池袋暴走事故、なぜ求刑は「懲役」ではなく「禁錮」だったのか?

懲役よりも禁錮のほうがワンランク軽い

「池袋暴走、90歳の飯塚幸三被告に禁錮7年求刑…検察側」と7月15日、読売新聞が報じた。記事の本文はこうだ。

◇◇◇引用始まり◇◇◇

 東京・池袋で2019年4月、乗用車が暴走して母子2人が死亡、通行人ら9人が重軽傷を負った事故で、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死傷)で在宅起訴された旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告(90)の公判が15日、東京地裁であり、検察側は禁錮7年を求刑した。弁護側は無罪を求めて結審し、下津健司裁判長は判決を9月2日に指定した。

◇◇◇引用終わり◇◇◇

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「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」の第5条により、「過失運転致死傷」の法定刑は「7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」とされている。飯塚幸三被告人(※)に対する求刑はなぜ「懲役」じゃなく「禁錮」なのか、ということが話題になっているようだ。私が知るところを少し述べたい。

刑法第9条が「刑の種類」としてこう定めている。「死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする」。重いほうから順に並んでおり、懲役より禁錮のほうがワンランク軽い。懲役刑は刑務作業が義務づけられる。禁錮刑にその義務はない。しかし退屈に耐えられず希望して刑務作業に就く者が少なくないそうだ。

こういう裁判の傍聴が、なんというか私は得意なのだが、この事件は1度も傍聴していない。理由を語ると長くなるので省く。とにかくね、メディア報道を見る限りでは、飯塚被告人は「ブレーキとアクセルを踏み間違えた記憶はない=車両が勝手に暴走した」と、どうやら無理ムリな弁解にしがみついているようだ。そんな悪質な被告人が、なぜ懲役刑ではなく、刑の種類としてワンランク軽い禁錮刑なのか。

私は、1件を傍聴するたびに事件番号や被告人の年齢、犯行場所、犯行日、求刑や判決等々、数十の要素をエクセルの表に入力している。現在、9200事件ほどになる。巨大な表だ。そのうち交通事故および交通事故がらみの事件は800事件を超える。一部に罰金刑もあるが、それを除くと、懲役刑と禁錮刑の違いについて、はっきりくっきり見えることがある。

事故が悪質だとかは関係ない

自動車(原付バイクも含む。自転車は除く)の交通事故は、刑の種類は禁錮刑で決まりだ。事故の態様が悪質だとか、不合理な弁解に終始しているとか、そんなことを理由に懲役刑が選択されることはない。

一方、交通事故だけでなく飲酒運転や救護義務違反(道路交通法違反)もいっしょに起訴されると、刑の種類は懲役刑で決まりだ。被害の程度が小さいとか、反省が顕著だとか、そんなことを理由に禁錮刑が選択されることはない。

したがって、「過失運転致死傷」だけで起訴された飯塚幸三被告人の場合、求刑は禁錮刑で決まりなのである。

判決はどうなるか。無理ムリな弁解は、まったく通らないだろう。弁護人だって、通らないと承知だろう。通らないとして、判決は実刑(=執行猶予なし)か執行猶予付きか。執行猶予もあり得るが、被害の大きさからして、実刑の可能性のほうが高いかと私は推測する。

実刑だとして、禁錮何年か。初めての実刑なら、判決は求刑よりだいぶ下げるのが普通だ。飯塚被告人にとってショックが大きいのは禁錮3年だろう。執行猶予は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」に対してつけることができる(刑法第25条)。求刑が禁錮7年で執行猶予をつける場合、主刑を禁錮3年まで落とすことになる。

裁判官「主文。被告人を禁錮3年に処する…」

と裁判官が言えば、被告人は「おおっ、3年まで下げたってことは執行猶予か!」と、ものすごく期待するだろう。パァッと明るい気持ちになるだろう。ところが、

裁判官「…主文は以上です」

と続けば、ショックは大きいはず。最初から「実刑もあり」と覚悟しての実刑と、「執行猶予か!」と期待に胸をふくらませてからの実刑は、だいぶ違うはず、そういうことだ。

私は1度も傍聴してないけども、飯塚被告人がブレーキとアクセルの踏み間違いをあくまで認めず、自分は悪くない、クルマが勝手に暴走したと主張し続けているらしいことについて、私はこんなふうに受け止めている、すなわち、「行政無謬」「国家無答責」は日本の官僚の背骨、飯塚被告人は根っからの官僚なのかなぁ、と。長いセンテンスで申し訳ない。

踏み間違いはけっして珍しいものではない

あと、長年にわたり『ドライバー』本誌などで言い続けてきたことを、ここでも言っておきたい。運転席の足もとの暗がりに、ブレーキとアクセルという正反対のペダルを2つ並べ、目視も指さし確認もせずにひんぱんに正しく踏み換えさせようとする、それ自体に無理があると私は思う。人間に「ついうっかり」はつきもの。かならず踏み間違いが起こる。

すぐに気づけばいい。だが、若者に比べて高齢者は、気づくのに遅れ、正しく踏み換えるのに時間がかかりやすい。私の手元に「自動車運転者(第1当事者)における年齢層別人的要因のブレーキとアクセルの踏み間違い交通事故件数の推移」という長いタイトルの一覧表がある。

●「自動車運転者(第1当事者)における年齢層別人的要因のブレーキとアクセルの踏み間違い交通事故件数の推移」。情報公開制度により開示を受けた

近年の踏み間違い事故は、ご覧の通り16~24歳と65歳以上に多い。そして、たとえば2017年の踏み間違い死亡事故50件を見ると、16~24歳は0件、41件が65歳以上に集中している。踏み間違いに気づかずアクセルをべた踏みし続け、被害が重大になりやすいのだ。

どうすればいいのか。アクセルをベタ踏みしたときだけ、アクセルが効かなくなればいい、誰だってそう思うでしょ。当然に、そのような後付けの装置、踏み間違い事故防止装置がいろいろつくられ、だいたい数万円程度で販売されている。

私が総理大臣、国交省大臣なら、防止装置の信頼性をチェックしたうえでその装着を義務づける、補助金をつける。防止装置を装着しない車両については自賠責保険、任意保険の掛け金を大幅に引き上げる。だが現実には…。

そうして同種の事故が起こり続ける。今回、可愛い盛りのお子さんと、その笑顔のお母さんの命が、一瞬で無残に奪われた。私は本当に悔しくて悔しくてたまらない! 懲役か禁錮か、というところから、つい話を広げすぎてしまった。申し訳ない。

※ 刑事裁判は【検察官vs被告人】、民事裁判は【原告vs被告】だが、メディアは刑事裁判の被告人をあえて「被告」と呼び変える。オービスの可搬式をわざわざ「移動式」と呼び変えるのに似ている。

〈文=今井亮一〉                             

交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を発行。