帝国ホテル社長が語る”コロナ禍での一大投資”

さだやす・ひでや

「いかに”ザ・ホテル”をつくっていくか」──。帝国ホテル社長の定保英弥氏はこう意気込みを語る。同社は最大2500億円を投じて旗艦店「帝国ホテル東京」を建て替え、110億円をかけて京都・祇園の「弥や 栄さか会館」を活用した新ホテルを建設する。コロナ禍で訪日外国人観光客が途絶え、国内の宿泊需要も回復していない中、ポスト・コロナ禍をにらみながらも、創業者・渋沢栄一の教えを基に熾烈化するホテル戦争にどう臨んでいくか。

コロナ禍という苦境下での発見

 ─ コロナ危機でホテル業界は厳しい状況が続いています。

 定保 昨年度の業績は大変残念な結果に終わりました。コロナの感染拡大が世界的な規模になり、長期化していることで先を見通せず、辛いところです。今年度に入っても緊急事態宣言と解除の繰り返しが続いており、通常の商売ができるような環境には全く戻っていません。

 4月から6月にかけての東京都内の主要ホテルの平均稼働率も2割に届いていませんし、当社も同様です。また、宴会部門も法人需要の冷え込みから、大きな打撃を被っています。そのため、現在の出社比率もいまだに約6割です。

 ─ 従業員との対話をどう進めましたか。

 定保 実は昨年5月、当時は約8割の従業員が自宅待機をしておりましたが、約2500人の全従業員に私からのメッセージを一斉配信したのです。「雇用は何としても守っていくつもりだ。感染防止の対応策を含め、コロナ禍を生き抜くために、どんな販売促進を図っていくか、経費をどう削減していくか。何でもいいからアイデア・提案を募りたい」という内容でした。

 すると、5473件のアイデア・提案が返ってきたのです。感染防止の対応策として実行しているサーモグラフィーの設置なども、そのアイデアの中の一つです。他にもレストランのバイキング料理を客席のタブレットで注文する方法なども採用しました。会社は大丈夫だろうかという不安があった中での提案だったと思います。改めて仲間を誇りに思いましたし、心強く感じましたね。

 ─ その中にサービスアパートメントの提案もあったと。

 定保 ええ。アイデア・提案の中からヒントをもらって始めたのがサービスアパートメントです。もともと構想はあったのですが、今回のコロナの感染拡大で外国人のお客様がしばらく戻ってこない状況となり、また、国内のビジネス、レジャーともに冷え込んだことで、931室もある部屋数のほとんどが稼働できなくなる状況になりました。

 この固定資産をどう活用していくかが頭の痛いところでもあったのですが、従業員からのアイデア・提案を基に有効活用しようということになりました。実際に2月に99室の受付を開始すると、即座に完売。新たに追加し、倍の約200室に増やして第二期販売を開始しました。

こちらも好評で6割から7割程度の稼働になっています。

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タワー館の不動産賃貸事業

 ─ どのような人からの引き合いが多いのですか。

 定保 例えば、地方のオーナー企業の経営者の方が東京での事務所代わりに使うケースもあれば、日本を代表する企業の役員の皆さんが交代で利用するケースなどがあります。また、カップルやご夫婦で1カ月間をゆっくり過ごすケースもあります。

 近くに「帝国劇場」や「日生劇場」「東京宝塚劇場」などがありますから、かつては昭和の大女優さんなどが我々のホテルに長期滞在するケースもありました。目的はどうであれ、もともと需要はあったということになります。そこで、新たに「帝国ホテルに住まう」「銀座に住まう」というコンセプトを打ち出しました。やはりロケーションが生きましたね。

 ─ 非常時でありながら新たな取り組みができるのも、無借金という強固な財務体質が背景にあったといえますね。

 定保 規模は小さいですが、1983年に日本初のホテルと賃貸オフィス、商業施設の複合ビルとして建ったタワー館の存在が大きいです。当時の経営陣に感謝しなければならないと思いますね。ここで不動産賃貸事業を始めたことは大きいです。額はそれほど大きくないにせよ、毎年しっかり利益を確保できていますからね。これは今後に生かしていきたいと思います。

 ─ ホテルとは何かという原点に返る好機になりますね。

 定保 約130年の歴史を振り返ると、やはり去年から今年にかけて、創業者である渋沢栄一翁の遺した教え、言葉を何回も読み返しました。自分の決断がこれで良いのかと。渋沢栄一翁の信念は『論語と算盤』に代表される「社会のため」という公益性です。この公益性と利益のバランスが大事なわけです。

 そもそも帝国ホテルは明治政府の要請を受け、内外の賓客をお迎えするために恥ずかしくない西洋式のホテルをつくることが目的でした。まさに「日本の迎賓館」という位置付けです。

 ですから、もともと「国のために」「内外の大事なお客様のために」という想いが理念として受け継がれているわけです。そのために接客技術の向上を図り、カクテルや料理の腕前をどう上げていこうかと先達が取り組んできてくれました。

 それが今日の帝国ホテルのブランドや評価につながっており、会員をはじめとした多くのお客様に永らくご愛顧いただいているおかげで業績が成り立っているわけです。それによって株主や従業員に還元ができ、しっかりと投資もでき、ブランドが磨かれる。その積み重ねが信用や安心感につながっていき、結果として再び売り上げと利益につながっていく。このサイクルが大事だと思っています。

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開業150周年を見据えて

 ─ まさに創業の原点に立ち還るということですね。さて、コロナ禍でありながらも帝国ホテル東京の建て替えを決断しました。骨子を聞かせてください。

 定保 現在の本館は完成から50年、タワー館も約40年経ちます。その間、パレスホテルもホテルオークラも建て替えが終わって新しくなりました。また、今後も東京に進出する外資系の高級ホテルは新しい施設、新しい流行を持ったサービスを提供してくるでしょう。こうした中で、施設的に我々が見劣りしてしまっている点は否めません。

 2007年から三井不動産に資本参加いただきましたが、その後、内幸町街区全体において再開発を視野に入れた勉強会を進める中で、当社としても帝国ホテルの建て替えをどう進めていくかを検討してきました。

 その結果、コロナ禍で足元の経営状況が大変厳しいこともあり悩みましたが、開業150周年を迎える2040年が内幸町街区全体の再開発が終わる37年頃とも重なるということもあって建て替えを決断しました。現時点の想定では、まずは30年度にタワー館の建て替えを終え、その後、本館の建て替えに進み、36年度の竣工をもって全体が完成する予定です。

 ─ 開業150周年を見据えた建て替えになるわけですね。

 定保 ええ。開業150周年を最も良い形で迎えたいということです。当ホテルのロケーションは世界最高だと思います。そしてサービスでも渋沢翁の思いを引き継ぐ従業員が数多くいます。ヒト、サービス、料理は他には負けないと思っていますので、残るは施設になります。

 そもそも三井財閥の益田孝は、当社が1890年に誕生した際の出資者の1人でした。当時の宮内省(現宮内庁)を筆頭に、三井、三菱、安田、大倉といった各財閥が国の威信をかけて出資しました。そんな歴史を振り返っても、三井不動産との縁には感慨深いものがあります。

 ─ どんな形での再開発を進めようと考えていますか。

 定保 タワー館は三井不動産との共同事業になります。同社の再開発のノウハウや知見を取り入れながら、商業施設とオフィスからの賃貸収入をしっかり確保して、財務基盤の安定化につなげていきたいと思います。一方の本館は我々の本業であるホテル業を極める。いかに”ザ・ホテル”をつくっていくかだと思っています。

 ─ 再開発で日比谷界隈もますます変わっていくと。

 定保 はい。再開発エリアは北ゾーン、中ゾーン、南ゾーンの3つに分かれており、我々の北ゾーンの敷地がこのうちの約3分の1強を占めます。中ゾーンはNTTグループなど、南ゾーンは第一生命、東京電力グループなどが関係権利者です。

 これらの再開発が順次完了していけば、人の流れがかなり変わると思います。日比谷公園側との連携もあり得るかもしれませんね。その中で我々が街区の中でシンボリックな存在になれればと思っているところです。

 ─ 様々な側面を持つ東京で、どんな特徴を持ちますか。

 定保 日本を代表するNTTや東電というインフラ関係の企業がいますから、IT技術等々を駆使した取り組みができるかもしれません。再開発には全部で10社が参画していますので、各社の特徴を生かして街区全体を盛り上げていく形になります。

 当然、SDGsに対する取り組みも重要課題として議論していますし、この街全体がエンターテイメント性も持っていますから、文化の面でも盛り上げていけると思っています。

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念願の京都進出

─ さらに帝国ホテルは国内で4店舗目となる新たなホテルを京都につくりますね。

 定保 以前から京都に新たなホテルをつくることは当社の念願でもありました。やはり帝国ホテルというブランドを高め、企業価値を向上させるためには、京都は絶対進出したいエリアであると。この思いは私にとっても特に強かったです。

 ですから、いろいろな話があった中で、場所や規模など我々の実力が発揮できるかどうかを総合的に考えて、「祇園甲部歌舞練場」の敷地内にある国の登録有形文化財でもある「弥栄会館」を活用した新ホテルの建設を決めました。弥栄会館も歌舞練場も、老朽化による耐震工事

 ─ では、地元では早く再開して欲しいという声も多かったのではないでしょうか。

 定保 はい。舞踊公演の「都をどり」もできませんし、芸妓・舞妓の皆さんが芸事の成果を披露する秋の「温習会」も開けないと。ですから、地元の方々にとっては早く再開して欲しかったわけです。そこで、弥栄会館にホテルを誘致し、ホテルからの地代を資金にして歌舞練場の改修に充てるスキームを考えられた。その際に、我々に声を掛けていただいたという経緯になります。

 ─ 目指すホテルは?

 定保 約60室の規模ですが、長期的な視野に立って、祇園の皆様との共創を目指していくというのがベースにあります。会員顧客をはじめ、当然、外国人のお客様も視野に入れていますし、国内外の富裕層の方々だけではなく、地元の皆様にもご利用いただきたいと。そうすることで、祇園の価値向上のお手伝いができるのではないかと。

 京都ほど世界的にも優位性の高い観光文化都市は日本を見渡してもありません。その意味でも、京都にはまだまだポテンシャルがあると思っていますので、その掘り起こしに貢献していきたいと思っています。

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