東京大学(東大)と日本気象協会は9月14日、人工衛星を用いて観測された大気中の水蒸気同位体比のデータを、水同位体を含んだ大気大循環モデルによる推定と組み合わせる「データ同化」を行うことにより、水蒸気同位体比そのものだけでなく、大気中の気温や風速の予測精度が改善することを実証したことを発表した。
同成果は、日本気象協会の多田真嵩氏、東大 生産技術研究所(東大 生研)の芳村圭教授、同・取出欣也特別研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
通常、水(H2O)は、存在比としてその99%以上が軽い水素(1H)と酸素(16O)からなるが、水素や酸素にも重い安定同位体である2H(重水素)や18Oなどで構成される「重い水」もごくわずかながら含まれていることが分かっている。
この「重い水」は、蒸発や凝結といった水の相変化が生じる際に、気体側よりも液体側に、液体側よりも固体側に重い同位体を持つ水分子がより多く分けられるという特徴(同位体分別)を持つため、相変化を繰り返しながら絶えず移動している地球上の水の循環過程の指標として古くから利用されてきたという。
そのような、水の同位体比を用いた地球の水循環過程解明のための研究は、2000年以降の水同位体比観測技術と気象予報に使う大気モデルに水同位体比を組み込むことによるシミュレーション技術の進展によって近年、発達してきたという。
こうした技術の発達を受けて、東大生研は水蒸気同位体比の実測値を、水同位体を含んだ大気大循環モデルによる推定と組み合わせる、データ同化技術を用いることで、気象予測の精度が改善する可能性があるということを理論的に示すことを報告してきたほか、2021年初頭には、欧州の人工衛星「MetOp」に搭載された分光センサー「IASI」(赤外線大気探測干渉計)から水蒸気同位体比の観測情報が得られるものと仮定し、そこに開発した全球水同位体大気大循環モデル「IsoGSM」によるシミュレーション結果とのデータ同化が行うことで、風速や気温・比湿(大気中に含まれる水蒸気量の指標の1つ)などの大気状況について、予測精度がどの程度改善するかを調べたところ、理想的な状況という条件はあるが、対流圏中層において風速、比湿、温度の予測精度が10%以上改善することが確認されるとの見通しを報告していた。
しかしこれまでの研究の課題は、いずれも「観測データが得られたとしたら」という仮想的な状況を想定した場合の研究結果であり、あくまでも理想的な状況を仮定して計算されるため、実際にデータとして得られた観測値を用いた検証が求められていたという。
そこで研究チームは今回、IASIからの水蒸気同位体比の実測データを得て、データ同化実験を実施することにしたという。具体的には、2013年4月1日から4月30日まで、IASIの水同位体比観測値のみをデータ同化した実験(DA)と、データ同化しない無観測実験(NA)とを行い、比較を行ったという。
その結果、データ同化期間においては、実際に観測された水蒸気同位体比をデータ同化することで、水蒸気同位体比だけでなく気温を含む多くの気象変数の解析精度が向上することを確認したとする。
また、実際の気象予報での運用を想定し、水蒸気同位体比が一定期間データ同化されたあと、大気の状態を1週間予測する実験も実施。具体的には、1つは2013年4月1日から4月30日までデータ同化を行い、同年5月1日以降の1週間を予測したもの。もう1つは同年4月1日から4月22日までのデータ同化を行ったあとに、同年4月23日からの1週間を予測したもので、どちらも何もデータ同化をしないよりもよくなるが、より長い期間のデータ同化を実施した前者の実験の方が改善度が大きいことが判明したという。
なお、今回の成果を踏まえ研究チームでは今後、より観測データを増やしたり、モデルの性能を高めたりすることや、どのような状況でどのような効果が得られるのかを詳細に調べていくことが必要だとしており、そういった取り組みを進めることで、例えば台風や線状降水帯など、極端現象の予測性能の向上につながる可能性もあるとの考えを示している。