ダンカンが『元気が出るテレビ』青春時代を語る「たけしさんがくだらねえなあって笑う姿が嬉しくて」

〝たけし軍団〟の一員であり、放送作家としての顔を持つダンカン。かつて自身が手掛けた、伝説のテレビ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)や『風雲! たけし城』(TBS系列)などの手書きの企画書が発掘され、今回、一冊の書籍『ダンカンの企画書』(8月30日発売/スモール出版)となった。1980年代半ば〜90年代半ばの、現在では考えられない“規格外”なテレビ業界について、また裏方としても携わった師匠ビートたけしの番組について話を聞いた。(前後編の後編)

【前編はこちら】ダンカンが語る90年代テレビ業界の豪快伝説「あの頃のテレビって自由だったんだなぁ」

【写真】ダンカン直筆『風雲! たけし城』伝説の企画書

――ダンカンさんが『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などの放送作家をされていた時代、あまり睡眠時間がなかったんじゃないですか?

ダンカン 1日3時間くらい寝てたのかな……。週に2回くらいは7時間くらい寝られたんだろうなとは思いますが、それでも、寝てる暇あったら、仲間たちと飲みに行ったり、くだらないことを考えていたいと思っていました。水道橋とか玉袋(筋太郎)とか、佐竹(チョイナチョイナ)とかと一緒に。暇があると佐竹に電話して、「いつもの飲み屋に、あの人いるかな? 浴衣でゴルフバック背負っているいつもの人」なんて振ると、その恰好でいつもの飲み屋に佐竹が仕込んでいるんですよ(笑)。そんなことばっかでした。

――極限の中で青春を楽しんでたのですね(笑)。たけしさんの番組をよくやられていて、たけしさんから褒められた企画はありますか?

ダンカン 『元気が出るテレビ』が、日曜の夜放送で収録が月曜。俺は袖でお客さんから見えない場所で観覧しているんですね。モニターを見てる時に、たけしさんが「くだらねえなあ!」って言いながら、笑っている顔を見られるのが僕の嬉しさでしたね。そのかわり、面白くなければロールチェンジの時に、「アレはダメだよ、(テリー)伊藤に言っとけよ!」って言うんですよ。

――直接的じゃなくても、企画の良し悪しを伝えてくれるんですね。他の出演者やスタッフから評判が良かった企画はありますか?

ダンカン 「川崎徹さんを襲ったのは誰か?」(『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』)という企画。画質の悪いATMの上の防犯カメラからの録画で、(CMディレクターの)川崎さんが襲われるというリアルっぽい内容で、川崎さんともノリノリだったんです。僕の中では、一般の人のそっくりショーだったんですよ、似ている人が犯人として出てくるかという興味で。でも、さすがに世間的に犯罪臭がして、途中で尻すぼみになりました(笑)。

――ダンカンさんは、現在のバラエティ番組をどう見ていますか?

ダンカン 制作費がないせいか、時間ばっかり延ばす番組はちょっと残念に思います。僕は、頭が古いかもしれないんですが、例えば旅番組で川に帽子が落ちたら……なぜそこで頭から飛び込まない?とモヤモヤ(笑)。お笑い的なハプニングを求めてしまうんですよ。先日、名古屋の市長さんが金メダル噛んだじゃないですか。でも、高田純次さんだって、何でも口に入れますからね(笑)! ただ、それも今の時代じゃダメなんでしょうね~。

――80年代、90年代のバラエティ番組では多少過激でも体を張るのが普通だった?

ダンカン 沖縄のジンベイザメってすごく優れたバラエティツールで、小魚などを水ごと吸い込む時に、人間の身体半分くらい飲んでくれるんですよ。それで、すぐ遺物を吐き出すし、歯もほとんどないので画的にはいいんです。だから昔は(沖縄の海ロケなどで)芸人が、ジンベイザメから逃げようとしながらも、吸い込まれようとして(笑)。爆弾だって、そうでしたね、爆破する方に移動しようとする(笑)。当時の芸人たちは、みんなおいしいところばかり狙いすぎてました(笑)。

――そんなに体を張っていたら命が危なかった経験もあるのでは?

ダンカン あるよ(笑)! 液体のロウを頭からかぶったときは救急車に運ばれました。ロウって、かぶった瞬間にそこで固まるんですよね。芸術的な感じ?僕は面白い方がいいと思って口を開けたら、口の中にロウが入っちゃって。その後打ち合わせをしていたら、呼吸するたびに変な音がして、体の中で何かが動くんですよ。そのうち息ができなくなって救急車で運ばれまして。器官の中でロウが固まっていて、あれは危なかったなぁ~。あと、『元気が出るテレビ』で、勝村(政信)と俺がボケ対決で、遊園地に行って次から次へとボケてたんですよ。ホットドックのマスタードを目に入れてみた瞬間、漫画みたいな稲妻が見えましたね(笑)。

――躊躇はないんですね(笑)。

ダンカン そんなことばかりしていたので、今のどっきりとか、俺たちがやっていた時代のの初級編みたいなものに戻っているなという印象。でも、時代とともに変わっていくんじゃないですかね。

――最近はテレビだけでなく、You Tubeも活躍の舞台となっています。ダンカンさんから見てどうですか?

ダンカン 一部の人だと思いますが、さすがに世の中の人に迷惑をかけるのは、ちょっと違うかなと思います。“迷惑系”You Tuberってちゃんと区分して言っているのは面白いと思うけど(笑)。若い時に、自由の意味を考えたことがあったんですよ。音楽って自由なんですが、五線譜がある中で組み立てないととても音楽として聴けるものじゃなくなるらしいんです。五線譜の中で暴れるのが自由だということ。そういう考えでバラエティをやっていたんですよね。少しずれることがあってもいいけど、ある程度は考えないとね。

――今後も、お笑い界でのダンカンさんの活躍を期待しています。

ダンカン ずーっと頭の中は変わらず同じでいるから、声でも掛けてくれればなんでもやりますけどね(笑)。こういう時にこそ作家の見せどころだと思うんです。制作費が少ないと言うなら、テレ東の制作費すら羨ましいと思えるくらいの少ない制作費で何かやりたい(笑)。今でも寝る時に枕元にネタ帳を置いて、夢で見た面白いものがあればメモするんですよ。起きて冷静になって見ると大概つまらないで終わっちゃいますけど(笑)。今でも毎日お笑いのことを考えていられるのは、ありがたく思います。

――今でも体は張れますか…?

ダンカン 全然できますよ(笑)!