速報!パリの新名所、海軍省の建物を一足先に訪ねてみた

F1やWECなどを主催するFIA。その本部のある建物はパリのコンコルド広場に面している。その隣にある海軍省の建物が一般に公開される。6月12日の公開を前に特別に招待されたのでここで紹介することにする。

【フランスの歴史がぎっしりと。226年もの間一般には公開されなかった美しく特別な建物】(写真25点)

このコンコルド広場はルイ15世(マリー・アントワネットの夫ルイ16世の祖父に当たる)の栄光を称え銅像を建てるために造られた広場でルイ15世広場と呼ばれていた。その時にヴェルサイユ宮殿他王室の家具などの保管庫として建てられたのがこのFIAの入っている建物と海軍省の建物だ。1772年というから18世紀の話だ。

一説ではこの建物はちょうどこの頃ヴェルサイユに着いた後の王妃マリー・アントワネットのために建立されたものの、王妃はここを使わなかった。そのために家具置き場にしたというのだ。一度もマリー・アントワネットはこの建物に足を運ばなかったのか?これも不確かだがギロチンに向かう前日にここで一泊したという話しもあるらしい。それはこのコンコルド広場で処刑されるのでここに最後の日に移送されたということらしい。王妃のために作られた建物に一度も訪れることがなかったのに、処刑の前夜にここに立ち寄ることになるとは…

ルイ15世広場はフランス革命で革命広場と名前を変えた。そしてナポレオンが登場すると第一帝政時代に入りその名をコンコルド広場としたのだ。革命が起こるまで政治は国王のいるヴェルサイユ宮殿(日本語では宮殿と言うがフランス語ではヴェルサイユ城なのだ)で行われていた。革命によって行く場を失った海軍省がこの場所を海軍省とすると定め、それから226年の間ここを海軍の中心部としていた。2015年に移転したためにここを一般公開することに決めたのだ。

226年の間、一般に公開されることはなかった。当時は海軍だけでなく植民地政策などもここで行われていた。フランス海軍は幕末に日本の長州藩などと交戦しており、戦利品で持ち帰った長州藩の大砲はアンバリッド軍事博物館に展示されている。そんな指令もここから出ていたのだろう。そして奴隷制度廃止の調印がなされたのもこの建物だ。

フランスの歴史の一端をになってきた貴重な建物がパリの新名所となった。COVIDで美術館や博物館が閉鎖されていた7カ月の間、何処も改装などをして再オープンしている。日本からの観光客も受け入れるようになったフランスは、今また活気を取り戻そうとしているのだ。

https://www.hotel-de-la-marine.paris/jp


写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI