まもなく開幕を迎える東京2020大会。ひのき舞台を踏む選手たちをバックアップするひとつが所属企業だ。かつて競技環境に恵まれず、活動資金や練習時間の確保に苦労した競技のアスリートも、今では重要な大会の前はフレシキブルな勤務で競技に専念できるという話も聞く。

そんな環境づくりをバックアップしてきたのがアスリートの雇用をあっせんする就労支援サービスだ。なかでも、2010年より企業207社、現役トップアスリート330名をマッチングした実績を持つのがJOC(日本オリンピック委員会)の無料職業紹介事業「アスナビ」。安心して競技に取り組める環境を求めるトップアスリートと、彼らを採用することで応援する企業とのWin-Winの関係を築いていくことを目的としている。企業にとっては、会社のイメージアップはもちろんのこと、特定のアスリートを応援することで会社全体の一体感や意識の高揚などメリットは複数あるという。

オンライン説明会でアスナビの実績などについて話すJOCの中村ディレクター photo by JOC

パラアスリートも採用

アスナビを通した採用事例には、夏季冬季を問わずさまざまな競技のアスリートがいることが特徴。JOCやJPC(日本パラリンピック委員会)が認定した強化指定選手や競技団体が推薦した世界のトップを目指すアスリートが対象で、選手が企業説明会で複数の企業担当者を前にプレゼンテーションを行い、その選手に興味を持った企業と選手の間で話し合いを進めていく。登録選手のエントリーシートはJOCのウェブサイトで公開されている。

「説明会で選手本人がプレゼンテーションをし、企業担当者に直にアピールできるのがアスナビのいいところ。現在はオンラインが中心ですが、コロナ禍でも継続しています」とは、JOCキャリアアカデミー事業・中村裕樹ディレクターの言葉だ。

経済団体向けのある説明会では、トライアスロンやスノーボードなど7人のトップアスリートに混ざってパラ水泳の戸篠星願(としの・せいが)選手が登壇。「競技を通して最後まであきらめないことを身につけた。パラ水泳をもっと多くの方に知ってもらいたい」とスピーチし、「採用された際には、自分に限界を作らず仕事も競技も一生懸命行いたい」と企業担当者に笑顔でアピールしていた。当日の説明会には12社19名が参加し、プレゼンテーションの後には情報交換会も行われた。

自由形と背泳ぎを専門とする戸篠選手。先天性の脳性まひで、4歳で水泳を始め、小学生から本格的に水泳を始めたという photo by JOC

パラアスリートの採用は、2013年7月が初。2014年8月からJOCとJPCの間で協定が結ばれ、パラアスリートの登録を本格的に開始。水泳、パワーリフティング、アーチェリーなど、現在までに50人近くの選手が採用されている。

コロナ以前からパラアスリートは売り手市場だ。JOCによると、東京大会延期決定後、アスリートを雇用する余裕のない企業も増えた一方、パラアスリートの雇用に興味を持つ企業からの問い合わせは多いままだという。

「パラアスリートを雇用することで、障がい者の法定雇用率の達成を目指したい理由もありますが、一番は東京パラリンピック開催決定以降、メディアでパラスポーツが取り上げられることが格段に増え、企業の社会貢献活動との親和性が高まったことが要因に挙げられると思います」(プランニングディレクターの久野孝男さん)

バブル崩壊の懸念もある一方で、東京パラリンピック開催がパラアスリートの競技環境改善の追い風になっているのは間違いない。

「社会人になっても競技を続けたいと思った」パラ卓球・七野選手の場合

パラ卓球のトップ選手であり、アスナビを通して、2021年4月にオフィス家具メーカーのオカムラに就職した七野一輝選手はこう語る。

「高校3年生のときに初めて日本代表になり、パラリンピック出場を目指すようになったのですが、当時からパラ卓球の先輩の影響で『就職活動はアスナビで』と考えていました。世界で戦う厳しさも経験し、大学時代は理系から通信制に転部。自分なりに競技に専念できるよう環境を整備してきました。その後、社会人になっても競技を続けたいと思うのは自然なことでしたし、僕は現在、立位で競技しているのですが、いずれは車いすでプレーすることも考えています。長い競技人生を見据えて安心して競技を続けられる環境を求めていました」

パラ卓球の東京パラリンピックの最終予選にも出場した七野(写真はアジアユース競技大会)

そんな七野選手が最も重視した条件は、競技と業務の割合を五分五分にすることだ。アスナビを通した採用では企業側が競技の活動費用や出勤日数を考慮することが前提だが、七野選手は、セカンドキャリアも念頭に入れ、競技との両立を希望した。一生に一度しかない「新卒の社会人」として、社員とも交流し、競技だけではなく、今のうちからできるだけ仕事を覚えたいという気持ちもあった。

「競技だけではないというのがアスナビの大事にしているところなのだと感じました。両立にチャレンジさせてもらえるということは、競技生活をサポートしてくれるということ。面接ではそれをしっかり伝えるように心がけました。担当してくださったJOCの方も、どう話したら伝わるか、アピールの仕方を一緒に整理してくださいましたし、企業訪問や面接を進めるうえで不安は一切ありませんでした」

オカムラにとって初のアスリート雇用。入社後も、選手自身と企業が話し合い、模索しながらサポート内容を整備していっていることは想像に難くない。そんななか、入社早々、七野選手は社員の前でパラ卓球について話す機会をもらい、「俺も卓球をやっていたんだよ」などと声をかけてもらえたことがうれしかったという。

七野選手はコロナ禍の2020年10月1日にオカムラに正社員採用が決まった

応援なくしてアスリートが世界と戦うことは難しい。東京大会以降もパラアスリートのバックアップが継続することを期待したい。

text by TEAM A
key visual by X-1

トップアスリートの就職支援ナビゲーション「アスナビ」(JOC)
https://www.joc.or.jp/about/athnavi/