「ちひろさん」1巻

マンガ好きなら誰しも、心の中に“自分だけの名作”を持っているはず。誰かが特別だと思ったその作品は、ほかの誰かにとっても特別なものになりうるのではないだろうか。そんなマンガをもっと知りたいという思いから、コラム「私の名作」はスタートした。

このコラムでは人一倍マンガを読み、また紹介してきたであろう人々に「あなたが名作だと思うマンガは?」と問いかけ、とりわけ思い入れのある、語りたい1作を選んで紹介してもらっている。第2回では東北芸術工科大学で教鞭をとるトミヤマユキコ氏が、自分の生き方の指針になったという、安田弘之の「ちひろ」「ちひろさん」を語ってくれた。

文 / トミヤマユキコ

完璧な人間になんか、なれなくていい

小さい頃から“みんなと一緒”が下手くそだった。転校生だったせいか、はたまたひとりっ子だったせいか、なんとなーくみんなの輪から外れがち。がんばってみんなの中に入っていっても、長続きしないし、疲れてしまう。ひとりが性に合ってるのかも。ちょっと寂しいけれど、気楽な部分もなくはない。これはこれで仕方ないと思うことにした。

そうと決まったら、ひとりで愉快に生きていくためのお手本が欲しくなった。どうせひとりの時間が長いのなら、もっと充実させたい。我ながら孤独に対して貪欲な女である。それは昔も今も変わらない。

そんなわたしが心から愛してやまないのが、安田弘之先生の「ちひろ」「ちひろさん」である。大袈裟でなく、ちひろさんシリーズと出会って生き方の方向性が定まった。短篇連作の形で描かれるエピソードは、その全てが“孤独を履修するための講座”である。

いや、べつに、お勉強お勉強しているわけではないのだ。「ちひろ」では風俗嬢のちひろさんが、客とわちゃわちゃしているし、「ちひろさん」では嬢を辞めてお弁当屋さんに勤めはじめたちひろさんが、これまた客とわちゃわちゃしている。彼女は集団に馴染むことが得意だし、集団の方でも彼女を必要としている。パッと見は、コミュ力抜群のリア充に見えなくもない。でも、ふとした瞬間に、ひちろさんはその輪を外れ、ひとり彷徨しはじめる。その時、彼女が何を考え、どんな言葉を口にするのか──それを読むのがたまらなく好きだ。

一人の時間をちょうだい
今の私には
それが必要なの──
適当にごまかすことにしている
正直に話したところで
わかってもらえる話ではない
この場所がお気に入りだ
人間を脱ぐ
この時間がなければ
私は枯れてしまうから
(「ちひろさん」2巻収録、第10話より)

「人間を脱ぐ」という言葉にわたしは救われた。“みんなと一緒”は人間のやることで、わたしにはそれが苦しい。だから時々、人間を脱ぎたい。ひとりになりたい。そうしないと息ができない。そう思っている人が、自分以外にもいた。完璧な人間になんかなれなくてもいい。ちひろさんのように生きていい。そう思えたら、生きるのがすごく楽になった。

というわけでいまわたしは、人間界に出入りする妖怪の気分で、とても愉快に生きている。あなたがもし生きづらさを抱えていて、その原因が“みんな一緒”であることへの執着や強迫観念であるなら、ちひろさんの言葉はこれ以上ない特効薬になるんじゃないかと思う。

現在「ちひろさん」は、第一部が完結し、不定期連載の形で描かれ続けている。先日わたしたちの前に姿を現したちひろさんは、やたらと群れたがる女子ソロキャンパーに向かって「私がやってんのは“野宿”」「ソロキャンプ?とかいう小洒落たやつじゃないんですよ」「私なりのやり方で楽しんでるんで放っといてもらえますか?」と言って、なかなかハードな野宿を敢行していた。詳しくはエレガンスイブ2020年11月号(秋田書店)を見て欲しいが、相変わらず孤独のプロだった。推せる。これからも彼女をお手本にして生きていきたい。彼女がいてくれる限り、わたしの孤独感は肯定され続ける。