【キッコーマン】中野祥三郎新社長が語る「調味料は一度その地に定着すれば簡単にはなくならない」

なかの・しょうざぶろう

1957年千葉県出身。81年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了後、キッコーマン入社。 国内営業、海外販社出向、2008年4月経営企画部長、6月執行役員、11年常務執行役員、12年CFO(最高財務責任者)、15年取締役常務執行役員、19年キッコーマン食品社長などを経て、21年6月22日より現職。

コロナ禍でも製造は止めない

 ─ コロナ禍の約1年半、消費環境がどのように変化したと分析していますか。

 中野 昨年2月の下旬に学校が休校となった頃から家庭用の需要がすごく高まりました。簡便で手軽に食べられる麺類やお米が売れましたが、当社の商品でも簡単に調理できる総菜の素「うちのごはん」シリーズなどは需要が伸びましたね。

 1回目の緊急事態宣言が明けた後、今回のコロナが長引く可能性が高いと受け止められ、在宅勤務が増えました。それに伴い、自宅で料理するケースが増え、当社の料理レシピを掲載するサイト「ホームクッキング」へのアクセスも急増しました。

 一方で、居酒屋やレストランなど業務用の需要が減りました。その影響は大きかったですね。しょうゆの中身は業務用と家庭用で同じものもありますが、容器は全く違ってきます。

 業務用で使っている容器は缶など大きいものが多く、製造のラインが違ったり、場合によっては工場が違ったりするのです。ですから、製造ラインへの応援をどうするかなど、想定外のことが続く中で、製造を続けたというのが実情です。

 ─ 今は落ち着いたと。

 中野 ええ。体制を立て直し、去年の後半ぐらいからは安定した事業活動になっています。当社が扱うしょうゆなどの調味料は生活必需品ですから製造を止めるわけにはいきません。ですから、工場内でも休憩時間や食事の時間をずらしたり、マスク着用や消毒など安全への配慮を徹底し、事業の運営に影響が出ないように細心の注意を払いました。

 ─ そういった緊張感のある環境下での社長就任です。

 中野 はい。やはり新しい価値を創造していく。それが当社の役割です。では、新しい価値とは何か。それは日々の食生活の中で楽しみながら料理を作っていただいて、それをおいしく召し上がっていただくこと。当社は、「キッコーマンの約束」として「こころをこめたおいしさで、地球を食のよろこびで満たします。」を掲げています。

 これを実現するためには、従業員がそれに積極的に取り組み、サプライチェーンから流通まで、我々の事業に関わっていただいている方々に幸せになっていただく必要があります。そして結果的に当社の業績が上がれば、投資家の皆さんにも還元できますし、社会に対する貢献もでき、お客様の喜びにつながるのです。そのためには社員が輝く職場が必要です。

 ─ 新商品の提案についての考えを聞かせてください。

 中野 一つは「減塩」です。コロナを経て健康に対する意識は相当高まっています。当社は昨年「いつでも新鮮 超減塩しょうゆ 食塩分66%カット」という商品を出しました。塩分を気にする高齢者がこの商品のメインターゲットですが、若い方でも塩分を控えたいという方がいらっしゃいますので、ぜひ若い方にも使っていただきたいと思っています。

 それからもう一つが「簡便」です。在宅勤務の普及で、自宅で料理することが増えたと思うのですが、一方で料理をすることに対する負担感もあります。そうすると、ある程度、簡便な調味料が求められてきます。

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簡便ニーズに応える商品

 ─ 簡便ニーズに対する商品も提供しているのですね。

 中野 一つは先ほど申し上げた「うちのごはん」シリーズです。これはメニュー専用調味料の一つで、おそうざいの素シリーズは、フライパンを使って5分ほどで簡単に1品ができます。さらに電子レンジでできる「うちのごはん 肉おかずの素」シリーズもあります。この商品はレンジ専用パウチに肉を入れて、それをもみ込んで電子レンジで温めれば10分ほどでジューシーな肉のおかずができるというものです。

 また、新商品開発と同様に力を入れていくのがレシピ提案です。当社は調味料メーカーですから、当社の商品がそのままお客様にとっての完成品にはなりません。調味料を使って料理していただくことで完成品になるのです。レシピ提案は実は、しょうゆを使っていなかった海外で進出当時から行ってきたものになります。

 ─ 60年以上前、キッコーマンは米国のスーパーの店頭で、しょうゆを使った試食販売のデモンストレーションを行い、米国の食文化との融合を図りました。

 中野 そうです。海外で、しょうゆは、なじみのある調味料ではありませんでしたから、当社がしょうゆを使ったレシピを開発し、紹介することで、使い方を普及してきました。そんなしょうゆの使い方自体が今の日本でも求められているのです。

 今の若い世代は親御さんと別々に生活しているケースが多く、料理の作り方を知る機会が減っているのです。ですから、しょうゆの使い方から丁寧にお伝えしていくことが求められています。若い世代の方が、しょうゆを使った新しい料理に興味を持っていますので、そういった方々への提案もしています。

密封型の容器を使った「いつでも新鮮」シリーズの商品群。「生しょうゆ」から「減塩しょうゆ」「だししょうゆ」「火入れしょうゆ」など幅広いラインアップを揃えている

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米国でのしょうゆの普及

 ─ しょうゆの本格的なグローバル化は戦後、始まったと聞いています。

 中野 ええ。戦後の日本には米国から官僚やジャーナリストなど、多くの米国人が日本を訪れました。彼らが日本のすき焼きなど、しょうゆを使った料理を召し上がると、みんながおいしいと言ったのです。この光景を見ていた当社の先輩たちが「しょうゆは米国でも売れるのではないか」と考え、1957年にサンフランシスコに販売会社を立ち上げました。

 それでも最初は相当な苦労があったと聞いています。米国人の方々がしょうゆを見ても「これは何だ? 」という感じだったようです。スーパーなどの店頭で試食を何度も実践し、しょうゆを使ったメニューも作りました。それで徐々にしょうゆが認知されるようになりました。

 中でもお肉にしょうゆが合うという理解が広がったことは大きかったですね。レシピは現地の味覚と食材に合わせて作ることが重要で、米国で提案したのが、肉の「テリヤキ」です。お肉を焼いたときに漂うしょうゆの香りが米国人の食欲をそそったんです。

 ─ 食は保守的なものですが、そこを変えていったと。

 中野 はい。それから米国内に段々と浸透し、販売会社設立から16年後の1973年には生産工場を建設しました。一度その地に定着すれば、そう簡単にはなくならないのが調味料の特徴でもあります。爆発的には増えませんけれども、徐々に浸透させていきました。そして今でも米国での生産量は増えていますから、そういう地味な努力をするところが当社の強みです。

 ─ キッコーマンはいち早くグローバル化を進め、売上高の6割以上、営業利益では約7割が海外になっています。

 中野 そうです。今のところ米国がメインで、欧州は順調に伸びているところです。コロナの前から伸びていたのですが、コロナをきっかけに家庭でしょうゆを使ってくださる方が増えています。

 ─ 一方で、中国市場は?

 中野 北京と上海の郊外に工場はあるのですが、ウェイトは比較的低いです。中国には日本のしょうゆと似た調味料があり、現地のメーカーが作っているのですが、当社の商品とは価格帯がある程度違います。当社は高付加価値市場に照準を合わせているので、ボリューム的にはそれほど大きくないというのが実情です。

 ただ、今後、中国で物流網が発達してくると、鮮度の良い刺身等の食材が流通してくるようになります。そうなれば、素材の良さを生かす日本の本醸造しょうゆの活躍の場が増えてくると思いますし、当社もいろいろな提案ができると思っています。

 ─ 需要は掘り起こせるということですね。中野さんの最初の配属先はどこでしたか。

 中野 営業系の現場の経理です。売った品代や売り上げの代金を回収する仕事でした。入社した頃はそろばんの世界でしたね(笑)。その後、大阪に行ってスーパーマーケットの営業マンとして店舗回りから始めました。当時はモノが次々と売れる時代でしたので、スーパーの特

売時などは、陳列するそばから売れていきました。これも現場の仕事で汗をかきましたが、非常に楽しかったですね。

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米国の販売子会社での経験

 ─ 1980年代には米国の販売子会社に勤務しますね。

 中野 30歳前後でしたが、責任のある仕事をやらせてもらいました。海外ですから様々な人がいます。特に海外の人は思ったことをズバズバと言いますので、「私の給料は何でこんなに上がらないのか」と直接言われたりもしました。そういった主張にはしっかりと説明し、対応しましたね。

 ─ いい経験になったと。

 中野 そうですね。多様な人間を事業拡大という目標に向けて一緒にやっていこうよと。このビジョンの共有に努めました。異文化の人たちをどのようにまとめ皆で前向きに取り組むかという点で勉強になりました。

 ─ 日本では低価格が当たり前となり、企業の利益は出ず、消耗戦を強いられているという悪循環に陥っています。

 中野 同じ商品をずっと売っていると、どうしても価格は下がってきます。昔から定番の濃口しょうゆなどはスーパーのチラシの特売などで安く売られていました。その結果、どんどん価格が下がってきました。その中で当社は「特選丸大豆しょうゆ」という大豆を丸ごと使った商品で低価格競争から一線を画すことに成功しました。

 そして、10年ほど前に密封型の容器を使った「いつでも新鮮」シリーズを開発しました。生しょうゆでも空気に触れない容器を使うことで、しょうゆが劣化せずに済むというものです。密封容器を使うことで、”生”のしょうゆを打ち出せたのです。

 ─ 同シリーズは値引き競争に巻き込まれていませんね。

 中野 はい。密封容器ができたことで、減塩しょうゆのおいしさも維持できるようになりました。しょうゆの容器がペットボトルだった頃、家庭用の減塩しょうゆの構成比は、しょうゆ全体の1割もありませんでしたが、「いつでも新鮮」シリーズの発売後、このシリーズ内における減塩しょうゆの割合は約3分の1となっています。

 ─ 国内は人口減少が続きます。どう対応しますか。

 中野 基本は商品の付加価値を上げて、お客様により喜んでいただけるような商品を開発することです。したがって、付加価値の高い商品にシフトしていくことが基本です。「簡便」や「健康」といった付加価値の高い商品を提供すると共に、おいしい料理のレシピを提案していくことで、食生活を楽しんでいただきたいと考えています。

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