会的責任)ということも大切ですが、マイケル・ポーター教授(米ハーバード大)が言うようなCSV(Creating Shared Value、社会と共有する価値の創造)が大事だと思います。本業のところをやればやるほど、世のため人のために役立っていくという、そういう方向にビジネスをフォーカスしていくことでやってきた142年だと思いますし、今後もそうしていきたい」

社会のニーズを捉えて〝日本初〟を次々と開発

 同社には、〝日本初〟のものが多い。1914年(大正3年)には日本初の自動車保険を開発。まだ日本に車が1000台位しかない頃のこと(現在の扱い件数は約1500万件にのぼる)。

 1923年(大正12年)の関東大震災直後には、被災者に見舞金を配布。当時の火災保険では大地震は補償の対象外であったが、保険各社は見舞金を配ることにした。

 その際、政府から補助が出たのだが、東京海上はそれを受け取らず、自社の資金で全額を賄った。それだけ財務基盤が強く、自立的に対応したということ。

 1959年(昭和34年)には賠償責任保険を発売。モータリゼーションのトバ口で、事故が増え始めようとする時期。事故の被害者は泣き寝入りを余儀なくされていた。これではいけないと、〝賠償責任補償〟という新しい考え方を打ち出した。

 1989年(平成元年)には介護費用保険をスタートさせた。

 1998年(平成10年)には〝人身傷害保険〟を発売。自身に過失割合が生じ、相手方が無保険である場合などの必ずしも十分な補償が得られなかった。そこで、契約下に被った損害はすべて補償していこうというコンセプトで商品を開発。これは、今の自動車保険の標準的な考えになってきている。

 2002年(平成14年)には、生命保険と損害保険の一体型商品『超保険』を開発。顧客にとって、生保と損保の両方が必要。それがバラバラで分かりにくいというニーズを取り入れての商品開発である。

 そして今、社会課題は何なのか、その中で自分たちが一番役に立つ領域はどこにあるのかを常に考えていこうと小宮氏は社員に呼びかける。

『事業の地理的分散』がなぜ今、必要なのか

 同社の事業拠点は46カ国・地域にのぼり、従業員数は約4万3000人。国内約2万5000人、海外は約1万8000人と海外が半数近くになっている。

 同社は2008年の英キルン、米フィラデルフィア・コンソリデイティッドの買収(買収金額が約5000億円)を皮切りに、2012年には米デルファイ・フィナンシャル・グループ(同2000億円)の買収とM&A(合併・買収)を次々と実行。

 さらに2015年に米HCCインシュアランス・ホールディングスを約75億ドル(9400億円強)でM&Aするなど、この13年余の間に立て続けに欧米の有力保険会社を買収した。

 欧米の保険会社買収を重要な経営戦略に捉えたのは2007年。翌08年には世界的な金融危機のリーマン・ショックが発生。

 日本国内は〝失われた20年〟の真っ只中にあり、円高、デフレや労働規制などの〝六重苦〟で成長制約要因が多いと指摘されていた。経営を取り巻く環境にもリスク要因が多くなっていた。

 加えて、日本は台風や水害などの自然災害大国。異常気象などの要因もあって、自然災害は年々増加。顧客と保険契約を通して交わした約束(補償)を迅速に、かつ円満に実行していくためには一層の経営基盤の強化が求められるようになった。

 災害、特に自然災害は突発的に発生する。そうしたリスクを軽減させる手立てをどう取るべきか─。その1つの解が、「事業の地理的分散」であった。

 こうして、日・米・欧を主軸に、46カ国・地域で事業を展開するというグローバル体制を築き上げてきたという経緯。業績に占める海外の比率は、売上高で40%弱、利益面では40数%になる。

 同社は、2021年度を起点にした3カ年の新中期経営計画を推進中。

 今回の中期経営計画の定量的目標は、最終年度の23年度末に修正純利益5000億円、修正株主資本利益率(ROE)12%というもの(ちなみに2021年3月期は修正純利益4460億円、修正ROEは11・5%)。

「新中期経営計画については、それぞれ一生懸命取り組んでもらっていますが、日本のマーケットは利益ベースで、年5、6%で伸びていって欲しいし、海外のビジネスは年9%弱、1桁台の後半ぐらいで伸びるとすると、この3年計画のどこかのタイミングで海外の利益が5割を超えます」

グループの〝統治〟も新しいステージへ

 海外比率が5割を超えようとする今、そのグループマネジメントも、「もう一段ギアチェンジしていく」と小宮氏は語り、「いろいろなコーポレート機能についての機能の強化ですとか、グローバル化みたいなことを果たしていかなくてはいけない所に来ている」という認識を示す。

「例えばサイバー保険のヘッドというのは、今、ロンドンにいるわけですね。資産運用のヘッドは日本にもいますけど、共同総括でニューヨークにもいます」

 今は、海外事業総括を日本に置いているし、共同総括としての責任者が米国にもいる。

 また、『アクチュアリー』といって、確率・統計などの手法を用いて、不確実性の分析や評価などを行う専門職のヘッドはニューヨークにいるなど、〝分散〟化している。

 ビジネスリスクの分散を図る─ということで、M&Aを進めてきたわけだが、それは〝本社機能の分散〟にもつながってきた。利益面で海外比率が5割を超えるのが間近な今、コーポレート・ガバナンス(統治)も新しい局面を迎えたという小宮氏の認識。では、どう手を打っていくのか。

「やはり、グループの中で最も専門性を持っている人間に、グループ全体の政策をリードしてもらうというのが基本的な考え方です」と小宮氏。

 責任体制を今一度、明確にしてグループ全体のコーポレート機能を強化しようという考え。

多様性の化学反応で

「多様性は、成長戦略の一丁目一番地」─。小宮氏は新中期経営計画で、「新しいアプローチ、新しいマーケット、新しい事業を作っていく」と謳い、その際、キーワードとして『多様性』を挙げる。

「多様性の化学反応みたいなことが必要です。その多様性の中で良い仮説を作っていく。仮説が出来たら、スピード感をもって実行に移す。それがうまくいった場合に速い展開をしていく。うまく行かなかったら、『さあ、また次に行くぞ』という、この動きを速くしていく」

 こうした考えの下、小宮氏は『D&I(Diversity and Inclusion、ダイバーシティとインクルージョン)』という名の政策を揚げる。

 国籍、性の違い、それに若手や年配といった世代の違い、また価値観や国・地域の違いもある。そういう違いや差がある中で、グループ一体経営をどう推進していくかという問題意識からの『D&I』政策である。

 Diversity(ダイバーシティ)は文字どおり、多様性を示す。Inclusion(インクルージョン)は相手の存在や考えを包み込む力、包容力といった意味。

「ダイバーシティとインクルージョンは、グループ一体経営を強化していく上で不可欠なものであるし、また世の中全体の大きな流れもそうだと思います」

 小宮氏は『D&I』ポリシーを取り上げた理由をこう述べ、次のように語る。

「この母国市場の東京海上日動について見ても、まだまだジェンダーギャップがあります。その改革に取り組んできてはいますけれども、まだまだスピードを上げていかなければならない所にあります」

 そこで、小宮氏は今年4月、〝チーフD&Iオフィサー〟を設置、そのポストに女性の執行役員、鍋嶋美佳さん(1991年6月入社)を任命。こうして多様性を活かす態勢づくりが進む。

安全・安心を拡大

 今は、まさに時代が大きく変わろうとする変革期。デジタルトランスフォーメーション(DX)が進行する一方、世界全体を見れば、政治的に米中対立、アフガンの混乱と混迷が続く。さらには中東各地域での内戦・内紛も頻発。また米FRBの金融政策のカジ取り一つで、株価が敏感に反応、通貨も揺れる。

 こうした世界の政治、経済の不安定要因に加えて、地球環境問題にどう対応するかという課題。異常気象による山火事、台風、水害による河川の氾濫、土砂崩れ、農作物の被害とリスクが高まる日々。これらのリスクとどう向き合っていくかという社会的課題である。

「やはり、リスクが増大している。だから、われわれが社会課題の解決に対して役に立つ領域というのは、もっともっと実は大きいはずだと。安全を提供して安心を広げる。それが保険だと言っていますが、保険というのは経済的補償に過ぎません。経済的補償自体はとても大事なことなんですが、『いざ』を支えるためには、いつも支えていないと、『いざ』は支えられないのではないかと。そのために、テクノロジーの活用もあるわけですが、要するに事故はない方がいい。あっても、ダメージが小さい方がいい。事故が起こりましたと。でも、それは二度と起こらない方がいい」

 社会課題の解決へ向かう時の本質論を小宮氏はこう語り、これからの保険(業)の役割と使命について、次のように深掘りする。

新しい保険の定義を!

「災害に対しての予防、つまり防災とか減災とか、あるいは健康増進とか未病という部分と、それに保険があって、その後はアフターケアですとか、再発防止ですとか、早期復旧、復興とか、こういったところの保険の前と後があります。保険を点から線に、線から面に広げていく。それで安全を提供できるというところに商品も拡大するし、場合によっては、そういう事業をしっかり構築していく」

 保険の前と後ろの事業領域を拡大、あるいは保険を〝点から線に〟、また〝線から面に〟という作業をしていく中で、ライバル企業との関係も変化していきそうだ。

「真ん中の保険はもしかしたら、他社にも入っているかもしれないけれども、予防とか防災とか、復旧・復興とか再発防止はうちの事業に入っていますというケースが出てくるかもしれません」

 小宮氏が続ける。

「そういう意味で、保険商品という所の一点ではなくて、そこはバリューチェーンと言いますか、安全と安心に対してのソリューション・プロバイダーとしての新しい生き方、リスクに対しての新しい保険の定義、新しい保険会社の在り方と言いますか、何かそういう挑戦が今始まっているのだと」

 小宮氏は、『新しい保険の定義』という言葉を使いながら、「ソリューション・プロバイダーというような感じのものに保険会社が変わっていくべきなのかなと。東京海上はそういうところを視野に入れて進化していきたい」と語る。

事業の「ど真ん中は人」

「保険業の本質は、人のビジネス、ピープルズ・ビジネスで、ど真ん中は人です」と小宮氏。

 デジタル戦略を進めながら、小宮氏は3つの経営コンセプトを挙げる。

 1つは「ミッション・ドリブン(使命で動く)」という認識がまず最初に来る。顧客にどんな価値を提供し、どう社会課題を解決していくかというミッションの追求である。

 2つ目は、「デジタルと人の融合」。中心は人であり、両者の融合で新しい価値を掘り起こしていく。

 3つ目は、「グローバルデジタルシナジー(相乗効果)を」。東京海上グループはデータのラボを世界に7カ所持っている。「共通のテーマをトライ・アンド・エラーでやって、結果を共有し、また最先端のものをみんなで共有する」ということ。

 小宮氏はこの3つのコンセプトを挙げながら、「ビジネスをつくるのも人ですし、仕事をやり直すのも人」であるとして、基本は「人」だと強調。

 グローバル化が進み、人の交流、協働化も盛んになる。一方で、米中対立、アフガンの混乱をはじめ、内戦や地域紛争が続く。コロナ危機も真っ只中であり、経済にもプレッシャーがかかる。

 グローバル経済は何のためにあるのか─。こういう問題意識を持ち、「それは人の幸福のためにあるのだ」という信念を持ち続けているリーダーの1人に、J・E・スティグリッツ氏(米コロンビア大教授、2001年ノーベル経済学賞を受賞)がいる。

 小宮氏は常務になった2016年春から1年間、同大学に留学。スティグリッツ氏の指導を受けた。

 世界に拡散した金融危機、リーマン・ショック(2008年)はなぜ防げなかったのかという危機管理。何より、グローバル経済は何のためにあるのかといえば、それは「人の幸福のためにある」というスティグリッツ教授の信念に触れることが出来た。

「一番読んだのは、教授の『フリーフォール』(FREE FALL)。原書で必死になって読んだんですが、市場の理論だけで放っておけばうまく行くみたいな話はとんでもないと。やはり、それはしっかりマネジメントしていかなければいけないというのは、非常に参考になりました」

 同社は、既述したように、2008年から海外を中心に大型買収を実行してきた。改めて、小宮氏がその目的と、同社の〝三買収原則〟を語る。「1つは当たり前ですが、そのビジネスの業績が良いこと。また、見通しも良いこと。2つ目は、独自のビジネスモデルを持

っていて、他社が簡単には真似ができないような専門性があること。

そして3つ目は、What isbusiness for? なんです。つまり、何のためにビジネスをやっているのかということ。この経営の価値観が共通であれば、一緒にやっていける」

 M&Aは、成長するための1つの手段ではあるが、全て最初からうまく行くというものでもない。試行錯誤もある。

 同社が08年に行った英国のキルン社買収でも、ここ2、3年間、業績がおかしくなった。ただ、救いなのは、「目指す方向が同じだということ」と小宮氏。

 困難な状況を切り抜けられるのは、価値観を共有する人たちがいるからである。

 キルン社の経営陣については、グループ全体の要員で刷新し、「今年あたりは必ず復活する」と期待をこめる。

「何のためにビジネスをしているのか、何のために働くのかが一番大事なところだと思います」という小宮氏の思い。

 ビジネスの〝ど真ん中〟は「人」である。

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