商社だからできることとは何か? 『三菱商事』に見る水素戦略

国と国をまたいだサプライチェーン構築へ

 2020年12月。東南アジアのボルネオ島北部に位置するブルネイ・ダルサラーム国で製造された水素が大型のコンテナ船で日本に運ばれてきた。この距離、実に約5千㌔㍍。これだけの規模で、国と国をまたぐ水素輸送を達成できたのは世界で初めてになる。

 これは2015年から昨年末まで行われた『AHEAD(次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合)』プロジェクト。

 NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成を受けて、三菱商事やグループの千代田化工建設、日本郵船、三井物産が参画し、水素の供給地であるブルネイから、需要地である日本まで輸送する国際間水素サプライチェーン(供給網)の構築に取り組むというもの。この実証事業が昨年末に完了したということである。

 ブルネイの主要産業は石油・天然ガスなどのエネルギー輸出。三菱商事は1963年からブルネイのLNG(液化天然ガス)事業に参画して以来、約50年に渡って、ガス開発から、輸送、販売といったバリューチェーンを構築。日本へのエネルギー安定供給に貢献してきた。

 その三菱商事が今回、ブルネイと日本を結んで、水素という新たなエネルギー資源のサプライチェーン構築に乗り出しているのだ。

「世界中で水素関連のいろいろな技術開発が進んでいる中で、NEDOや日本政府の支援もあって、ここまでの規模で国際間輸送が実現できたのは世界で初めて。今回の実証は、水素をつくる、運ぶ、取り出す、使うという水素バリューチェーンの構築に向けた社会実装の第一歩。水素社会の実現に向け、まだまだ小さいが、それでも大きな一歩だと思う」

 こう語るのは、三菱商事プラントエンジニアリング本部インフラソリューション部部長の藤本毅一郎氏。

 ”究極のクリーンエネルギー”と呼ばれる水素。近年、エネルギーとして使用する時に、CO2(二酸化炭素)を排出しない次世代エネルギーとして世界中の注目を集めている。

 ただ、水素は通常気体として存在するため、液体にするにはマイナス253度に冷却しなければならない。体積当たりのエネルギー密度が小さいこともあって、製造方法や輸送・貯蔵方法が大きな課題となっている。

 AHEADの実証事業では、ブルネイで製造した水素とトルエンを結合させることで液化したメチルシクロヘキサン(MCH)をコンテナ船で輸送した。

 気体の水素を輸送しやすい液体に変えるのは、千代田化工が持つ「有機ケミカルハイドライド法」を活用。MCHに変換することで、気体の水素と比べて体積が500分の1になり、常温・常圧で水素を運ぶことができる。このため、既存のコンテナやタンカーによる輸送や貯蔵が可能になるという。

 同実証における水素輸送能力は年間210万㌧。フル充填した燃料電池自動車(FCV)約4万台に相当する規模。これだけの規模の水素を約5千㌔㍍離れたブルネイから日本に持ってきたのが世界初ということだ。

「トルエンに水素を組み合わせて、商業化を目的に、まとまった量の水素を運んだのが世界初ということ。ただ、水素を液化するのはマイナス253度、天然ガスはマイナス162度なので、はるかにコストや技術的な難易度は高まっている。千代田化工は長年、石油化学をやってきて、いろいろな種類の触媒をつくってきた。その延長線上にある技術を活用し、水素という分野でもお役に立てればと考えている」(藤本氏)

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オランダやシンガポールで知見を積み上げていく  経済産業省は7月に、政府が定める中長期のエネルギー政策「エネルギー基本計画」の素案を公表。2030年度に再生可能エネルギーが36~38%(従来計画では22~24%)、原子力は変わらず20~22%、水素・アンモニアが初めて記され1%、残りの火力が41%(従来計画では56%)という構成だ。

 その意味でも注目される水素だが、この他、三菱商事は2020年に、シンガポールの民間企業5社と共に、シンガポール政府が目指す、持続可能な水素経済の実現に向けた相互協力について覚書を締結。都市ガスに水素を混入して使ったり、港湾の作業車にFCVを導入したりしている。

 また、オランダでも同国のロッテルダム港湾公社や千代田化工など4社で覚書を締結。水素輸入にあたってのサプライチェーン構築に乗り出す考えだ。

 藤本氏は「LNGなどで当社が長年培ってきたビジネスモデルを、いかに水素関連ビジネスに応用していくか。例えば、千代田化工の触媒技術を活用しながら、どこからガスを買うとか、設備はどういうもので、ファイナンスはどう……というビジネス全体のスキームをつくりあげていくことが当社の役割。アジアで一番水素に関心あるであろうシンガポールと、欧州で一番進んでいるオランダで知見を積み上げていきたい」と語る。

 水素社会の実現に向けては、まだまだ課題が多いのも事実だが、総合商社ならではの知恵とノウハウを生かして水素社会を実現できるか。今こそ、三菱商事の総合力が試されている。

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