理化学研究所(理研)と京都大学(京大)は8月30日、第2世代クォークで、質量が全6種類中で3番目に重い「チャームクォーク」6個からなる新粒子「チャームダイオメガ」の存在を、数値シミュレーションなどをもとに理論的に予言したことを発表した。

同成果は、理研 数理創造プログラムの杉浦拓也特別研究員、同・初田哲男プログラムディレクター、理研 仁科加速器科学研究センター 量子ハドロン物理学研究室のトン・フイ研修生(研究当時)、同・リュ―・ヤン研修生、同・土井琢身専任研究員、京大 基礎物理学研究所の青木慎也教授(同研究所所長)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学専門誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載された。

陽子と中性子は、3個のクォークで構成されていることが知られている。こうしたクォークの複合体のことを総称して「ハドロン」という。クォークは6種類あり、世代別にいうと第1世代がアップとダウン、第2世代がチャームとストレンジ、第3世代がトップとボトムで、質量の軽い順に並べると、アップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップとなる。

陽子はこのうちの軽い2種類であるアップ2個とダウン1個で、中性子はアップ1個とダウン2個で構成されている。陽子と中性子ほど知られてはいないが、この2つ以外にもハドロンは存在しており、その1つが3番目に重いクォークであるチャーム3個からなる「チャームオメガ」粒子である。

  • チャームダイオメガ粒子

    クォークとハドロンのイメージ図。クォークは6種類あり、第1世代はアップ(u)とダウン(d)、第2世代はチャーム(c)とストレンジ(s)、第3世代はトップ(t)とボトム(b)。陽子はアップ2個+ダウン1個、中性子はアップ1個+ダウン2個、そしてチャームオメガ粒子はチャーム3個からなる (出所:理研Webサイト)

チャームクォークを含むハドロン(チャームハドロン)間の力については、未解明の部分が多く残されているという。近年、従来の理論では説明できない新奇なチャームハドロンの存在が、高エネルギー加速器研究機構のKEKB、中国科学院高能物理研究所のBESIII、欧州原子核研究機構のLHCなどの加速器実験によって報告されており、チャームハドロン間力の解明は原子核物理における重要課題となっているという。

チャームオメガ粒子はチャームクォークだけ3個で構成されいるハドロンであり、チャームハドロンとしては最も単純な構造だ。チャームオメガ粒子間の力は、クォークの運動を決める基礎理論である量子色力学から決める必要があるが、量子色力学の基本方程式を紙と鉛筆だけで解くことは困難であったことから、「格子量子色力学」と呼ばれる手法を用いて、大規模数値シミュレーションによる直接計算を2007年に実現させたのが、筑波大学 計算科学研究センターの石井理修研究員(現・大阪大学 核物理研究センター 准教授)、今回の研究にも参加している京大の青木教授(当時は筑波大学大学院 数理物質科学研究科 教授)、そして同じく今回の研究チームに参加している理研の初田プログラムディレクター(当時は東京大学 大学院理学研究科 教授)を中心とした研究チームだという。

ただし2007年当時、スーパーコンピュータ(スパコン)「京」ですら設計中の段階であり、現実世界のシミュレーションは性能的に困難であったという。また、ハドロン間力の計算は、「時間依存型HAL QCD法」と呼ばれる手法を用いることで、数値計算誤差を従来方法に比べて指数関数的に改善する必要があったとするほか、従来はクォークの数が増えるほどその運動の絡み合い(縮約)に関する計算量が急速に増大する問題もあったが、今回の研究にも参加している土井専任研究員が開発した、複数の縮約計算を統一的に扱う「統一縮約法」というアルゴリズムにより、計算量の削減が実現されたという。

今回の研究では、こうした数々の手法とスパコン京ならびにHOKUSAI(理研所有のスパコン)上で時間依存型HAL QCD法や統一縮約法などの理論的手法を用いて計算することで、パイ中間子の質量を約146MeVとする“現実世界のシミュレーション”を実行することができたとする。

シミュレーションの結果、2個のチャームオメガ粒子間には、互いの距離が遠いときには引き合う力が働く一方、距離が10の-14乗cm程度まで近づくと反発し合うことが確認されたほか、この引き合う力のおかげで、チャームオメガ粒子2個(チャームクォーク計6個)からなる結合状態の新粒子「チャームダイオメガ」が存在することが示されたという。

  • チャームダイオメガ粒子

    スパコンを用いて得られたチャームオメガ(Ωccc)粒子間に働く力。クォークの運動を記述する量子色力学(QCD)をスーパーコンピュータによって解くことで、2個のチャームオメガ粒子間に働く力が明らかにされた(赤色の線)。チャームオメガ粒子間の距離が非常に短い場合(約10の-14乗cm以下)では弱い反発力が働くが、それより遠くでは引力が働くことが確認された。また、チャームオメガ粒子は正の電荷を持つため、チャームオメガ粒子間にはクーロン反発力も働く(青色の線) (出所:理研Webサイト)

チャームオメガ粒子は正の電荷を持っているため、クーロンの法則により2つのチャームオメガ粒子は反発し合う。そこで、チャームダイオメガ粒子が現実世界に存在するのかどうかを調べるため、この反発力も考慮した計算が行われた結果、量子色力学による引力とクーロン反発力は、ほぼぴったり打ち消し合うことが判明。チャームダイオメガ粒子は、「ユニタリー極限近傍」という、非常に結合が壊れやすい特殊な状態になっていることが判明したとする。

クォーク6個からなるユニタリー極限近傍の状態としては、これまで核子2個からなる状態、陽子と中性子からなる「重陽子」と、中性子2個からなる「ダイニュートロン」だけが実験的に知られている。

なお研究チームは、2018年にはチャームと同じ第2世代でチャームよりも軽量なストレンジクォーク6個からなる「ダイオメガ」粒子を、2019年には陽子または中性子とオメガ粒子からなる「核子オメガ」粒子の存在を理論的に予言しており、これまで想像されてこなかった多様なユニタリー極限状態が存在することを明らかにしてきている。

今回の研究成果について研究チームでは、いまだに解明されていない部分が多い、チャームやストレンジよりもさらに重いトップやボトムなどのクォークを含むハドロン間力の解明の第一歩となるものだとしており、今後については、スパコン「富岳」を活用して、チャームクォークを含むさまざまなハドロン間力の研究や、チャームクォークの次に重いボトムクォークを含む新粒子の探索などを進めていく予定としている。