岡山大学は5月27日、分子中においてベンゼン環がジグザグにつながる「フェナセン」と、直線的につながる「アセン」の2種類の芳香族炭化水素の構造をハイブリッド化した分子「ジベンゾ[n]フェナセン(n=5-7)」を、光化学反応を利用して容易に合成することに成功し、その単結晶を用いて作成した「有機電界効果トランジスタ(FET)」で高い電界効果移動度を達成したことを発表した。それと同時に、分子の形(対称性)によってその性能を高められる可能性が示されたことも合わせて発表された。

同成果は、岡山大 異分野基礎科学研究所の江口律子助教、同・久保園芳博教授、岡山大 学術研究院 自然科学学域(理)の岡本秀毅准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英王立化学会の速報誌「Chemical Communications」に掲載された。

有機半導体材料を活性層とするトランジスタ、いわゆる有機FETは、有機物特有の性質を利用した「柔軟性」「低コスト」「容易な大面積化」「耐衝撃性」「軽量性」といった特徴を兼ね備えていることから、次世代エレクトロニクスを支えるデバイスとして、近年、研究が活発に行われている。

有機半導体材料ならではの柔軟性などの優れた点を活かすことで、従来の半導体材料では難しいフレキシブルデバイスやウェアラブルデバイスを開発することが可能となり、人々の生活をより豊かにすることが期待されている。

高性能化のためには、トランジスタの性能指標の1つである「電界効果移動度」が重要だという。この値が高いほど、応答が速くなる。しかし、現状の有機半導体材料は、従来の無機材料を用いたトランジスタに比べてその値が低いという問題を解決できておらず、より高性能な有機半導体材料が求められている。

そうした背景のもと、研究チームが今回確立したのが、光化学反応を使って、アセンとフェナセンのハイブリッド構造を持つジベンゾ[n]フェナセン(n=5-7)を容易に合成できる手法だ。

アセンはベンゼン環が直線的につながる構造を持つ芳香族炭化水素の総称だ。初期の有機物トランジスタ材料として注目されたが、非常に不安定な分子であるため、実用的デバイスには適用できないという欠点があった。

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    今回の研究において、光化学反応を用いて、芳香族炭化水素の仲間であるベンゼン環が直線的につながるアセンと、ジグザグにつながるフェナセンをハイブリッド化して合成したジベンゾ[n]フェナセン(n=5-7)。左から、フェナセン構造のジグザグにつながるベンゼン環が5個のジベンゾ[5]フェナセン、同じく6個のジベンゾ[6]フェナセン、同じく7個のジベンゾ[7]フェナセン (出所:岡山大プレスリリースPDF)

それに対するフェナセンは、ベンゼン環がジグザグ型につながることを特徴とする芳香族炭化水素の総称だ。この分子はアセン系列の分子とは異なり、化学的に安定でバンドキャップも大きいという優れた特徴を備える。また研究チームはこれまでに、フェナセン系列の分子はトランジスタに応用した際に極めて高い特性が出ること発見済みだという。

今回開発された、その両者のハイブリッドは、分子中でベンゼン環が直線的につながるアセン構造の部位と、ジグザグにつながるフェナセン構造の部位がつながっているというものだという。

そして、このハイブリッド分子の合成する際のポイントの1つが光化学反応だという。今回の研究では、炭化水素エチレン(C2H4)の両端に芳香族構造を導入した「ジアリールエテン」を出発物質とし、ヨウ素と空気の存在下でブラックライトの紫外線を当てることでハイブリッド分子の合成に成功したという。

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    紫外線を照射してジベンゾ[n]フェナセン分子を合成する様子 (出所:岡山大プレスリリースPDF)

次に、合成された3種類のジベンゾ[n]フェナセンの単結晶が作製され、それを使ったFETの性能が分析された。ジベンゾ[6]フェナセンを活性層に用いたトランジスタの電界効果移動度は、平均で2.0(7)cm2V-1s-1だった。この値は、ジベンゾ[5]フェナセンとジベンゾ[7]フェナセンを用いたトランジスタの移動度よりも大きかったという。

ジベンゾ[5]フェナセンとジベンゾ[7]フェナセンは形状として左右対称(線対称)だが、ジベンゾ[6]フェナセンは回転対称だ。この分子の形状(対称性)の違いが、移動度に影響を与える可能性が示されたという。このような指針が得られたことで、今後、高機能・高性能な新規有機半導体材料の設計と開発を推し進めることが期待できるとしている。