ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英先生が、7月23日にお亡くなりになってしまいました。81歳でした。益川先生は未来館にとっても非常に大事な先生で、未来館にも2度ほど来ていただきました。先生の訃報に接し、私は先生から直接いただいたいくつかの言葉を思い出し、ぜひとも皆さんに共有したく筆をとりました。

 益川先生が小林誠先生とノーベル物理学賞を共同受賞されたのは、2008年でした。私はそれ以前から、お二人がノーベル賞をおとりになるのは確実と考え、2005年から毎年、ノーベル賞の発表時期が近付くと、お二人の研究成果である小林・益川理論について紹介するトークを、来場者を対象に実施していました。なので、ノーベル賞のネット配信ライブで両先生の受賞を聞いた瞬間は、大変興奮しました。すぐさま解説パネルを作成し、翌日からノーベル賞の話を聞こうと未来館に駆けつけたたくさんのお客さまに対して、連日解説トークを実施しました。

 さらに受賞から半年後の2009年3月には、益川先生と小林先生とを、お二人同時に未来館にお招きする機会を得ることができました。それは「ノーベル賞受賞者との親子フォーラム『小学生のための小林・益川研究室』」というイベントで、小学1年~6年生およそ60人と両先生方が未来館に集い、様々な問題に対して議論する一日だけの研究室を開催しました。会場は未来館の球体ディスプレイGeo-Cosmosの下。そこにカーペットを敷き、たくさん並べた丸テーブルのところに、子どもたちと益川先生・小林先生が一緒に座りました。あこがれの先生方がすぐそばに座ってくれて、子どもたちは大興奮でした。

テーブルで話をする益川先生.JPG

 その時議論したテーマには、「宇宙の外はどのようになっているのだろう?」「死なずにずっと生きていたい?」「勉強はなぜしなければならない?」「科学とはどういうもの?」などがありましたが、子どもたちからどんどん意見がでて、そこに両先生も加わり、皆が対等な立場で一緒に考え議論することができました。

 例えば勉強について、益川先生は、「今までわれわれ人間は、長い歴史を持っています。その中で、こういう場合にはこうした方がうまくいくよ、こういう具合にした方がより楽しめるよ、というようなことをたくさんたくさん社会はためてきました。その蓄積を身につけることによって、皆さんは社会に出たとき、より有用な役割を果たせるであろうし、かつ楽しむこともできる」と、勉強することの意義について意見を述べてくれました。

 一方で、「勉強という言葉がよくない。勉強という言い方は、強制する、強いるという意味なんですね。僕は自分の好きなことは一生懸命やって身につけてきましたけど、勉強は嫌いです」と発言。益川先生自身は、自分の好きなことだけをやって、それが仕事になってきたとしつつ、「一大決心をしなくても、気軽に努力できるような分野というものを探してください。でもこちら探してはだめだ、あちら探してはだめだ、と追っかけているのはあまり得策ではありません。ある程度やってみて、努力しているうちに好きになるということもあります。そういう自分に合ったものを探して、そこで楽しむと同時に、社会的にも意味のある大きな仕事をしてください。」と、子どもたちにエールを送りました。

 参加した子どもたちからは、「小林先生・益川先生に僕の疑問について答えてくださったのでとても良かったです」「益川先生と手をつないでもらえ、頭をなでてもらってうれしかったです。」など、先生方と直接触れ合うことができたこと、また、「少し話は難しかったけど、よくわかりました。ぼくも努力してできたことがあるので、益川さんの話がよくわかりました。」という感想が聞かれ、参加者それぞれの心に深く残る貴重な体験となりました。

 あのイベントから12年が経ちましたが、その後も子どもたちは、益川先生からのメッセージをときおり思い出してくれたでしょうか。

益川先生からのメッセージ。ギリシャ語でフィロソフィアと書いてあります

 イベントの最後に、小林先生・益川先生それぞれから、これから来館するすべての来場者に向けて、手書きでメッセージをもらいました。益川先生からもらった言葉は、

「愛される知」

というものでした。その意味について次のように語りました。

「知るということは、本来楽しいことです。新しいことを知るということをもっと楽しんでほしいと思います。皆さんには、楽しむ術を覚えてほしい」

 益川先生からの手書きのメッセージは、常設展示3階に展示されています。



Author
執筆: 池辺 靖(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
地球環境問題、宇宙物理などを担当する科学コミュニケーション専門主任。本質を見抜く物理学者の視点から未来づくりを目指します。