「水素・アンモニアは天然ガスの進化系」INPEX・上田隆之のエネルギー変革論

日本企業初のオペレーター

 経済運営に欠かせないエネルギーの確保をいかに進めていくか――。そうした観点で注目される巨大LNG(液化天然ガス)プロジェクトが、オーストラリア北西部の沖合で動き出している。それが2018年から生産を開始した『イクシス』だ。

 LNGの年間生産能力は実に約890万㌧。890万㌧のLNGと聞いてもピンとこないかもしれないが、これは日本の年間LNG輸入量の1割強に相当する。今後約40年に渡って生産を続けることができる巨大プロジェクトである。

「イクシスは日本企業として、当社が初のオペレーター(操業主体)をつとめる大規模LNGプロジェクト。ここで生産されたLNGの約7割は日本買主向けに出荷されており、資源の無い日本にとって、天然ガスの安定供給やエネルギーセキュリティに大きく貢献するプロジェクトだと思う」

 こう語るのは、INPEX社長の上田隆之氏。

 4月に国際石油開発帝石から社名を変更し、新たなスタートを切ったINPEX。イクシスは文字通り、同社の命運を賭けた一大プロジェクトである。

 西豪州の沖合に位置するガス田から産出される天然ガスを、豪州北部準州のダーウィンにある陸上ガス液化プラントで液化し、年間約890万㌧のLNGを生産・出荷するというもの。

 このプロジェクトは何しろ規模が大きい。まずは水深250㍍の地点から、海底下4千㍍以上の井戸を掘る。そこから天然ガスを引き上げ、約890㌔㍍の海底パイプラインでダーウィンにある陸上の液化施設まで輸送する。ここで気体の天然ガスをマイナス162度まで冷やして液化し、タンクに貯めて出荷するという。

 東京から札幌までの距離が約850㌔。890㌔というのはそれよりも長い南半球最長の海底パイプラインということだ。

「海上施設には海岸から約200㌔の道のりをヘリコプターで2時間くらいかけて移動するが、その際は海へ墜落した時のための酸素ボンベがついたライフジャケットを着用しなければならない。普通は事故対応の訓練を受けないとヘリに乗れないということで、命がけというほどでもないが、現地に向かう時はそれくらい緊張感が伴う」(上田氏)

 同社は1998年に西豪州沖の探鉱鉱区を入札で取得。探鉱・評価作業や基本設計作業などの検討を経て、2012年に投資決定。その後、6年の開発期間を経て、18年7月からガス生産を開始。約20年の歳月をかけ、おおよそ総事業費4兆円を投資したプロジェクトである。

 日本企業としてこれだけ大きなプロジェクトでオペレーターをつとめるのは同社が初。それだけに上田氏の期待も大きい。

「二つの大きな洋上生産施設では、何百人ものスタッフが交代制で働いていて、一人でも新型コロナウイルスの感染者が出ると生産に影響が出るということで、感染対策には相当気を使っている。オペレーションが順調に進んでいるということは現場の従業員の努力のたまもので本当に有難いこと」(上田氏)




石油・天然ガス開発で培った技術を応用できる

  ”脱炭素”が世界的な潮流となる中、同社は2050年の”ネットゼロカーボン社会”を目指すことを発表。今後は、上流事業のCO2低減、水素事業の展開、再生可能エネルギーの取組強化と重点化、カーボンリサイクルの推進と新分野事業の開拓、森林保全によるCO2吸収の推進、の5分野に注力していく考えだ。

 同社は年間200~300億円をこの注力5分野に向けて投資する方針。上流事業のCO2低減には、同社がこれまで培ってきた技術や資産を活用したCCUS(CO2の回収、利用、地下貯蔵)への取り組みを加速。3月1日付で社長直属の組織「水素・CCUS事業開発室」を新設した他、地熱や洋上風力などの再エネ開発に加え、”究極のエネルギー”と言われる水素の開発を急ぐ。

 水素はエネルギーとして使用する時にCO2を排出しないのだが、製造方法や運搬方法に課題がある。水素は通常気体として存在するため、液体にするにはマイナス260度くらいに冷却しなければならない。体積当たりのエネルギー密度が小さいこともあって、輸送・貯蔵方法が大きな課題となっている。それでも上田氏は低コスト、脱炭素の水素を大量に製造するには、CCS(CO2の回収、地下貯蔵)を組み合わせた天然ガスを利用することが最も効率的だという。

「当社のビジネスは地熱や水素との親和性がものすごく高い。地熱開発はこれまで石油・天然ガス開発で培った技術を応用できるし、当社は天然ガスの採掘技術や運搬するための液化技術などをすでに持っている。これまでも環境に配慮してきてはいるが、今後は更に持続可能な形にビジネスを変えていかないといけない。多様なエネルギーをよりクリーンな形で安定的に供給することで、ネットゼロカーボン社会に向けた変化に積極的に対応していきたい」(上田氏)

 エネルギーをいかに確保するか、また、安定供給をいかに果たすかは同社にとっても、日本全体にとっても大きな課題。それに加え、現在は経営の環境対応が求められるようになった。

 世界は脱炭素へ向けて一気に舵を切った。そうした時流に遅れないよう事業ポートフォリオの変換を急ぐ同社。社名変更には新時代を切り拓こうとする上田氏の決意が込められている。