“ウエシゲ劇場”が幕を閉じた。9月4日、夢の島公園アーチェリー場で、東京2020パラリンピック・アーチェリー混合(ミックス)チームリカーブオープンが行われ、上山友裕と重定知佳の「ウエシゲペア」が金メダルを目指して挑んだが、準々決勝で敗退した。

スター選手の誘いで目指した世界

「上山くんと一緒に世界で戦いたい」

その思いの強さが、重定を東京パラリンピックという最高峰の舞台へと押し上げた。重定が初めて上山と射線上で並んだのは、2016年11月、佐賀で行われた日本代表合宿でのことだ。重定は当時、まだ代表選手ではなかった。

それどころか、その1ヵ月前に行われた全国障害者スポーツ大会(希望郷いわて大会)で引退しようと思っていたという。しかし、その大会で自己新記録に近い点数を出し、優勝。東京パラリンピックに向けて、リカーブオープンの女子選手発掘に力を入れていた日本身体障害者アーチェリー連盟から、「東京パラリンピックを目指しませんか」と誘われ、上山からも「日本代表になれる可能性がある」と説得され、翻意。重定の地元・福岡から近い佐賀の合宿に「1日だけ見に来ない?」と誘われ、見学のつもりで訪れたところ、「上山と一緒に射ってみる?」と声をかけられた。

「当時、私にとっての上山くんは、スター選手。だから、まじですか、憧れの上山くんと並んで射っていいんですかって。うれしかったです」

合宿でみなが練習していたのは、パラリンピックと同じ70メートル。重定にとっては、「当たるか当たらないかではなく、とにかく楽しくて、時々練習や試合で射っていた距離」。当然、周囲の選手たちと比べると、的上の矢はバラけがち。しかし、そんなことは全く気にならないぐらい、その場で射てる喜びが重定の心を占めた。

ミックス戦のパートナー上山友裕(左)と東京パラリンピックの舞台へ

「ぴりっとした雰囲気の中、こんなすごい選手たちと一緒に射てるなんて、と感激しましたし、隣で射っている上山くんもかっこよかった。来年も絶対ここに来ちゃおうって思いました。そこからです、本気で練習し始めたのは」

とにかく日本代表に入りたい一心で、必死で練習したという重定。プライベートの時間をすべて練習と試合に費やした結果、2017年8月から育成選手に。上山とペアを組み、初めて出場した2017年のパラアーチェリー世界選手権(北京)は、がちがちに緊張して、まともに射てなかったと振り返る。

「でも、上山くんは、『経験を積んでほしいから、何も気にせずに射って』って。ありがたかったです」

重定いわく、上山は試合では常に落ち着いており、重定が思うように点数を伸ばせないときもフォローを欠かさなかったという。上山の配慮もあり、次第に重定は国際舞台でも力を発揮できるようになっていく。

「私が外しても上山くんが当ててくれるという安心感がすごくて。普段は緊張しいなのですが、ミックス戦では緊張しないんですよ。だからといって、上山くんが外しても全く気になりません。そもそも、二人そろって調子がよかったことってないんです。でも、お互いに補い合うことで結果を出してきた。我ながら、良いペアだと思います」

夢中で駆け抜けた5年間

さらに重要なのが、お互いに「波長が合う」と言う、人と人としての相性の良さだろう。「一緒にいて、イラっとしたことが一度もないんです。会話に困ったこともなくて、いくらでも話していられる。実際、LINEで2時間ぐらい電話したこともあります。そういえば以前、上山くんがほしいと言っていたドラマ『花より男子』のDVDを送ったんです。上山くんが大好きな井上真央さん演じる主人公の牧野つくしと髪型を同じにしようかなと冗談で言ったら、やめてくださいと本気で止められちゃいましたけど(笑)」

「二人の調子がかみ合えば、恐ろしいぐらいのペアになる」と語っていた重定。憧れのスター選手だった上山とは、いつしか無二の同志となり、ともに「てっぺん」を目指してきた。

そして迎えた、本番。力及ばず、「てっぺん」に手が届かなかった重定は、悔しさで涙を浮かべつつも、楽しかったと振り返る。

「緊張したけど、上山くんの背中を見ながら、安心して射てました。上山くんに支えてもらいました」

その上山もまた、重定に支えられていた。上山は緊張から力を出し切れず、個人戦の決勝ラウンドは初戦で敗退。沈んでいた上山の気持ちが少しでもほぐれればと、重定は上山や他のスタッフとともに上山の出演番組を視聴したり、隣の部屋にもかかわらず長電話をしたりして、さりげなく気づかった。その翌日のミックス戦でも、上山は本番直前まで緊張がほぐれなかったというが、いざ始まると、前日までの不調がうそのように、本来ののびやかな射を取り戻した。

「ミックス戦でやっと自分の射ができたのは、重定さんやコーチがそばにいてくれて、声をかけ合えたから。そもそもミックス戦に出場できず、あのまま個人戦で東京パラリンピックが終わっていたら、引退していたかもしれません」と、苦しかった胸の内を明かす。

試合後は、笑顔でポーズを作って見せた

「5年前のあの日、全国障害者スポーツ大会に参加してよかった。重定さんに会えたから。重定さんには、本当にたくさん助けてもらいました」

その言葉を聞いた重定は、「あの上山くんと、こうして一緒に戦えたことが本当にうれしい」としみじみ。夢中で駆け抜けた日々が報われた――。重定の得も言われぬ表情がそう語っているようだった。

「5年間、アーチェリーしかしてこなかったから」と、ここでいったん弓を置き、しばらく休むという重定。アーチェリーに戻ってくるのか、夢中になれる何かを見つけて突き進んでいくのか。いずれにせよ、道の究め方を知り、人を思いやる気持ちを持つ重定の未来は、きっと輝いている。

edited by TEAM A
text by Masae Iwata
photo by Jun Tsukida