現在公開中の、松坂桃李主演の映画『孤狼の血 LEVEL2』。広島の裏社会を描いたベストセラー小説実写映画の続編で、前作で暴力団を相手にしていた伝説の刑事・大上(役所広司)亡き後の刑事・日岡(松坂)の姿を描く。真面目な刑事だった日岡はワイルドに変貌し、圧倒的“悪”=上林(鈴木亮平)の登場による暴力団組織の抗争、警察組織の闇、マスコミの策謀などバイオレンス要素たっぷりの作品だが、実はクランクイン前に「リスペクト・トレーニング」が行われていたことでも話題となっている。

「リスペクト・トレーニング」とは、日本では主にNetflix製作の作品で実施されているもので、約1時間にわたり、「差別」や「パワーハラスメント」「セクシュアルハラスメント」の定義や、受けた場合の対処法などが説明される講習。2020年9月に行われ、スタッフが参加するだけでなく、リモートで記者たちも参加し「みんなが楽しい、働きやすい環境にするには」という意識を共有し合うこととなった。今回は、この試みについて改めて白石和彌監督にインタビュー。業界に対する意識や、環境を変えることで期待できる映画界の変化についてなど、話を聞いた。

  • 映画『孤狼の血 LEVEL2』白石和彌監督

    映画『孤狼の血 LEVEL2』白石和彌監督

■作り手を切り離すのは難しい

——今回リスペクト・トレーニングがかなり注目を受けていると思います。実際に『孤狼の血 LEVEL2』のクランクイン時に行われた講習にリモートで参加しまして、革新的だと思うと同時に「本当に基礎から始めるんだ」と驚いたところでもありました。

認識するところから、なんですよね。今回はトレーニングを担当してくれたピースマインドさんとNetFlixが共同で作ったプログラムを適用してもらったので、僕も「そこからなんだ」と思いました。トレーニングをするということは、イコール「僕たちはハラスメントを許しません」と宣言するにほかならないので、まずはそのことがすごく重要なんだと実感しました。実際にスタッフから「業界に入った頃にこういうものがあれば、楽だったのにな」「○○さんも辞めなくてよかったのに」という話も具体的に出てきました。

——スタッフの方々がそれだけ素直に対応されて、効果が出ているところもすごいと思いました。

やっぱりみんな、嫌な思い出があるんだと思いますよ。逆に、僕も含めてベテラン陣には「どこかで自分も加害の方にいったことがあったんじゃないか」といった耳の痛い話もあるだろうし。でもそれを断ち切るという意志が重要ですし、例えばMe too運動も映画界から始まったもので、ハリウッドといえど対岸の火事ではないですから。

——Me too運動といえば、『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019』で白石監督が、故キム・ギドク監督の作品を上映することについて「公式にコメントを出すべき」と提言されたことが印象に残っていて、今回のような試みと地続きのようにも思いました。

映画祭の役割は色々あって、なかなか観られない映画を上映するのが重要だということもわかるのですが、キム・ギドク監督がどんなことをやっていたのかわかった状況で、世界のどの映画祭でも上映しない中、あえて……というのであれば、説明する義務があるんじゃないかな、と。それからやっぱり、映画祭に参加する若いスタッフや監督、俳優たちが戸惑っているのも感じました。僕はたまたま審査委員長で発言できる立場にあったので、みんな疑問を持っているのだと言っておかないと、というところはありました。

——やはり若い人の方が、そういった意識を持っていると感じますか?

若い人の方が敏感ですよね。色んな人とハラスメントのことを話したけど、業界のベテランはもう、鈍感もいいところだな思うんです。取り残されていると言っても良いし、愕然とすることもあります。

——作品は作品、と思うところもあるのですが、観ている方としては切り離せないところも感じます。逆に今回の「リスペクト・トレーニング」の試みで『孤狼の血 LEVEL2』という作品に好感を持つこともあるでしょうし。

「作品に罪はない」とは思いますが、特に作り手を完全に切り離して考えるのは難しいですよね。『麻雀放浪記2020』の時は(ピエール)瀧さんが逮捕されましたが、直接の被害者がいないし、映画はお金を払ってクローズドの中で見るからということで上映に至りました。それでも気になるのは間違いないので、何事もないことが1番です。

作品に被害者がいたら上映するのは難しいし、言ってみれば当たり前のことなんですが、倫理観を持って作るというのは、大事なことです。映画業界は「現場でひどいことをしたからこそ、いいものができた」みたいな教えを連綿と受けてきたわけで、そういうことをしなくてもいい映画を作れると、ちゃんと言うべきなんです。みんな「寂しい」とか言うけど、そういう時代ではないと感じます。

——『孤狼の血 LEVEL2』に出ている方は、松坂桃李さんや鈴木亮平さんと、優しそうな方ばかりです。

本当に、みんな優しいんです。現場の緊張感を作るために、監督が怒鳴り散らしたという話もいっぱい聞いたことがあるけど、役者のスキルと考え方があれば充分なのだと、今回俳優たちが示してくれたと思います。裏側ではニコニコしている人ばかりですから(笑)

■実際に問題が起こった時にどうするのか?

——『麻雀放浪記2020』のお話が出ましたが、あの時も急遽会見が開かれたり、白石監督がいろいろと最前線にいらっしゃるようなイメージがあります。

いやいや、僕はひっそりと映画を作っていたいだけなんですけど(笑)。考える機会は多いのかもしれません。自分に降りかかった火の粉は払いますし、業界全体に問題が起こった時は考えなきゃいけないし、当たり前のことを当たり前にやるという感覚です。

——今回トレーニングを行われて、その先を考えたりもされたのでしょうか? 踏み込んでいくと、実際に現場で「この行動は…」ということも出てくるように思います。

そこは考えます。よしんば撮影の最中にハラスメントが起こった時、僕たちはどういう態度をとれるんだろう? ということも。そのルール作りも、ちゃんとしていかなければいけない。その人がいないと成立しない撮影もあるわけで、翌日重要な撮影があっても、ハラスメントがあった時に退場させられるのか、ということですよね。もはや映画会社がどういう決断を下すかという問題にもなりますが、本当はそういう強い態度をとるべきなんだと思います。

今回リスペクト・トレーニングを行って話を聞くと、やっぱり「トレーニングをしても、どうしてもハラスメントを起こす人はいる」というんです。どんなに現場で必要でも、もはやスタッフィングできない人も出てくると聞いて、そういうことなんだろうな、と。でも、業界から人が離れずにもっと育っていったら、例えば何か問題が起こったとしても、別の方にお願いできるということもある。そういう土壌を作るべきだと思うし、まだあまり他の監督の方がどう思ってるかわからないけど、個人的な感覚では広がっていくんじゃないか、という気がします。やって損することがないし、やろうという流れができていったら嬉しいですね。

——Netflixさんの環境がずいぶん先を行っているようですが、作り手の方にも「映画より配信がいい」みたいな流れも出ていますか?

環境については見習うべきですし、そちらに流れていくことはあると思います。必要な予算を出し、週に1日は必ず休養日を取って、1日に働く時間の上限も決まっていて、ハラスメントは禁止するとなると、働きやすい環境じゃないですか。今の映画業界は「本当は3億かかるけど、なんとか2億円で作ってください」という中で、スケジュールもなくなり休みを削り、労働時間も延びて、場合によっては監督が怒鳴り散らして……もし僕がスタッフを抱える会社の経営者だったら、当たり前にNetflix優先で仕事を受ける判断をするでしょう。 だから映画界自体も変えていかないと本当に取り残されてしまう。

「予算を回収できないんじゃないか」という危機感もあると思うけど、予算を増やすのはいいことで、そこから新たな商売につながることもきっとあります。予算を回収するために、世界にパイを広げようといったことも考え始めるだろうし、「労働環境を変えよう」というところから、新たな動きにつながるかもしれません。

映画監督って、人によっては5年に1本の大作とか、人生を変えるかもしれないデビュー作だとか、そういう局面がいっぱいあってギリギリまで頑張ってしまうし、日本のスタッフは本当に優秀だから投げ出さず文句も言わないでついてきてくれるんです。でも、スタッフにとってはその作品が全てではなく、またすぐに次の作品に参加して、日々の生活が続いていきます。今はその労働環境を日本の映画界全体で守っていないわけだから、監督なりプロデューサーなりが、自分の作品に関わってくれる方を守ろうとする意識が必要です。ただ本当は、団体としてフリーのスタッフや若いスタッフを守るルールを作らないと、誰が将来映画作っていくんだろう? 僕も自分の映画でいっぱいいっぱいだから、なんで自分が先導してるんだろう? とは思いながら(笑)。やれることはやっていかないと、と感じています。

■白石和彌監督
1974年北海道生まれ。1995年、中村幻児監督主催の映画塾に参加し、その後、若松孝二監督に師事。助監督時代を経て、行定勲、犬童一心監督などの作品にも参加。初の長編映画監督作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10年)の後、ノンフィクションベストセラー小説を実写化した『凶悪』(13年)は、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞ほか、各映画賞を総なめした。その後、『日本で一番悪い奴ら』(16年)、『牝猫たち』(17年)、Netflixドラマ『火花』(16年)など、幅広いジャンルを映像化し、近年も『彼女がその名を知らない鳥たち』(17年)、『サニー/32』(18年)、『孤狼の血』(18年)、『止められるか、俺たちを』(18年)、『麻雀放浪記2020』(19年)、『凪待ち』(19年)など多数の作品を手掛けている。