元防衛大臣・森本敏「急を要する危機管理体制の構築。政治家に求められるのは全体観」

中国は南シナ海、東シナ海を超えて太平洋に進出しつつあるが、いずれそう遠くない時期に、台湾統一を実現しようとしていると分析する、元防衛大臣の森本敏氏。だが、日本はこれまで太平洋側から攻められることを想定してこなかった。今、ようやくその課題にも取り組み始めたが、中国に対応するために米国とどう連携するか、自らの防衛をどう考えるかが問われている(本インタビューは5月26日に実施しました)。

印のクアッド参加の意味は大きい
 ─ 前回、前インド太平洋軍司令官の「今後6年以内に中国は台湾に侵攻する」という可能性についての発言があった際、クアッド(Quad =日米豪印4カ国協力)にインドが参加したことが対中国抑止に大きな機能を果し得るというお話しがありました。日米で説得したということでしたね。

 森本 モディ首相が戦略家だということも大きいが、安倍総理との信頼関係が重要な役割を果たしたと思います。さらに、2020年6月に中印国境紛争が再燃し、これによって、インドの反中姿勢が強まりました。

 この紛争では銃撃戦はなく、石やこん棒で行われたのです。中印は1996年に係争地での銃器や爆弾の使用を禁止しているからです。しかし、石とこん棒で死傷者が出るというのは残酷な戦闘だったと思われます。

 多くの死傷者が出たインドの国民の反中感情がクアッドへのインド参加につながったと思います。

 中国はインドとの関係を立て直そうとして国境付近から兵力撤退をしましたが緊張関係は起こっています。ともかく、米国としては、核兵器国である大国インドをいかにしてクアッドに参加させるかが重要でした。

 ─ 今回、クアッドができたことで、協力の可能性が出てきたと。

 森本 更に、クワッドだけでなく、インド太平洋の安定と対中抑止のためには、イギリスやフランスなど欧州諸国の協力や、ASEAN(東南アジア諸国連合)の協力がなければなりません。これをリードする場合に重要な役割を果たすのが日本です。

 最近、欧州諸国が艦艇をインド太平洋に派遣しているのは欧州諸国が対中抑止をはじめとして、この地域の安定と平和のために役割を果たし、存在感を見せておこうとする動機があると思います。当然のこととして、それが国益に合致するという理由があるからです。

 ともかくインドをクワッドに入れるために日米は努力をしたのですが、その際、微妙だったのが、インドとオーストラリアの関係です。

 どちらも元々は英国の植民地であった国ですが、オーストラリアが独立したのが1901年、インドが独立したのが1947年ということで、オーストラリアにはお兄さん的意識があり、インドはオーストラリアを不快に思っていた。

 ─ 協力関係を維持するためには、そういった感情的側面も無視できないと。

 森本 一方で、オーストラリアは中国の南シナ海での活動やコロナウイルスの原因などについて発言したりして中国は報復としてオーストラリアからの輸入(大麦・牛肉・ワイン・鉱産資源など)を禁止・制限したので、国内に反中感情が広がった。インドとオーストラリアの反中感情が両国を結び付けたということになります。また、安倍前首相と、インドのモディ首相との関係も重要であったことは言うまでもありません。

太平洋側が手薄な日本の防衛
 ─ 安倍氏の祖父である岸信介元首相と、当時のネルー首相との交流以来の関係もありますね。

 森本 米国のインド太平洋戦略の中で重要な点があります。それはPDI(Pacific DeterrenceInitiative =太平洋抑止イニシアティブ)という米インド太平洋軍の戦略方針です。これは欧州にあるEDI(欧州抑止イニシアチブ)がロシアを対象にしているのと似た概念です。PDIはインド太平洋地域における米軍の対中抑止の能力向上を目的としたものです。

 一方、中国の対米戦略は「A2・AD戦略」(接近阻止・領域拒否= Anti Access・Area Denial)といって、米軍の対中接近を、まず、沖縄・南西諸島方面から台湾などを経て南シナ海に至る「第1列島線」の内側を中国優位にして、この海・空域に米国が入ることを拒否するというものです。いうまでもなく、第1列島線の中には台湾も、尖閣諸島もその中に含まれています。

 一方、第1列島線から、外洋側はグアム島に至る「第2列島線」の間は、いまのところ、日米が優位になります。

 しかし、中国は内陸部に多数の弾道ミサイルを配備して、外洋には空母を常時、派遣して、いずれは外洋における優位を確保しようとしています。米国がグアム島を統合防空ミサイル防衛の拠点にしている理由がそこにあります。

 ─ 近年、中国は空母を台湾海峡と沖縄の間にまで航行させてきています。

 森本 中国は空母を含む艦艇・航空機を沖縄・宮古間やバシー海峡を通過して外洋に出しており、空母を4隻にすれば、1隻は常時外洋に出ているという状態になると思います。第1列島線の外側は、日本の太平洋側になりますが、日本の防衛は第2次世界大戦以降、どこの国も太平洋側から攻めてこないという構想でできています。

 ですから陸・海・空の自衛隊で太平洋に面する部隊はありません。この度、小笠原諸島に空自のレーダーサイトを置くという計画が公表されたところです。しかし、四国、紀伊半島などには在日米軍もありません。攻めてくるのは太平洋側ではなく、北からだと思っている。

 近年、それは問題だということで、水陸離着陸が可能な最新鋭ステルス戦闘機「F35B」タイプを宮崎県に配備するとともに、海上自衛隊のDDH(ヘリコプター搭載護衛艦)を改修してF35Bを搭載できるようにして、太平洋で活動できるようにしようとしています。小笠原のレーダーも同様です。

 ─ ようやく日本も太平洋側の防衛に意識が向いてきたと。

 森本 ただ、DDHにF35Bを搭載するのは簡単なことではありません。F35Bは垂直に離着陸しますから、その際の噴射で生じる数千度という熱が甲板にかかります。この熱を遮蔽する仕様に改修する必要がありました。

 2年ほど前から取り組み始めて、1隻の改修が終わりました。DDHをそのように使う発想は本来はありませんでしたが、空母のない日本としてはF35Bを載せるには、その方法しかなかったのです。

 さらに今、外洋に進出してくる中国に、日米でどう対応していくかということを深刻に考えて、第1列島線の中を守るために、日本の第1列島線の近くにアメリカのミサイルを配備することを検討しています。陸上配備になるか、艦艇に搭載するか、わかりませんが、簡単なことではありません。

元防衛大臣・森本敏に直撃、「中国は6年以内に台湾を侵攻する」という見方も強まる中、日米同盟や欧州はどう対応するか?

尖閣諸島と台湾との関係
 ─ 日本の政治は今、大きな決断を迫られているとことですね。憲法改正とも絡んでくるでしょうし、総合的な判断が求められます。

 森本 日本の防衛を考える上で、台湾海峡は深刻な問題です。日本では尖閣諸島が議論になることが多いですが防衛上、それだけではすみません。

 中国は尖閣に上陸するふりをして日米の防衛力を尖閣に拘置して、台湾海峡への日米の防衛力による守りを薄くして台湾攻略を考えるでしょう。

 あるいは、その際、北朝鮮に指示して日本海に弾道ミサイルを撃ち込んで、日本のイージス艦を日本海にひきつけることを考えるかもしれません。南西方面の防衛は薄くなります。ですから尖閣と台湾は密接にリンクしています。

 今や、こうした現実的問題を真剣に考えなければいけません。日本は米国の国家防衛戦略(NDS)やグローバルな態勢見直し(GPR)の結果を見つつ、国家安全保障戦略や防衛大綱の見直しを来春にかけて行う必要があります。勿論、最近になって取り組んでいる経済安全保障の問題も重要な課題になります。

 ─ 日本の政治を見ても、東京五輪が開催できるかどうか、あるいは今秋にも解散総選挙が行われるのではないかということで微妙な情勢です。

 森本 東京五輪が開催されたとして、9月5日にパラリンピックが閉幕した後に解散総選挙という流れになり、その後、特別国会で首班が指名されて、自民党総裁選挙が行われた後、新総裁が組閣をして10月に臨時国会が召集されることになるのでしょうか。まだ、わかりません。

 その後、12月までの1カ月半くらいの間に、日米間でいろいろなことをやらなければなりません。「ホストネーションサポート」(駐留米軍の支援協力体制)の交渉、経済安全保障を含む「国家安全保障戦略」見直し作業もあります。それまでに米国はバイデン政権としての各戦略を見直しますので、それをうけて年末には日米「2プラス2」を行って政策調整を行うことになると思います。

 いずれにしても、国家安全保障戦略の見直しは最も重要です。できれば、それに基づいて国家防衛戦略と経済安全保障戦略を策定するのが正しいやり方と思います。

政治日程を睨みながらも…
 ─ 危機管理体制の構築がなされていないということは、足元のコロナ禍への対応など、全てにつながりますね。

 森本 例えば緊急事態宣言も、国のありようを考えた上で打ち出してくれればよかったのですが、今まではパッチワーク的作業です。

 それというのも、先ほど申し上げたように政治家の方々は解散総選挙を睨んでいますし、東京都議会議員選挙もある。どうすれば選挙に有利になるかを考えますから、国をどうしていかなければならないか、ということとは別の基準で物事を考えがちになってしまう。

 ─ 世論の意見を聞くだけでなく、自分たちで世論を形成し、世の中を牽引していく。あるいは糾弾されても前に進むような覚悟が政治家には求められますね。

 森本 そう思います。世論に従うならば世論計算機のようなものがあればよく、官邸も議会も必要ありません。国の利益を考え、将来を展望し、今は理解されないかもしれないが、いずれ、国家・国民にとって重要になる政策をきちんと覚悟を持って対応してくれる政治家が求められますが、そうなっているのでしょうか。

 国家と国際社会全体を見て、物事を考えていく政治の全体観が安全保障、あるいはコロナ対応においても求められるのだと思います。

甘利明・自民党税制調査会長「経営者は『経済安全保障』を意識しないと、突然危機を迎える場面もでてきます」