米中対立の中で日本が持つべき外交構想力とは? 答える人 寺島 実郎・日本総合研究所会長

いま日本の外交構想力が問われている──。菅義偉首相が訪米し、バイデン政権誕生以来、初めての日米首脳会談が開催。日米首脳の共同文書で台湾に言及したのは、日中国交正常化前の1969年以来であり、中国政府は猛反発している。そうした中、「今後の日米関係、そして日中関係を占う上で焦点となる一番シリアスなテーマは尖閣問題」と語る寺島氏。米中対立が激しさを増す中、日本の立ち位置とは。



日本人として問われる英知とは何か?

 ―― まずは今回の日米首脳会談について、寺島さんはどのように見ていますか。

 寺島 結論から申し上げますが、今、日本は静かに中国の脅威というものを、ものすごく意識し始めています。これは政治家も経済人も同じで、中国とどう向き合うかというのが令和の課題であり、21世紀の日本の課題になっているということは間違いない。今後の日米関係、そして日中関係を占う上で焦点となる一番危険なテーマは尖閣問題です。

 この問題の一番のポイントは、米国の軍事力とその抑止力に期待して、米国と連携して中国の脅威と向き合おうなどという発想から脱却し、日本が持つ外交構想力でこの問題に向き合わなければならない。そこに今こそ、日本人の英知を傾けなければならないということです。

 ですから、少なくとも日本人であるならば、正しい認識をもって、この問題に向き合わないととんでもないことになるということです。

 ―― では日本が持つべき外交構想力とはどんなものなのか。

 寺島 まず1つは、日本は日米同盟の強化ということで、日米の一体化に向けて突き進んでいるのですが、本当にそれだけでこの問題が解決するのでしょうか。

 一度冷静に考えてみてください。21世紀に入る直前、2000年の世界のGDP(国内総生産)に占める日本の割合は14%でした。日本を除くアジアは7%、つまり、日本はアジアでダントツの経済大国として21世紀に入ってきたわけです。

 ところが、2020年には日本を除くアジアは25%、日本はわずか6%まで落ち込んでいます。要するに、米国は25%ですから、アジアはそれだけ大きな比重を占めているということであり、日本がアジアでダントツの経済国家などと思いこむのは大間違いということなのです。

 ―― 日本の存在感が低下していると。

 寺島 ええ。正確に言うと、日本はすでに6%を割り込んでいまして、このままいけば2030年にはアジアが32%、米国が22%、日本が4%になると予測されています。

 21世紀が始まる頃、日本の貿易相手の25%は米国でした。中国はわずか10%、中国を含むアジアは41%でした。それが今ではアジアは54%になり、中国は24%、米国はすでに15%を割り込んでいます。このままいけば10年後、米国との貿易は12%となり、中国は26%になるものと予測されています。

 つまり、政治的には米国との同盟を深めて中国の脅威を封じ込めようという方向に向かっているのですが、経済的には中国および中国を含むアジアとの連携を深めていかざるを得ない状況にあるということを、われわれはきちんと認識しなければなりません。いわば、政治と経済がバラバラになって、上半身と下半身で全く異なる方向に動こうとしているわけです。

 ―― 米国か、中国かではなく、両方大事だと。

 寺島 そこで日本人として問われている英知とは何かといえば、米国か中国かという二者択一の迷路に迷い込むのではなく、米国とも中国とも連携を深めていくことができるような方法を模索しなければならないということです。

 それが現代を生きている日本の政治家や経済人が宿命として背負っているテーマだということを直視しなければならないということです。



日本人が知らねばならない米国の”曖昧作戦”

 ―― 日米首脳会談の共同声明で台湾を明記したことに対して中国が猛反発しています。

 寺島 今般、日米共同声明の中に台湾という言葉が出てきて、中には親日的な台湾を見捨ててはならないから、中国の圧力に屈しない台湾を日米で支援するのは結構ではないかと、表面的に見ている日本人が非常に多いように思います。

 重要なことは、台湾には米軍基地は一切ないということ。そして、6年以内に中国は台湾の統合のために軍事的に動くのではないかという予測がすでに米国国内で出されるようになった事実をしっかり受け止めなくてはなりません。

では、仮に台湾海峡で何かのはずみに軍事衝突が起こって、台湾と中国が軍事的にぶつかり始めたとしたら、台湾を支援して動く米軍はどこにいるのか。それは沖縄です。

 逆の立場で考えると分かりやすいと思います。中国が台湾海峡で戦い抜くためにどこの米軍基地を叩かなければならないかを考えれば、それはグアムでもない、沖縄なのです。つまり、仮に本当に米中戦争が起きようものなら、日本の意志に関わらず沖縄が、もっと言えば、日本が自然と巻き込まれてくるということです。

 ―― 沖縄を巡る現実認識が日本ではまだまだ弱いと。

 寺島 ええ。日本人はどこまで認識し、覚悟しているのか。台湾問題というのは、自動的に日本の領土がこの戦争に巻き込まれるというリスクを背負っているということなのです。

例えば、日中戦争を覚悟してまで台湾を守ろうなどと言う日本人は果たしているでしょうか? もしも、それくらいの覚悟があった上で米国との関係をコミットしているなら、わたしはそれが正しいとは思いませんが、それはそれで1つの考え方だと思います。

しかし、ぼんやりと中国を表面的にしか捉えないで、日米の一体化で中国と向き合おうなどと考えているのだとしたら、それは大間違いだと言わざるを得ません。本当に台湾海峡で有事が起きたら米国には躊躇いが起きると思います。なぜなら、米中戦争をしてまで台湾を守るということに米国の世論を持っていけるのかと考えた時に、そう簡単ではないと思うからです。

 ―― 尖閣問題と台湾問題は結びついているんだと。日本はもっと当事者意識を持たないといけない。

 寺島 一種の覚悟をもって日米の一体化と言っているならともかく、日本人の大部分はそんなこと思いもよらないのが現実だと思います。

 実は日本人が知らなくてはならない事実があって、それは米国の”曖昧作戦”とも言える状況です。米国は今回の共同宣言の中で、尖閣は日米安保第5条の対象に入ると言ってくれたと、多くの日本人は喜んでいます。

そのためにこそ、米軍基地が沖縄にあるのだろうと誤解している人たちが結構います。尖閣で軍事衝突が起こったら、安全弁のように米国が自動的に日本を守ってくれるなどと考えているのであれば、それは誤りです。

 米国は尖閣について、日本の施政権は認めていますが、領有権は認めていません。どちらの領土なのかコミットしないという話なんです。

 ―― なぜ米国は曖昧な部分を持ち続けているのですか。

 寺島 米国国民の立場になって考えればすぐに分かると思いますが、領有権を認めていないような地域で起こっている紛争に、自分の国の青年の血を流してまで踏み込んでいって、同盟国を支援するための戦争をするなどということを米国の世論は説得できますか?

 領有権あっての施政権なのに、領有権を認めない。それは1971年の米中国交回復に向けて、当時のニクソン大統領と大統領補佐官のキッシンジャーが、台湾に配慮し、中国に配慮してきたという歴史的な経過の中で、施政権と領有権の分離という不可解な結論に至ったのです。

 もしも日本が尖閣問題を平和的に解決していくということであれば、21世紀における新しい日米関係を構築しなければならない。同盟関係を本当の信頼関係に高めていくために、お互いを「ジョー」「ヨシ」と呼び合い、自己満足していただけではダメだということなのです。

 ―― つまり、菅首相はもう一歩踏み込んで、信頼関係を構築すべきだと。

 寺島 菅首相が今般、米国に乗り込んで尖閣や台湾の問題に踏み込むのであれば、わたしの本当の気持ちを聞いてほしいと言って、なぜ米国は領有権を認めないのかと主張するべきです。

 もし米国が領有権を認めれば、この話は一気に動きます。なぜなら、中国になぜこの領土が自分のものか尋ねたら、彼らは台湾テリトリーだからだと。つまり、日清戦争に負けた時に日本に台湾を奪い取られたけれども、第二次大戦が終わった後、台湾が返還された時に尖閣もくっついて帰ってきたはずだというのが中国の論拠です。



尖閣諸島はなぜ日本の領土なのか?

 ―― 尖閣は台湾に帰属しており、台湾は中国の一部だというのが中国の主張ですね。

 寺島 ですから、われわれはこの論法を極端に言えば逆手にとって、尖閣は台湾のテリトリーではなくて、沖縄のテリトリーだということを米国にコミットさせることができれば事態は一気に動きます。

 1972年の沖縄返還協定において、米国は厳密に日本に返還する地域を規定しており、「北緯28度東経124度40分、北緯24度東経122度……」などと、6つの点を結んだテリトリーを返還しますと書いている。

 だから、この中に尖閣諸島が入ることは明らかです。

 ―― つまり、尖閣は沖縄テリトリーだったと。

 寺島 これは国際法理であり、国際条理です。日本人として尖閣は日本の領土だ、中国はけしからんなどと言って憤るのではなく、国際法理に則って、もし中国がその気なら国際司法裁判所などに提訴するなど、きちんと判断してもらう。その行動に出る前提として、米国に確かにここは日本の領土だとコミットしてもらえれば、国際司法裁判所に持ち込まれたとしても、間違いなく日本は勝ちます。

 もちろん、これは中国が受けてたつということにならないと、実際に国際司法裁判所で取り上げられることはありませんが、国際社会に対して勧進帳をよむ効果はあるわけです。日本は正しいことを主張し、単なるナショナリズムで主張しているわけではないということを示せます。

 多くの日本人は尖閣は日本の領土ですかと聞かれれば、そうだと答えるでしょう。それは北方領土も同じです。ところが、それはなぜですかと聞かれても、しっかり答える根拠もないし、勉強もしていない。ただ単に島を返せと言っているだけでは、何にも物事は解決しません。

 少なくとも政治家レベルの人だったら知っておかなければならない最低限のベースがあります。それさえもできていないことにわたしは大きな不安を覚えます。

 ―― 要するに、国家としての基本軸が無い。

 寺島 日本の政治家は、尖閣は日本固有の領土だと言い張っている。それに中国は古文書を持ち出してきて、明の時代から自分たちの領土だったと主張しているのですが、古文書など一切関係ありません。

 それでは水掛け論になるし、日本にとっても、中国にとっても、いくらでも有利な資料が出せる。そんなこと言いあっても仕方ないし、日本にとって大事なことはレジティマシー(legitimacy、社会的正当性)をかけて国際社会に果たさなければならない責任論です。

 ―― それが古文書より国際法理だと。

 寺島 日本は正しい知識と条理に基づいて、国際社会の中での日本の責任を果たしながら領土問題への主張をはっきり展開しないといけないわけです。

 要するに、サンフランシスコ講和条約で国際社会に約束したことはしっかり守らなければならない。そうであるならば、日本はサンフランシスコ講和条約を誠実に守り、国際社会に復帰するにあたって世界に約束したことを真剣に履行してきた国なのだということの筋を通さなければならない。

そのためには肝心な米国が逃げている。それを曖昧にしていることがこの問題を複雑にしているということに早く気づかなければならない。そこを一言も触れずに日米首脳会談をやっている限り、日本の未来など拓けないだろうというのがわたしの結論です。