マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、連邦政府のシャットダウン(一部機能停止)とデフォルト(債務不履行)について解説していただきます。


米国では連邦政府の2022年度が今年10月1日に始まります。そして議会は新年度に向けて予算編成の真っただ中です。今年の予算編成を難しくしているのは、民主党がバイデン大統領の経済政策を予算に関連付けて実現しようとしていることです。

約1兆ドルのインフラ投資法案は上院を通過しましたが、下院での採決はまだです。ミドルクラス支援や雇用・福祉関連、それらの財源となる増税などを盛り込んだ包括法案は、民主党単独で可決可能な予算調整法案として審議する予定です。しかし、民主党内でも足並みが揃わず、どういった形でいつごろ成立させることができるのか、極めて不透明です。

(※1)8/13付け「米国の予算交渉が注目される理由」もご覧ください。

(※2)予算編成のプロセスや重要用語については、4月16日付け「マーケットが注目する米国の予算編成プロセス」で詳しく説明しているので、ご参照ください。

こうしたなか、経済に打撃を与え、また金融市場を動揺させかねない2つのリスク・イベントが発生する可能性が浮上してきました。連邦政府のシャットダウン(一部機能停止)とデフォルト(債務不履行)です。この2つは混同しやすいようですが、発生の仕方や影響は大きく異なります。

シャットダウン

新年度が始まった時に予算が成立していなければ、連邦政府は職員の給料などを含めコストの発生するサービスを提供することができなくなります。さすがに航空管制や安全保障など不可欠なサービスは続けられますが、国立公園など不要不急のサービスは停止され、職員は自宅待機を命じられます(給料は予算が成立してから後払いされます)。一般市民にとっては大いに迷惑ですが、短期間のシャットダウンであれば、経済への影響は限定的です。シャットダウンは過去に頻繁に発生しています。トランプ政権時代の2018年12月22日から2019年1月25日までのシャットダウンは過去最長の35日間でした。それでも金融市場は比較的冷静に受け止めたようです。

通常予算が成立しないまま新年度を迎える場合、シャットダウンを回避するため、議会は短期の継続予算を成立させてその間に通常予算の成立を目指します。近年では、新年度入りして継続予算を繋ぐ形がほぼ常態化しているといっても過言ではありません。今年もそうなる可能性が高そうです。

デフォルト

連邦政府の債務には法定上限、いわゆるデットシーリング(デットリミットとも呼ばれます)が設定されています。連邦政府はそれを超えて債務を増やすことができません。歳出(支出)を歳入(収入)の範囲内にとどめれば、債務は増えません。連邦政府が裁量を働かせることで、ある程度デフォルト(債務不履行)を回避することは可能です。また、政府には退職年金や州地方政府への支払いを遅らせるなどの「奥の手」もあります。

ただし、歳出の中には、自然発生する国債費(利子)や社会保障費などがあるため、いつまでもデットシーリングの枠内でやり繰りすることはできません。デットシーリングは議会によって2019年7月に「無効化」されましたが、今年8月に復活しました。そのため、現在は「奥の手」が使われている状況です。それでも、10月末ごろには限界が来るとされています。

米国債がデフォルトすると世界中の投資家は大混乱に陥るでしょう。多くの投資家が「安全資産」として米国債を保有しているうえ、米国債が多くの金融商品のベンチマーク(基準)となっているからです。

これまで連邦政府の債務がデットシーリングに到達すると議会は都度それを引き上げてきました。そのため、過去に米政府がデフォルトしたことはありません。しかし、デットシーリングが議会内の、あるいは政府との交渉材料に使われることでデフォルトが意識される局面はありました。

2011年夏のデフォルト危機

最も際どかったのが、2011年のケースです。2011年4月に政府債務がデットシーリングに達しました。当時のオバマ政権は議会にデットシーリングの引き上げを要請しましたが、財政赤字の削減を求める議会はなかなかこれに応じませんでした。

その間、政府は「奥の手」を使って表面上の債務を増やさずにやり繰りしました。そして、万策尽きるとされた8月2日のわずか2日前に議会はようやくデットシーリングを引き上げたのです。

当時、米国のデフォルトが意識されたことで、金融市場は大いに動揺しました。主要株価のNYダウは、デットシーリング引き上げ前後の3週間で15%下落。米ドル円は7月半ばから80円を大きく割り込み、11月には75円台半ばをつけました。

これは現在でも変動相場制移行後の米ドル円の最安値です。さらに、デットシーリング引き上げの5日後には、大手格付け会社1社が米国の格付けを最上級から1段階引き下げました。

無視できないデフォルトのリスク

シャットダウンが発生しても、よほど長期化しない限りそれが経済や金融市場に大きな影響を与えることはなさそうです。一方で、デフォルトが発生する確率は限りなくゼロに近いように思われます。ただし、何らかの手違いや間違いでデットシーリングの引き上げが遅れれば、一時的にせよ金融市場は大きく動揺するでしょう。デットシーリングが実際に引き上げられるまで油断は禁物です。