【わたしの一冊】『論語と算盤』/日比谷パーク法律事務所代表、久保利 英明 弁護士 

近代国家そして、アジアの強国となる大変革期を生きた実業家の教え

 渋沢栄一が大河ドラマ「青天を衝け」の主人公になり、新一万円札の肖像となり、生誕の地、深谷が観光名所になるなど、大人気である。

 その著作『論語と算盤』(角川ソフィア文庫)は、日本資本主義の父といわれる渋沢栄一が経営者や企業家たちを育成するために折にふれて講演した訓話集である。残念なことに書名がわかりやすすぎるために、本文を熟読せず、「経営とは論語と算盤のバランスだ。倫理と金儲けは車の両輪だから、倫理はほどほどに、しっかり儲けろ」とのメッセージと誤解する輩がなんと多いことか。

 しかし、本書にはそんなことは一言も書かれていない。逆に「富と貴きとはこれ人の欲する所なり。その道をもってせずして、これを得れば処らざるなり。貧と賎とはこれ人の悪む所なり。その道をもってせずして、これを得れば去らざるなり」と論語を引用して反論する。道に従って得た富貴でなければ、むしろ貧賎に甘んじよと言うのである。

「論語」先行の「算盤」しか渋沢は認めない。

 渋沢の91年の生涯は「武士は食わねど、高楊枝」の旧来型武家社会から、日本が近代国家となりアジアの強国となる大変革期に重なる。本書は高杉晋作、伊藤博文とほぼ同年に生まれ、旧幕臣から、明治政府に仕官をした後に、実業界に転じた渋沢ならではの人生の教科書である。当時の実業家に対しても「実業界に不正の行為が後を絶たぬようでは、国家の安全を期することができない」と憂いを叩きつけた。しかし、その死後90年経っても、日本の現実は少しも変わらない。実業家は小粒になり、高級官僚から政治家まで「仁義王道」とはかけ離れた打算と忖度と虚言に溢れている。コロナ禍、コンプラ疲れなどと甘えているときではない。品格ある人材による、企業と国家の再生なしに、日本の未来はないとの渋沢の叱声が迸る。

 本書は「衰退途上」の日本が、幕末、敗戦に続き直面する変革の要諦を示している。