コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場するなか、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

本稿では、ヤフーのコーポレートエバンジェリストであり、Zホールディングス Zアカデミア学長、Yahoo!アカデミア学長、そして武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の学部長としても活躍する伊藤羊一氏にインタビューを行った。圓窓の澤円氏との共著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(プレジデント社)で未来に向けたメッセージを送る同氏は、コロナ禍以後のコミュニケーションをどのように捉えているのだろうか。

  • Zアカデミア学長 伊藤羊一氏

■伊藤氏の考える"コミュニケーション活性化の方法" 後編はこちら

テレワークがコロナ禍における一番の変化

「コロナ禍での一番大きな変化は、やはりテレワークだと思います」

伊藤氏はまず、新型コロナウイルス流行による仕事の変化をこのように結論づける。テレワークは一般的にIT機器やWeb会議、チャットツールの普及とセットで語られる。だが伊藤氏自身は、事務用品メーカーであるプラスで働いていた2012年ごろからすでに使い始めていたという。

「テレワークの流れ自体は10年近く前からすでに起きていて、やる必要のある人は始めていたわけです。ですが2019年まで、日本社会全体においてほとんど受け入れられていませんでした」

2020年は、そんなテレワークに対応せざるを得なくなった年だという。そして「やってみたら案外普通にできると多くの方が気づいた」のがこの1年に起こった出来事だ。

「ただし、諸外国と比べるとまだまだ浸透していません。浸透しない原因はコミュニケーションにあるのではなく、日本のビジネスパーソンの心のなかにある"罠"が大いに影響していると僕は考えます」

日本企業でテレワークが浸透しないのはなぜか

「対面とオンラインで言葉の伝わり方が違うかといえば、そんなことはないと思うんです。実際に、ヤフーは2020年10月から無制限のリモートワークを実施しています。コアタイムを撤廃し、朝6時から夜22時までの間にどこで働いても良い働き方に変わりました。それで基本、誰も困ってない。順応しようと思って順応したからです」

ヤフーでは毎月、働き方に関するアンケートを採っているそうだが、その回答は「効率が上がった」と「あまり変わらない」で92.5%を占めているという。

だが、2020年7月に行われたDropbox Japanの調査によると、経営者~部長クラスでは48.9%と、半数近くがテレワークのメリットを感じていないそうです(マイナビニュース「経営幹部クラスの半数「テレワークにメリットを感じない」と回答、理由は?」)。さらに、同じく7月のレノボのプレスリリースでは、日本において「在宅勤務は生産性ダウン」と感じる人の割合が、諸外国と比べ圧倒的に多いという発表があったと伊藤氏は語る。

「これが20年前ならわかります、Web会議もできないのですから。しかし、諸外国で『在宅勤務は生産性ダウン』と回答した比率が10%程度であるのに対して、日本が40%というのは異常です。じゃあこの現象はなんなんですか?、となりますよね」

伊藤氏は、その理由のひとつとしてIT機器の問題を挙げる。つまり、テレワークを行う準備ができておらず、生産性が下がったということだ。その背景を裏付けるように、先述したレノボの調査によると「コロナ禍による在宅勤務開始時に新たに購入したIT機器・ソフトウェア等への支出金額」は他国と比べて、日本は圧倒的に低いという。

「日本の会社は"対応する必要があるのに対応しなかった"、つまりテレワークに準備不足かつ、消極的だったと言えます。ではなぜ対応してこなかったのか。日本の会社は生産性を考えてこなかったからです。だからコロナ禍を機に移行する流れが生まれなかった」

その理由をこの1年考えてきたという伊藤氏は「チャンスと捉えている人が環境を整える一方、過去をそのまま継続しようとしている人もいて、そこで分断が起きたのではないかと考えています」と述べた。

テレワークでコミュニケーション不全が起こる理由

「我々ヤフーもインターネットの会社だから慣れているというわけでもありません。ただ本当にテレワークで困ることがない。では、なぜテレワークでのコミュニケーションに困る人がいるのでしょうか。私は次のように感じています」

伊藤氏は、コミュニケーションを大きく「全体のコミュニケーション」「雑談的コミュニケーション」「個別コミュニケーション」の3つに分け、困る原因を探っていく。

「『全体のコミュニケーション』は対面だろうとオンラインであろうと変わらないはずなので、おそらく関係ありません。『雑談的コミュニケーション』も、オンラインでランチ会やお茶会でもやれば可能です。Zアカデミアで『お茶をしつつ、個別のテーマで30~60分雑談する』という会をやってみたら、とても盛り上がったんですよね。コロナ禍で喫煙所のコミュニケーションなんてほぼなくっていますが、それでも回っているので、これも直接的な問題ではなさそうです」

問題は「個別コミュニケーション」、つまり1:1の対話だ、と伊藤氏。

対面ならば、なんとなく相手の顔色を窺いながら「最近どうですか」「ちょっと聞いてくださいよ」といった会話が自然と生まれていた。だがオンラインではこのような会話が無くなってしまう。

「オンラインでも1:1で話す機会を作る必要があります。『1on1ミーティングをしっかりやれば大丈夫ではないか』というのが僕らの仮説です」

ヤフーでは週1回をめどに30分の1on1ミーティングをする決まりがあり、原則テレワークでも変わらないという。実際、1年間オフィスに来ていない新入社員のアンケートを見ても、困っている人はほとんどいないそうだ。

  • 1:1で対話する個別コミュニケーションの重要性を強調する伊藤氏

オンラインコミュニケーションで心がけるべきこと

では、対面では問題なくても、テレワークだと問題が起こるのはなぜだろうか。伊藤氏はその理由を次のように考察する。

「マネージャーの仕事は、チームをゴールに導くことです。僕はチームのコミュニケーションを、チーム全体で話す『1:N』と、マネージャーが個々人と話す『1:1×N』に分類しています。マネージャーがチームメンバー全員がいる会議(1:N)で『今季の目標はコレだ!』とゴールを設定しても、個々人が目標に対して感じていることや受け取り方は異なりますよね。プロセスを明確にしてチームを導くためには、ひとりひとりと『1:1』で話す必要があります。これが『1:1×N』のコミュニケーションです」

上司に安心して話せる環境を作るにも、個人のパフォーマンスを最大化するにも、まず「1:1」で話さないことには始まらない。伊藤氏は「マネージャー視点では1on1ミーティングが重要な意味を持つ」と念を押したうえで、チームのメンバーのコミュニケーションにも言及する。

「チームのメンバー間においても『1:1』のコミュニケーションは必要です。メンバー個々人はそれぞれ、成果向上やキャリアアップを目指して仕事に取り組んでいます。ですが、チームとしてゴールが共有される中で、自分はどこを目指せば良いのかと悩むこともあるし、いまやっている仕事がうまくいかず不安になることもあります。マネージャーだけでなく、メンバー視点でも『1:1』のコミュニケーションを欠かさないことが重要です」

対面であろうがオンラインであろうが『1:1』で行う対話の重要性は変わらない。では、テレワークにおいてこの『1:1』を実現するためにはどのような取り組みを行えば良いのだろうか。後編では、その具体的な取り組み、そしてマネージャーと若手ビジネスパーソンに向けたアドバイスをお伝えしたい。

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