防衛大学校長9年の任期を終えて今、感じることとは? 答える人 國分 良成 前・防衛大学校長

「世界一の士官学校を目指そう」――。今年3月、9年間にわたる防衛大学校長としての任期を終えた國分氏。在任中は『新たな高み』や『さらなる高み』などのプロジェクトを推進し、世界の中での位置を日々考えてきた。「教育とは何かと言われれば、若者に夢と希望をつかみ取る契機を与えること」と語る國分氏。9年間の総括と今後の人材教育の進むべき道とは――。

自衛隊の幹部を養成する唯一無二の最高学府

 ―― 2012年に防衛大学校の校長に就任してから今年3月までの9年間の総括をお聞きしますが、まずはこの9年をどのように受け止めていますか。

 國分 一言でいえば、すばらしい学生たちとの出会いでした。もちろん、過去は長く慶應義塾で学生たちと向き合ってきたわけですが、防大は自衛隊の将来の幹部を育てることが目的です。国民の安全と平和を守り抜く最後の砦である、自衛隊の幹部を養成する唯一無二の最高学府です。ですから、国のため、人のため、そして世界のために貢献したいという強烈な使命感を持った若者が日本にもいるということに改めて力強さを感じましたし、感激もしました。

 本質的には皆、もともとは今どきの若者と言いますか、普通の青年たちと変わりません。ですが、こちらからモチベーションを彼ら・彼女らに与え、自主自律の精神を涵養しさえすれば、あとは自分たち自身で使命感溢れる若者に育つのだということを感じました。

 ―― 若者の可能性を掘り起こすことができればきちんと育つ、ということですね。

 國分 ええ。昔から言っていたことなのですが、教育とは何かと言われれば、わたしは若者に夢と希望をつかみ取る契機を与えることだと思います。

 ―― 夢と希望をこちらから与えるのではなく?

 國分 はい。われわれが上から与えるだけではできないと思うのです。それよりは、いろいろな形で夢と希望を獲得する契機をつかんでもらう。学生は一人ひとり個性が違うので、つかみ取るものが違うんです。だから、いろいろなものを投げ続けることが必要で、そこからつかみ取ってほしいと。それが教育ではなかろうかと思います。

 ―― それがエデュケーション、可能性を掘り起こす教育ということですね。

 國分 結局、自分からつかみ取りにいかない限り、長続きしないし、無理だと思うのです。最後は自らのモチベーションが無いといけないので。そして、防大にはもう一つ、大事な要素があって、学生に使命感を植え付けなければなりません。

 しかし、こうした作業というのは、こちら側が一方的に与えるだけでは不十分で、学生の側にも受け皿が無いとダメなんですよね。その受け皿が若者の感受性を育てるし、そういう契機を与えてあげることが大事なのだろうと思います。




日本が世界一になれるものは何か?

 ―― 学生を育てるというのは非常に難しいことですが、在任中、何か國分さんが特別意識してきたことはありますか。

 國分 わたしは在任中、『新たな高み』と『さらなる高み』という2つのプロジェクトを推進し、世界一の士官学校を目指そうと考えてきました。

 わたしは一般の大学から来ているので、その良さも限界も分かっている。防大の卒業生に大学時代やり残したことはないか聞いたら、面白いことにアルバイトをしてみたかったというのです。学生でも給料が出ますから、彼らは勝手に外に出てアルバイトなどできないわけです。そうなると、社会とどういう風に接点を持てばいいのか、一般の学生たちが非常に羨ましく感じる時があるのです。

 そこでわたしは海外を経験させようと。海外に出れば、もっと広い世界を見るので、ひとりの人間としての視野も広くなるだろうと考えました。

 ―― なるほど。では、何をもって世界一なのか。

 國分 それは難しい問いなのですが、防大は日本で唯一の士官学校ですから、国内で比較しても意味がない。そこで世界でどこに位置しているのかを考えないといけないということで、わたしは米国、英国、フランス、東南アジアも含めて、世界の主要な士官学校はほとんど行きました。その中から、何で勝負するのかを考えたのです。

 一つは、学問の中身を充実させることで研究をしっかりやろうと。これは口を酸っぱくして言い続けまして、採用する先生方のレベルもかなり上がりましたし、平成29年度の科研費(科学研究費補助金)の採択率で全国5位になるほど、先生方の研究内容もかなり充実してきました。

 ―― 全国5位ですか。

 國分 ええ。それと同時に学生のレベルも上がりました。米国の陸軍士官学校(ウエストポイント)や海軍兵学校(アナポリス)へ4カ月間派遣した学生たちがトップレベルに入るようになりました。動機さえつかんでくれると、もともと力のある学生たちですから、海外でも力を発揮してくれます。

 もう一つは、士官学校としての実践訓練も大事です。防大は大学であると同時に士官学校でもあるからです。実践訓練については、例えばウエストポイントが主催する「サンドハースト競技会」というのがあります。

 これは英国の王立陸軍士官学校(サンドハースト)の名前を使った競技会なんですが、世界の士官学校から毎年50チームくらいが参加して、長距離を背嚢を背負って小銃射撃とかゾディアック漕ぎなどしながらゴールする、準レンジャー訓練のようなことを競う大会です。

 この大会に初めて参加した頃は下から数番だったのですが、2年前の大会では防大が7位に入ったのです。7位といっても、上位5番目までは米国のチームで、6位が英国チームでした。日本人は体格が小さいし、女性も参加するのですが、これはとても嬉しかったですね。

 ―― 体格が小さいなりにできることがあると。

 國分 まずは事前の厳しい訓練です。また、人のために犠牲的精神を払うとか、集団的なチーム行動というのは日本に強みがあります。パレードで行進した時の美しさはどの国にも負けていないと思います。

 わたしがよく言っていたのは、日本が世界一になれるものは何かと突き詰めたら、最後は日本的美徳でいこうと。つまり、相手に対する配慮とか、心遣いや優しさ、あるいは細部に対する細やかさ、清潔さというのは世界にあまりありません。

 ―― なるほど。日本的な美徳は世界にも通用すると。

 國分 ええ。こうした日本的な美徳は大事なことだと思います。ただ、それを自己満足で終わらせるのではなく、グローバルな価値観の中で考えていこうと。日本的な美徳というものが世界的にどんな意義があるのか。そういうことを考え続けることが、世界一に近づけるのだろうと。抽象的ですが、そんなことを言い続けてきました。




生まれ変わったら同じ大学に入りたいか?

 ―― 先ほど、一般の大学と防大の違いが分かると話していましたが、改めて、防大の良さはどんなところにありますか。

 國分 これはやや財界には微妙な話ですが、わたしはよく同級生に、生まれ変わったら同じ会社に入るかどうかを聞くのですが、だいたい答えは「ノー」です。これは大企業だろうが、中小企業だろうが、変わりません。ただ、大学に関しては、「同じ学校入りたいか」と聞くと、慶應の卒業生などでは「はい」が多い。

 実は防大の卒業生は「はい」と答える人が圧倒的に多くて、シニア世代ではほぼ全員が再び入ると即答します。これはすごいことで、防大ですから、就職先が自衛隊であることも決まっているわけです。「それでもいいのか?」と聞いても「もちろん」と答えます。

 この理由を尋ねると、やはり同期と先輩・後輩の絆が一生固くつながるからだと。寮での集団生活や訓練は日本で最も厳しい大学生活だと思うけれど、仲間同士で同じ釜の飯を食べながら過ごした生活はかけがえのないものになっているんです。その意味でも、本当に防大は最高の学校だと思います。

 ―― この1年間、コロナ禍で大学も企業もリモートが増えてきましたが、やはり、人と人とが触れ合うことで感じることは多いですよね。

 國分 仰る通りです。やはり、これからはデジタルの世界にどんどん入っていかないといけないし、サイバーセキュリティなどへの対応はもっと早くしないといけないと思います。しかし、サイバー空間であっても、それを動かしているのは人です。人が生き、学校に行ったり、仕事をしたりするのも信頼関係が無かったら成り立ちませんよ。

 3月の卒業式でも話したのですが、わたしの人生の中で防大とその学生たちと出会えたことは、最大の喜びであり、幸せです。これは心から胸を張って言えることですよ。

 ―― 今年の卒業式が最後だったと思うのですが、具体的にどんな話をされたのですか。

 國分 それについては経緯があるのです。4年前の卒業式後の午餐会で、卒業生の家族を代表して、あるお母様がお話してくれました。実は、この方は今年2月に米アラバマ州で飛行訓練中に墜落死した一等空尉のお母様です。

 彼は防大生時代に大隊学生長という学生約400人のリーダーをやっていたので、時々飲み会などで一緒になることもあり、わたしも個人的に彼をよく知っていました。

 そのお母様はこの午餐会で、息子はまだ子供だと思っていたけれども、彼は防大に入って「命にかかわる親不孝とも思えるこの進路を応援してくれて感謝している」と語った話を紹介してくれたのでした。



生の崇高さを感じ取って…

 ―― 人の命にかかわる仕事に就く親不孝ですか。

 國分 ええ。非常に重い言葉ですね。彼は穏やかな中にも闘志を秘めた素晴らしい若者でした。ですから、訃報を聞いた後、わたしもお母様に電話を差し上げました。その時も、お母様は「覚悟はしていました。でも、早すぎた」と話されたのです。それを聞いて、わたしは言葉が詰まりました。

 一等空尉の死去のニュースに接したとき、わたしはそうかと。最後に防大で語るべきはここだなと思い、今年の卒業式は式辞の中であえて在任中に命を落とした人たちの話をしました。

 着任してまもなく山岳事故で尊い命を落とした学生がいました。滑落事故で亡くなったのですが、その彼を助けようとした陸曹も亡くなりました。彼などは新婚で、残された奥様のことを考えると言葉が出ません。

 フィリピンからの留学生も実家に一時帰国中、川で溺れた親族を救おうとして、逆に自身が犠牲になってしまいました。

 また、4年前に急性髄膜炎によって亡くなった学生がいて、本来、彼は今年の卒業式にいるはずだったのです。だから、ご両親から卒業式で帽子を投げてほしいと言われて、いちばん親しかった同級生に自分のと合わせて投げてもらいました。

  ―― 生きるということと同時に、死生観のようなものを感じさせる話ですね。

 國分 そうなんです。だから、わたしはこのように続けました。君たちはもう感づいているかもしれない。なぜ、わたしがこういう話をするかと言ったら、防大が一般の大学と違うところは、死について自然に触れる瞬間があるから。卒業式後、自衛官として「事に臨んでは危険を顧みず」と宣誓する君たちは、防大での教育と訓練を通じて死生観にも触れ、そこから生の崇高さを感じ取っているからだと。それを絶対に忘れるなよと語りました。

 そしたら、代表学生が答辞の中で、「志半ばに潰えた人たちのことも、われわれは忘れずに……」という言葉を入れていました。わたしの思いが少しでも彼らに伝わっているのかなと感激しましたが、そうした学生の感性もすごいですね。