大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第23回は鳥居本人が大滝詠一の作品『NIAGARA MOON』にあるニューオーリンズ音楽の流れを考察する。

大滝詠一作品のサブスクでの配信が始まった3月21日以降、もっぱら『A LONG VACATION』を聴いていました。その流れで久しぶりに『NIAGARA MOON』を聴いて、改めて凄まじいアルバムだと感じました。リズムの組み立て方も斬新だし、アイディアを実現させるミュージシャンの演奏力、対応力には何度聴いても驚かされます。しかし2006年頃に初めて聴いたときは、あまりピンと来ませんでした。なぜピンとこなかったのか。今振り返ってその理由をいくつか考えてみたいと思います。



まず音楽における喜怒哀楽について。私が意識的に音楽を聴き始めたのは2000年頃のことです。その頃聴いていた音楽といえば、当時ラウド系と呼ばれるものでした。具体的にはリンプ・ビズキット、コーン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、システム・オブ・ア・ダウン、インキュバス、ランシド、オフスプリング、NOFXなど。そこからさかのぼって、パンクやハード・コア、グランジ、ハードロック、メタルなどを聴くに至ります。



これらの音楽は大雑把にいって喜怒哀楽でいうと怒りと悲しみ成分が大きいといえます。もちろん楽しさや喜びが混じっています。実際メロコアなどは楽しい曲が多い。とはいっても当時、音楽に求めていたのは怒りや悲しみがメインでした。怒りや哀しみこそがリアルなんだと考えて、楽しさや喜びを表現した音楽を軽んじていたのかもしれません。そんな調子なので、喜怒哀楽がはっきりしないものに出会ったときには途方に暮れるしかありませんでした。

とにかくラウドロックへの飢餓感が強かったので、CSの音楽チャンネルをよく見ていました。流れるかどうかもわからないラウドロック一曲のために。ネプチューンズやティンバランド華やかりし頃です。ヒップホップやR&Bのヒット曲も耳に入ってきましたが、よくわからなかった。例えば、ミッシー・エリオットの「Get Ur Freak On」や、アリーヤの「Try Again」などは何度も聴いたものです。それらの曲がわからなかったのは、喜怒哀楽を四象限で表した場合、どこにマッピングすれば良いのかわからなかったからではないかと今にして思います。



『NIAGARA MOON』はとっても楽しいアルバムです。それまでの大滝作品にあったウェッティなところがありません。初めて聴いたときの自分には、楽しくてかつドライなアルバムを受け入れるだけの素養がなかったのではと思いました。

他には、『NIAGARA MOON』のテーマのひとつであるニューオーリンズの音楽への親しみがなかったという理由が挙げられます。より厳密に言うのなら大滝流のニューオーリンズ解釈。リズムがやっぱり複雑です。ややオールドファッションなオリジナル曲に大胆なアレンジを施すとアイディアは、『NIAGARA MOON』で取り組まれていたのは、例えが適切かどうかわかりませんが、ディーヴォがローリング・ストーンズの「(I Cant Get No)Satisfaction」を換骨奪胎するようなリズムアレンジでカバーするのに近いといえば近い。



もし仮にタイムスリップして、『NIAGARA MOON』にピンと来ていない当時の自分に声をかけるとしたらどんなことを言おうか、さらにはニューオーリンズの音楽をどのようにプレゼンするのかを考えてみました。結論として次のように声をかけることにしました。

おまえさん、ドクター・フィールグッドが好きだろ? 1stの「The More I Give」が好きだろ? あれってニューオーリンズ・ファンクをフィールグッド風に解釈した曲なんだよね。その一点を拡大解釈して『NIAGARA MOON』をパブロックのアルバムだと思い込んで聴いてみるのはいかがか。



10代の後半、ひたすらウィルコ・ジョンソンのコピーをしていました。コピーを費やした時間の上位は、横山健、アベフトシ、ウィルコ・ジョンソンという並びになります。

ドクター・フィールグッドの1stアルバム『Down By The Jetty』は『NIAGARA MOON』と同年の1975年にリリースされました。1977年のパンク興隆の礎を築いたアルバムと位置づけられています。『Down By Jetty』にはギターで弾くと楽しい曲がたくさんあります。「She Does It Right」、「All Through The City」、「Keep It Out Of Sight」、「Roxette」など。「The More I Give」はリズムの刻み方が他の曲に比べると、トリッキーでしたが、そのぶん楽しかった。脳みその普段使っていない部分が刺激される感じがありました。



過去の曲はアルバムのライナーで「ズンドコニューオーリンズビート」と書かれていたように記憶しています。「The More I Give」は『Down By The Jetty』の中でもファンキーな曲で、シンコペーションやプレーヤー間のやり取りがニューオーリンズ・ファンク的と言えます。『NIAGARA MOON』でいうと「三文ソング」や「楽しい夜ふかし」のリズム・アレンジに相通ずるものがあります。されにいえばアラン・トゥーサンがプロデュースし、ミーターズがバッキングを担当したリー・ドーシーの諸作で聴くことのできるリズムの遊び的なものを感じます。

ボニー・レイットが1972年のアルバム『Give It Up』で、バーバラ・ジョージのニューオーリンズR&B・クラシックの「I Know」をカバーしています。原曲はバックビートのオーソドックスなリズムですが、誇張しすぎたニューオーリンズ・ファンクとでも言うべき複雑なリズム・アレンジを施されています。

ヴルフペックの限りなくレギュラーに近い準レギュラーであるところのコリー・ウォンは、右手の刻みは一定で左手でニュアンスをつけるのが吉と私たちにアドバイスをくれました。ウィルコもまったく同じことを言っています。右手はアップダウンするだけ。仕事は左手で、と。

ウィルコのギターはソリッドと形容されることが多いです。彼に影響を与えたミック・グリーン、彼から影響を受けたアベフトシ、アンディ・ギル、ポール・ウェラー(ザ・ジャム)の演奏はまさにソリッドという感じがしますが、ウィルコはニュアンスが豊かで甘い味わいがあると個人的には思っています。音価の長短で緩急がつけてリズムに深みをもたらしています。ウィルコ・ジョンソンのコピーを通じて、その後重要性を感じるようになるシンコペーション、音価に関する感覚を言語化する前に身体化していたように今となっては感じられます。

ウィルコのペンによる「The More I Give」は、曲そのものにもスイートな味わいがあります。ニューオーリンズが生んだ巨星トゥーサンの作風に近いものを感じます。例えば、ザ・バンドもカバーしたリー・ドーシーの「Holy Cow」、「楽しい夜ふかし」の元ネタのひとつであるアーニー・K・ドーの「Mother In Law」、アレックス・チルトンもカバーしたベニー・スペルマンの「Lipstick Traces」など。

いやしかし、『Loose Shoes And Tight Pussy』に収められたチルトン版の「Lipstick Traces」は何度聴いても素晴らしい。ウィルコと同様、チルトンのギターを聴く度にギターを歪ませてコードをジャカジャカ弾くことの気持ちよさを聴くたびに再確認します。『Loose Shoes And Tight Pussy』収録のエディ・フロイドをカバーした「Ive Never Found A Girl」やブレントン・ウッドをカバーした「The Oogum BoogumSong」のギターなんてたまらないですよね。若干ウィルコっぽいと言えないこともない。



「Lipstick Traces」といえば、スヌークス・イーグリン版も見逃すわけにはいきません。イーグリンは人間ジュークボックスという異名を持つニューオーリンズ生まれのシンガー兼ギタリストです。若き日のアラン・トゥーサンが結成したローカル・バンド、フラミンゴスに参加していました。ディクシー・カップスやドクター・ジョンの「Iko Iko」の原曲であるジェイムズ・”シュガー・ボーイ”・クロフォードの「Jock-o-Mo」で聴くことができる歪んだギターのカッティングは彼の演奏したものです。プロフェッサー・ロングヘアの『House Party 』、『Mardi Gras in Baton Rouge』にも参加しています。

イーグリンはウィルコと同じく、ピックを使わず爪でジャキジャキとピッキングするギタリストです。そしてとにかくキレがすごい。右手を一気にグーからパーへと開いて鋭くジャキンと弦を鳴らしています。歪んだギターをジャキジャキと弾くギタリストが好きだという人はぐっとくること請け合いです。

フィールグッドとニューオーリンズということでいえば、ヒューイ・”ピアノ"・スミス&ヒズ・クラウンズの「Dont You Just Know It」を2ndの『Malpractice』でカバーしています。コーラスの掛け合いが楽しい曲です。原曲のほうは、昔「爆笑問題のバク天!」というテレビ番組で使われていたのでご存知の方も多いかもしれません。ドクター・ジョンも『Gumbo』の「Huey Smith Medley」で取り上げています。フィールグッドのほうは、そこはかとなくハネたリズム、細野晴臣いうところの「オッチャンのリズム」で演奏しています。



友達の友達はみな友達。広げよう、友だちの輪。そんな標語があります。人間関係に限らず、音楽にも同じことが言えるでしょう。ジャンルや党派にこだわらなければ、一つの音楽の輪に気が付けそうです。そもそもこういうことの考え方こそ大滝詠一から学んだのでした。

今後もし仮にタイムスリップして『NIAGARA MOON』を聴いてピンと来ていない過去の自分と対峙する機会があれば、こうした内容でマウンテングをかましていきたい所存であります。




鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
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