高エネルギー加速器研究機構(KEK)は5月25日、バクテリアや真核藻類に広く保存されている機能未知タンパク質「COG4337」が、金属イオンを持たない「炭酸脱水酵素」であることを、生化学的解析とX線結晶構造解析により発見したと共同で発表した。

同成果は、筑波大学生命環境系の平川泰久助教、KEK 物質構造科学研究所の千田俊哉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、生物学を対象としたオープンアクセスジャーナルの「BMC Biology」に掲載された。

炭酸脱水酵素は、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から、重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)に相互変換する反応を触媒しており、生物にとって重要な酵素だ。生物全般に存在しており、ヒトの場合は赤血球内に豊富な炭酸脱水酵素が存在し、呼吸で作られる二酸化炭素の変換に関与していることが知られている。また植物や藻類では、光合成反応に必要なCO2の供給に炭酸脱水酵素が使用されている。

これまで炭酸脱水酵素の仲間は8種類が確認されており、種類ごとにアミノ酸配列や立体構造が異なり、1つの炭酸脱水酵素が8種類に分かれていったのではなく、さまざまな生命が進化の過程でそれぞれ違う経緯で同様の機能を持った炭酸脱水酵素を獲得し、それがさらに収斂進化してきたと考えられている。ただし、8種類すべてが共通して活性中心に金属補因子(通常は亜鉛イオン)を持っていることから、炭酸脱水酵素には金属イオンが反応に必須であると考えられていた。

藻類やバクテリアに広く見られるが、機能がまったくわかっていなかったタンパク質に「COG4337」がある。研究チームは今回、シアノバクテリアと真核藻類のCOG4337遺伝子を用いて組み換えタンパク質を作成。そして生化学的解析が実施されたところ、COG4337タンパク質がCO2をHCO3-に変換する炭酸脱水酵素と同じ活性を持つことが発見されたのである。

さらに、COG4337タンパク質に対してX線結晶構造解析と、部位特異的なアミノ酸置換解析が実施され、同タンパク質の活性中心が特定された。すると、そこに金属補因子が存在しないことが判明。既知の8種類とは異なり、金属イオンに非依存的な炭酸脱水酵素であることが明らかとなった。

  • COG4337タンパク質

    X線結晶構造解析で明らかにされたCOG4337タンパク質の構造。(左)2つのタンパク質(ピンクと緑)が二量体を形成している。(右)酵素反応を行う活性中心の拡大図。親水性(青)と疎水性(赤)のアミノ酸で構成される小さな穴の中に、基質である重炭酸イオンが局在する。しかし、活性中心に金属イオンは存在しない (出所:共同プレスリリースPDF)

COG4337タンパク質は、既知の8種類の炭酸脱水酵素と比較すると、部分配列や構造の類似性ではiotaクラス(alphaからiotaまで、8種類の炭酸脱水酵素はギリシャ文字でクラス分けされている)に分類される。しかし、金属イオンを含まない点で既知の8種類とは異なっていたことから、新規変異型iotaであることが考えられるとされた。

このような金属補因子を必要としない炭酸脱水酵素の発見は、「炭酸脱水酵素=金属酵素」というこれまでの概念を覆し、炭酸脱水酵素の新たな多様性を示すものだという。この変異型iotaは、地球上に広く生息する藻類が保持しており、効率的に光合成を行うためのCO2濃縮機構に関与していることが考えられるとする。

また、異なる地域に生息するシアノバクテリアの炭酸脱水酵素が調べられたところ、金属の乏しい外洋域に生息するものは変異型iotaを保持する一方、沿岸域に生息するものは従来のiotaを持つことが確認された。このことから、生息する環境に適応するため、金属補因子に依存しないタイプの炭酸脱水酵素が進化したと推測されるという。

今回の研究成果により、炭酸脱水酵素の潜在的な多様性が示唆されたことから、まだ発見されていない炭酸脱水酵素が存在する可能性があるとしている。

また昨今の地球温暖化を背景に、炭酸脱水酵素を用いて大気中のCO2を水和する応用研究も進められており、多様な炭酸脱水酵素の機能や特性を理解することが、それらの研究にもつながることが期待されるとしている。