【東急】地下鉄の線路上部に歩行者デッキが誕生 進む「渋谷大改造計画」

東京を代表するターミナル駅・渋谷駅。その渋谷に200メートルほどのデッキが誕生した。手掛けたのは東急だ。このデッキは将来、東の宮益坂と西の道玄坂を水平で結び、一度も地上に降りることなく移動することができるようになる。新宿や池袋でも改造計画が控える中、〝渋谷の宿命〟とも言われる谷地形をどう克服し、逆にどう長所に変えていくか。東急の渋谷大改造の中身を追うと……。

東西を結ぶ〝背骨〟が登場

「渋谷ではすり鉢状の谷地形をどう克服していくかが課題となっている。その課題を解決するため、再開発では縦動線の整備に加え、横の広がりも整備している」と語るのは、東急渋谷開発事業部開発計画グループ開発計画担当の齊藤慎太郎氏だ。

 100年に一度の大改造──。渋谷再開発では、こんな言葉が飛び交っている。そんなスローガンを体現する施設が新たに開業した。歩行者デッキ「渋谷ヒカリエ ヒカリエデッキ」だ。今回はビルではなく、建物の外に張り出した板敷きのデッキ。このヒカリエデッキは東急が2012年に開業した大型複合ビル「渋谷ヒカリエ」の3階と4階に面し、渋谷駅東口にある宮益坂と並行して整備された。

 長さは約190メートル。決して大動脈と呼べるレベルの長さではない。しかし、このデッキに数十億円とも言われる事業費を投じる東急にとっては渋谷大改造の大きな一歩になる。というのも、このデッキが「渋谷駅を中心に東西を結ぶ〝背骨〟の役割を担う」(同氏)からだ。

 ヒカリエデッキは将来、「渋谷駅地区駅街区開発計画(渋谷駅直上の超複合高層ビルの「渋谷スクランブルスクエア」など)」にて整備を行う歩行者動線「スカイウェイ」の一部になる。

 このほど開業したヒカリエデッキは宮益坂の青山付近から渋谷駅方面へとつながっているが、そのまま駅に渡ることはできず、明治通りの手前でヒカリエの中を通る迂回が必要になる。しかし、新たにスカイウェイができると、これが解消される。

 スカイウェイは駅方面に向かってヒカリエデッキを延伸する形で整備されていく。ビルの高さ4階に相当する銀座線の線路上空の高さのまま、JR山手線・埼京線などが走る線路と駅を渡り、反対側の複合ビル「渋谷マークシティ」まで伸びる。

 これにより、宮益坂から道玄坂まで「一度も地上に降りることなく移動ができる」(ビル運用事業部事業推進グループ価値創造担当課長補佐の浜本理恵氏)ようになる。この東西の水平移動が可能になるのは19年に開業した渋谷スクランブルスクエア〈第Ⅰ期・東棟〉の横で現在建設中の中央棟と西棟が完成する27年度を予定する。

「渋谷ヒカリエ ヒカリエデッキ」は将来整備される「スカイウェイ」の一部になる(提供:東急)

 そのためにも宮益坂の坂を解消させる役割を担うヒカリエデッキの整備は不可欠だった。ただ、新たな構造物を建てるための「公共空間が少ない」(齊藤氏)ことは大きな制約。そこで同社が注目したのが線路の上空だった。ヒカリエデッキは東京メトロ銀座線の線路の上部に人工地盤を敷いて整備。「地上を走る地下鉄の上部に歩行者デッキが架けられている事例は珍しいのでは」と同氏は語る。

 しかも、単にデッキを架けただけでなく、線路の上空を活用することで面積約3000平方メートルの空間も構築し、季節を感じられる植栽やベンチなども整備。休憩スペースとして活用することはもちろん、イベントスペースとしての利用も計画している。

 また、デッキの西端のヒカリエと面した店舗区画にはコミュニティFM「渋谷のラジオ」のサテライトスタジオが入居し、青山・表参道との接続点となる東端にはキッチンカーの出店や駐輪場を整備し、「日常使いができる」(浜本氏)環境を整える。

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「横」と「縦」の動線を整備

 東急首脳はヒカリエデッキの整備を受けて、「(スカイウェイができれば)シニアの方も子連れの方もスムーズな移動ができる画期的な動線になる」と語る。渋谷には10代や20代の〝若者の街〟というイメージが根付いており、OLやシニア世代をいかに惹きつけるかが課題だった。

 もともと狭い土地にビル群が林立しているのが渋谷。そのため、自分がどこにいるのか分からず、東西南北へのスムーズな移動も難しい。「上下左右の移動を繰り返しながら目的地に到達する渋谷はダンジョン(迷宮)のようだ」と語る経営者もいる。

 そもそも渋谷駅はその特有の谷地形がもたらす様々な課題に悩まされてきた。駅に焦点を当てれば、6駅8線という各路線の改札が地下3階から地上3階へと点在し、他路線への乗り換えにも複雑な移動が伴う。また、駅施設自体の老朽化もある。大正時代から増改築が繰り返され、耐震性やバリアフリー化などの向上が必要になっている。

 さらに、駅周辺に目を向ければ首都高・国道246号線による南北分断、鉄道による東西分断、公園や川辺など憩いの空間が少ないこともそうだ。交通広場が狭いことも挙げられる。

 渋谷大改造は〝ダンジョン〟を解決するという使命を帯びる。そこで東急が打ち出すのが渋谷全体で「横方向の動線」と「縦方向の動線」を集約すること。既にいくつかの動線は整備済みで、ヒカリエやスクランブルスクエア、旧東横線渋⾕駅のホームと線路跡地などを再開発して18年に開業した複合ビル「渋谷ストリーム」では縦方向の動線に当たる「アーバン・コア」は稼働をしている。

将来、ヒカリエデッキは宮益坂から線路をまたいだ反対側の道玄坂方面へとつながる

 アーバン・コアとは「地下と地上を簡便に結び付け、歩行者のスムーズな移動を実現する筒状の吹き抜け空間」(同社幹部)。単に縦の移動だけであれば、エレベーターの数を増やせば良いが、「それでは街の回遊性が失われてしまう」(同)と考えた。

 地下から地上へと縦の移動ができると共に、駅や商業施設といった屋内と屋外を多層的につなぎ、どの階からも渋谷の街に人を送り出せる。東急では開業済みも含めアーバン・コアを駅周辺に9カ所設置する予定だ。

 具体的には、駅の西口にあった東急東横店の跡地や中小型ビル群が数多く建っていた駅南西部の「渋谷駅桜丘口地区第一種市街地再開発事業」(23年度の竣工予定)でも新たに作られる。

 同時に、横方向の動線の整備も進む。その1つがヒカリエデッキだ。横方向の動線では、ビルの高さで言うところの1階から4階までの各階のレベルにおいてデッキが整備される。

 特に2階レベルでは駅のスクランブルスクエアを中心に東のヒカリエ、東南のストリーム、西の東急プラザ跡地の複合ビル「渋谷フクラス」、南西の桜丘口地区の新ビルなどが水平レベルで結ばれる。既にフクラスと駅西口を結ぶ「渋谷フクラス接続デッキ」と、マークシティと駅西口を結ぶ「西口連絡通路(仮称)」の2本は開通済み。西口周辺の施設を2階レベルでつなぐ「空中回廊」が完成している。

 駅前に歩行者デッキが整備されることで1階の地上にはスペースが生まれる。そのスペースを活用してハチ公広場を拡充する計画だ。また、地上にあるバスターミナルも再配置する代わりに、同じく地上にあるタクシー乗降場を地下化して集約する。

 別の東急首脳は「縦動線のアーバン・コアと横移動のデッキ。これらが整備されると、それぞれのビルや周辺の街に対する移動の制約から徐々に解放され、相当な回遊性が生まれる。そうすると、スムーズに歩いて行ける渋谷の街がどんどん広がる。渋谷が持つ独特の地形を上手く利用するイメージだ」と語る。

 前出の齊藤氏も「スカイウェイという背骨から各ビルへと毛細血管がつながっていくように人の流れができる」と見込む。ヒカリエデッキも駅方面だけではなく、ヒカリエに隣接する「渋谷二丁目17地区第一種市街地再開発事業」(旧シオノギ渋谷ビル、渋谷アイビスビル、渋谷東宝ビル、太陽生命渋谷ビル跡地)とも接続される予定だ。

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鉄道需要をどう掘り起こすか?

 着々と進んでいるように見える渋谷大改造だが、コロナ禍が東急に与えている影響は依然として大きい。中でも鉄道事業だ。コロナ禍で外出控えが続いており、鉄道大手各社の業績はJR各社を含めて低迷。東急も2021年3月期の連結決算では562億円の最終赤字に転落した。

 特に東急にとって他社よりも影響が大きいのが定期収入の減少だ。東急電鉄の幹部は「他の私鉄に比べても減少が大きい」と認めた上で、「特に渋谷にはIT企業が集中しており、在宅勤務が進んだため、東急東横線での定期減が進んだ」と語る。

 先払いでまとまった収入が見込まれる上に、安定的な収入にもなっていた定期収入は、在宅勤務が広がった影響により実費精算に切り換える会社が増えてきたことがマイナスインパクトになっている。東急の事業モデルは沿線の宅地開発を行い、自宅からバスを使って駅へ行き、駅から東急線で勤務先へ向かう──というものだったが、その事業モデルが「崩れつつあるのは間違いない」(同社関係者)。

 そこで東急電鉄は定期券利用者向けのサービス「TuyTuy(ツイツイ)」と呼ぶ実証実験を始めた。日々の生活や移動の中で「ついつい」使いたくなるようなサービスを揃える。対象者は定期券の所有者だ。サービスの登録者数は7月初旬時点で約4200人。想定を上回る数になったため、実験の期間を10月末まで延長することを決めた。

 ツイツイではモバイルバッテリーや傘のシェアリングサービスが使い放題になるのをはじめ、シェアサイクルも1カ月で5回30分間は無料で使える。7月からは食品ロスを減らすために、飲食店や総菜店で余った商品を出品できるフードシェアリングサービスの割引特典も追加するなど、定期券の底上げを図る。

 また、変化する働き方にも対応するため、東急は沿線に法人向け会員制サテライトシェアオフィス「ニューワーク」などを整備し、本社と自宅、そして両者の間にあるサテライトオフィスと3通りの働き方を提案。「小さな移動需要を獲得する」(同)。

 沿線住民との接点では、リアルな場だけでなく、デジタルな接点の拡大も試みている。「(200社超の)グループ会社はデジタル化には個別で対応していたが、利用者から見ればバラバラだった」と別の関係者は語るように、東急では鉄道、スーパー、百貨店、映画館、ホテルなど事業分野ごとにアプリが異なるなど連携が不十分だった。

 そこで東急はグループ横断でのデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む新組織「アーバンハックス」を設立。ソニーグループ各社や日産自動車でIoT機器やコネクテッドカーサービスなどの企画・デザインを手がけた宮澤秀右氏がプロジェクトの責任者を務める。

 東急線沿線には500万人超の住民がおり、年間のべ11億人が利用するなど、リアルの顧客基盤は確立している。グループ会社が横断的にこの顧客基盤を生かせるようにDXを推進していくのが新組織の役割だ。

 東急には「DXに関する知見はない」(前出の関係者)。まずは10月を目途に10人程度のソフトウエア人材などを外部から採用し、将来的には50人程度の組織となって各サービスを統一して使えるデジタルサービスを開発していく考え。もちろん、これらのサービスは渋谷でも効果を発揮していくことになる。

ビルの1階から4階レベルの各層がつながり、快適な移動ができるようになる(提供:東急)

新宿で大規模再開発

 しかし、他のターミナル駅でも改造計画は進む。渋谷の最大のライバルになりそうなのが新宿だ。中でも新宿駅西口には新たに高さ約260メートルを誇る高層ビルが誕生するだけでなく、線路をまたぐ東西デッキの新設、西口と東口には駅前広場が新たに整備される。民間では小田急電鉄と東京メトロが事業主体に加わり、「新宿グランドターミナル」として再編することになる。

 既に駅の南口はJR東日本が「JR新宿ミライナタワー」を竣工させるなど、「駅至近に本社を置く同社は南口を新宿の中心にしたいと考えていた」(鉄道会社関係者)ほどだ。一方で駅の東西は手付かずのままだったが、それが動き始めている。

 伏兵が池袋だ。東西の回遊性を高めることなどを目的に駅の線路上空に「北デッキ」と「南デッキ」の2本を整備する計画もある。西武鉄道池袋旧本社ビルを建て替えた西武ホールディングスの「ダイヤゲート池袋」にはデッキが架かることを想定した構造になっている。

 東急はかねてより渋谷を「日本一訪れたい街」にするというスローガンを掲げている。コロナ禍で同社の渋谷にあるオフィスビルの賃貸ニーズは「昨年4~5月にかけて一時的に萎んだが、今は引き合いが増えていると聞く」(齊藤氏)。渋谷には大きな床面積を持つビルが少なかったが、東急の大型ビルがそれらのニーズを掴んでいる形だ。

 コロナ禍でも刻々と姿を変えている渋谷。渋谷という街が東急の命運を握るだけに、他のターミナル駅に劣らぬまちづくりが今後も求められてくる。

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