田中宗一郎×小林祥晴「数年来のゴールデンイヤー到来の予感? 2021年1stクォーター総括対談」

音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2021年3月25日発売号の誌面に掲載された田中宗一郎と小林祥晴による対談記事。テーマは2021年1stクォーターの総括。

ここで2人は北米メインストリームの停滞を指摘しつつも、この3カ月の間、2021年が数年来のゴールデンイヤーになることを期待させる「新たなソング」が次々と登場していることに興奮を覚えている。ぜひPOP RULES THE WORLDが選んだ「2021年1stクォーターを象徴する55曲」のプレイリストと併せて楽しんでもらいたい。

POP RULES THE WORLD「2021年1stクォーターに聴いておくべき55曲」

・グローバルの停滞、ローカルの活況

小林:今回は校了直後にグラミー賞授賞式があって、ラナ・デル・レイやジャスティン・ビーバーのアルバムもリリースされるという、非常にもどかしいタイミングでの対談です。

田中:口惜しい。我々はグラミーの結果も知らないし、彼らの新作アルバムも聴けてないわけだから。ただ、ここまでの年明け3ヶ月間は本当に目立った動きがなかった。この連載が始まってから3年、こんなに動きがなかったクォーターは初めてかも。

小林:日本でも共有された一番大きなトピックと言えば、ダフト・パンクの解散。でも、あれはひとつの時代の終焉の象徴だから、まだ2021年が大きく動き出したという印象はあまりないですよね。

Daft Punk - Epilogue



田中:ただ、北米メインストリームに大きな動きがなかっただけで、各地ローカルやアンダーグラウンドに目を凝らさせば、いろんな地殻変動が着々と進行中だった。

小林:イギリスを例に取っても、UKラップは今年も勢いがあって、質、量ともに充実してる。イギリスのバンド音楽も2年前と比べると確実に底上げされた。たぶんK-POPなり、ナイジェリアなり、アメリカのアンダーグラウンドなヒップホップなり、各ジャンル、各ローカルの動きもそれぞれエキサイティングだったはず。

田中:これまでも言ってきたように、グローバル化が進むとローカルのシグネチャーがむしろ際立つというメカニズムが、今また進行し始めた3ヶ月でもあった。

小林:ただ、ビルボードのチャートを見ると大きな動きがないというのは本当にそうで。ザ・ウィークエンドの「The Blinding Lights」が1年間トップ10に入り続けた史上初の楽曲になりましたが、それくらい売れる曲やアーティストが固定化してる。カントリーのモーガン・ウォレンが1位を独走してることと、プー・シャイスティやドレイク経由でのリル・ダークの本格ブレイクを除けば、ほぼ去年と代り映えしない。カーディB「Up」の歌詞みたいに、「上って、上って、そこに留まる」状態。

田中:去年一番売れたリル・ベイビーはもちろん、アリアナとかデュア・リパがずっとチャート上位にいるよね。

小林:デュア・リパは本当に勢いがある。『Future Nostalgia』のデラックス版も出して、その追加曲「Were Good」もよかった。本人曰く、この曲はトラップやボサノヴァの要素を入れていて、音楽的にも攻めてる。

【和訳】Dua Lipa「Were Good」【公式】



田中:テンポもbpm67と挑戦的。リリックは、自粛要請期間にずっと同じ部屋で暮らしていて、二人の価値観に齟齬が生じた男女の物語で、「後腐れなく気持ちよく別れましょう」という内容。リアーナ「We Found Love」みたいに離別を痛々しく描くのでも、ラナ・デル・レイみたいに失恋を甘美に描くのでもなく、互いに明朗快活に別れに向かうことを前面に押し出した。つまり、彼女のアルバムの最終曲――ガールはウーマンに成長するけど、ボーイはずっとガキのままだっていう「Boys Will Be Boys」を経て、ラヴソングの系譜としてもロジカルな発展を遂げてる。

小林:それにしても、世界中で自粛要請期間が長引き、ライヴ興業もストップして、ケンドリック・ラマー含め、いろんなビッグリリースが出てこない。これもチャートの停滞に関係してる。ただ、イギリスは6月末にロックダウン解除、8月にレディング&リーズフェスが開催される。それがどうなるかが大型フェスやライヴの指針になりそうです。


オリヴィア・ロドリゴの2020年代的な新しさ

田中:そんな諸々の状況の中、2021年1stクォーターのMVPを挙げるとすれば、これは完全にオリヴィア・ロドリゴ一択だよね。

小林:そう思います。デビュー曲の「drivers license」は全米・全英で初登場から8週連続1位。アメリカではデビュー曲が初登場から6週以上連続で1位を取った史上初のアーティストです。ディズニーチャンネル出身で既に同世代からの人気が確立していたとは言え、Spotifyのグローバルヒット担当者が「こんな急激なヒットは前例がない」って驚くくらい衝撃的なデビューだった。

[和訳MV] Olivia Rodrigo - drivers license / オリヴィア・ロドリゴ - ドライバーズ・ライセンス [公式]



田中:曲調としてはメロウなパワーバラッド。「世界一のスイフティ」を自認するだけあって、リリックではテイラー・スウィフトの手法を上手く取り込みながら、ちゃんとそこにZ世代のリアリティを投影させている。

小林:The Guardianでローラ・スネイプスが指摘していましたが、これは2010年代女性シンガーの主流だったエンパワーメントソングの形式を取っていないのも新鮮。むしろ、曲の主人公は失恋の悲しみに浸り続けていて、そのリアリティが世代を超えて共感を呼んでいる。

田中:2010年代に何が起こったかというと、まずは男性社会において抑圧され続けてきた女性側からの欲望の開放があった。性的な欲望も含めてね。

小林:そういう意味では、去年のアリアナのアルバムは一つの到達点かもしれない。

Ariana Grande – Positions



田中:その流れを経て、女性のエンパワーメントや権利向上を訴える表現が増えた。でも、そこだけでは回収されないものはたくさんあるわけじゃない?

小林:ラナ・デル・レイがちょっと前にインスタで炎上したじゃないですか。ビヨンセやカーディBやアリアナの名前を挙げて、「彼女たちがセクシーであることとかセックスについての曲で1位を取るなら、私も虐待を美化してると叩かれずに好きなことを歌っていい?」って。これが人種差別だと叩かれたんですけど、でも彼女の投稿の意図は、これまでの女性の社会的な立場とそこからの前進をという視点からすれば、ビヨンセとかアリアナがやっていることは必然だ、と認めた上で、自分はそこから零れ落ちるフィーリングを掬い上げたいという表明だったはず。デル・レイとはまた違った形だけど、ロドリゴがやっているのもそういうことかもしれない。

田中:今のラナ・デル・レイの話って、女性アーティストたちがステレオタイプから踏み出そうとする過程で、期せずして画一化してはいないか?新たなステレオタイプ化してはいないか?という問題提起でもあるわけだよね。でも、ロドリゴの場合は、いい意味でもっと無自覚というか。いろんな世代の女性作家のストラグルを経て、進化した状況がもはや前提となった世代の表現。自分自身や自分たちをエンパワーメントすることよりも、自分が置かれた状況での悲しみにフォーカスする方がきっと自然なんだよね。世代の積み重ねがあったからこそ生まれた曲だね。

小林:ロドリゴはビリー・アイリッシュと同世代で、どちらも新世代的な表現ですけど、ビリーの方が同世代をエンパワーメントすることに意識的ですよね。

田中:ただ、ビリーも当初はもっとナチュラルだったよね?自分自身の10代の感覚から不機嫌さや悲しみを歌っていただけ。1stアルバム後のシングルはどれも、ロールモデルであることを結果的に強いられ、世間やメディアからの理不尽な批判に晒されるポップスターという立場からの曲になりつつあるわけだけど。

[和訳MV] Billie Eilish - Therefore I Am / ビリー・アイリッシュ - ゼアフォー・アイ・アム/ゆえに我あり [公式]



小林:それに比べると、「drivers license」はどこにでもいるかもしれない個人の声。

田中:付き合っていた男の子と運転免許を取ろうと約束してたのに、別れちゃって、結局は一人孤独に車を飛ばしているという、言ってしまえばそれだけの歌(笑)。でも、だからこそリアリティと説得力がある。と考えると、明らかに2ndアルバムシンドロームに突入しているビリーが少し心配になったりもして。完全に余計なお世話だけど(笑)。


ポップ音楽の更なる格差拡大と、TikTokという新たなゲームの法則

小林:ロールモデルとしての役割に意識的になったというのは、ジャスティン・ビーバーにも感じました。「Hold On」は自粛要請期間が続くけど、希望を忘れず頑張ろうって曲でもある。

田中:『Purpose』の頃は20代男性が恋愛の現場で感じることをフランクに歌い、彼自身のトキシックな部分さえも告白的にキャプチャーしていた。でも、だからこそ誰もが愛着が持てた。でも、今では不安やストレスを感じている人々をエンカレッジするという目的意識で曲を作ってる。「ああ、成長するってこういうことだよね」って感動しつつも、一抹の寂しさもある(笑)。

小林:アルバムタイトルが『ジャスティス』だって聞いたときは、驚きましたけどね(笑)。ジャスティンっていう名前の由来がジャスティスだからセルフタイトルだけど、正義っていう言葉をタイトルに打ち出すのは、自分の社会的な役割に意識的だからこそ。

田中:でも、この曲のMVの中でジャスティンが演じてるのは犯罪者なわけでしょ?

小林:病床に臥せる恋人の治療費を工面するため、ジャスティンがおもちゃの拳銃で銀行強盗するっていう。

[和訳] Justin Bieber - Hold On / ジャスティン・ビーバー - ホールド・オン [公式]



田中:デヴィッド・ロウリー映画『さらば愛しきアウトロー』へのトリビュート的な側面もあると思うんだけど。ただ違いがあるとすれば、ここでの彼は義賊だよね?鼠小僧とかロビン・フッドみたいな。市井の人々の困窮の原因はむしろ不条理な社会システムの側にあるっていうコンテクストが仕込まれていて、だからこそ犯罪に手を染めて人々を救うっていう。犯罪の原因が必ずしも100%本人にあるわけじゃないという視点が共有されつつある時代の表現。パンデミックがこれまでの常識や慣例に潜む虚偽や不条理を改めて浮き彫りにすることになった後の表現とも言える。アメリカの医療の現場ではいまだ貧富の差による不平等が蔓延っているという事実をも描いてもいるわけだし。

小林:パンデミックで格差が広がったのはポップ音楽シーンにも言えることですよね。演出に潤沢な予算を掛けたライヴストリーミングコンサートにしても、ライヴやインタビューの代替えとしてもニーズが高まっているドキュメンタリーにしても、やっぱりそれが出来るのもビッグネームだけ。それでさらに格差が開いていくっていう。

田中:ただ同時に、リル・ナズ・Xに始まり、ロディ・リッチとか、新人が発見されるきっかけとしてTikTokみたいに新しいゲームの法則ももはや完全に確立された。TikTokは持たざる者が注目を集める新たなツールとして機能しているっていうポジティヴな側面もあるよね。

小林:一方で、戦略的にTikTokでのヴァイラルを狙う動きも顕在化してきて。本人は否定してるけど、カーディB「Up」は明らかにそう。とにかく短くてフックのあるフレーズが大事。そこをめがけてポップが最適化している動きがある。

【和訳】Cardi B「Up」【公式】



田中:まあ、そこは悩ましいところだけど、必ずしもいくつかのヴァイラルのパターンにハマらなければ駄目なわけじゃない。

小林:正解がないからこそ、チャンスは全員に平等にある、という。

田中:だって、俺の人生初のコンサート経験でもあった、松原みきの「Stay With Me」がTikTokでヴァイラルする時代なわけだし(笑)。

小林:この10年、日本発のシティポップが段階的にグローバルに広がってきたわけだけど、ここで駄目押し的な現象が起こった。

「真夜中のドア〜stay with me」/ 松原みき Official Lyric Video



田中:同じくTikTok経由でフリートウッド・マック「Dreams」が42年ぶりに全米チャートに入ったことも含め、歴史が単線的に進むだけじゃなくて、過去が繰り返し、今に浮上する状況が出来上がったことはポジティヴに捉えたいな。

小林:特にジーニアスのチャートを見ていると、TikTokのヴァイラルがダイレクトに反映されるから面白い。レディー・ガガ「Poker Face」が急にチャートに入ったり。かなり動きが早いから、ビルボードのチャートとは対照的。ただ、ようやく、今年誰もが注目するだろうアルバムのリードシングルが次々と出てきた3ヶ月でもあった。


2021年1stクォーターは新たな時代の到来を予感させる名曲ラッシュ?

小林:2021年の1stクォーターは、アルバム単位だと北米を中心としたメインストリームに大きな動きがなかった。ただ、ようやく、今年誰もが注目するだろうアルバムのリードシングルが次々と出てきた3ヶ月でもありました。

田中:曲単位だと、すごくエキサイティング。特にラナ・デル・レイの「Chemtrails Over The Country Club」なんて、もはや今年のベスト・ソングが出ちゃった感。

Lana Del Rey - Chemtrails Over The Country Club (Official Music Video)



小林:そこはタナソウさんがPOP LIFE The Podcastで語り倒したからほとんど補足することはないけど(笑)。この曲は陰謀論をテーマにして、その是非や自分のスタンスを明確に打ち出すのではなく、ただこういう状況があるよねと聴き手に差し出すだけ。実際のラナはリベラルでアンチトランプだけど、表現の中ではリベラルの正義を声高に叫ばないっていう。あのMVも、カントリークラブに来るような金持ちには裏の顔があるっていう陰謀論のメタファーだろうし、ラナが飛沫を防がないマスクをしているところとかも、すべてが絶妙。根底に自分とは違う立場への想像力があって。まあ、ファンとのミート&グリートのときもあのマスクをしていて批判されたっていう話を聞くと、あれ?って思わなくもないけど(笑)。

田中:ホント校了直後に彼女のアルバムが出るのが口惜しい!

小林:ドレイク「Whats Next?」もよかった。海外では、まるでプレイボーイ・カルティみたいなビートだって話題で。タナソウさんも最初聴いたときに同じ感想を言っていましたよね。

田中:ホワイトノイズ混じりのシンセの音色なんて、まんまなんだもん(笑)

Drake - Whats Next



小林:去年までのドレイクはドリルに接近してたけど、この曲は明らかに新モード。リリックの内容は、アルバムの延期が続いて「ドレイクは何してるんだ?」っていうファンの声に対するアンサーにもなっている。

田中:サウンドにもリリックにも「今の連中はどいつもゲームに最適化することに夢中だけど、俺はこれまでもこれからも常に誰とも違うことを一番最初にやるゲームチェンジャーであり続ける」というドレイクの矜持が現れてて、すごく批評的。今は誰もが休みなくリリースを続けているわけだけど、それってそもそもドレイクが始めたことじゃん?(笑)。でも、今度はすっかり姿を潜めちゃって、「ドレイクは何をしてるんだ?」って言われたら、偉そうに「俺は遊んでただけ」ってライムするっていう(笑)。この曲の後にもっと凄いカードを用意していることをほのめかしながら、「さあ、次は何が来るのやら?」と、高みの見物を気取ってるのがとにかく最高。

小林:やっぱり頭一つ抜けていますよね。自分が作り上げたゲームの規則の次をもはや用意しているんだということを、曲と活動で示したわけだから。

田中:俺が「ポップのメザニーン期」と呼んでいる、2018年から2020年までの間の退屈な状況に対する回答にもなってる。すっかり固定化した現状のゲームの規則をせせら笑っているという意味では、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークのユニット、シルク・ソニックもそう。この「Leave The Door Open」って曲は、闇雲にトレンドを追いかけるんじゃなくて、エヴァーグリーンな曲を作り続けている俺がいつだってナンバー1なんだっていう表明だよね。

【和訳】Bruno Mars, Anderson .Paak, Silk Sonic - Leave the Door Open【公式】



小林:完全に我が道を行った超高品質なソウルで、正直最初はびっくりしました。

田中:めっちゃシルキーなグルーヴ。最初は「何、このオーセンティシティ?これ、今、ありなの?」って戸惑うよね?まあ、これをレトロだ、反動的だと言うのは簡単なんだけど――。

小林:ピッチフォークは、「巧みな過去のパスティーシュ。受動的に扉を開けておくんじゃなくて、リスナーを中に招き入れるべきだ」と結構厳しい評価でした。

田中:でも、もう完璧じゃん(笑)。リリックとしては、僕と君の恋愛はゲームじゃない、君への気持ちをソウル・トゥ・ソウルで打ち明けているんだっていうラヴソングなんだけど、これはそのまま今のシーンに対する批評にもなってる。音楽はゲームじゃない、リスナー一人ひとりのハートに向けて真っすぐ届けることなんだっていう。

小林:確かに今これだけ、みんながヴァイラルさせることに血眼な状況だと、むしろこれくらい余裕をもって構えている方が惹かれるかも。

田中:「扉を開けて待っている」というのは、表現というのは投瓶通信なんだという彼の矜持だよね。誰かが気づいてくれることを期待することなく、無人の大海にメッセージ・イン・ア・ボトルを投げ入れることなんだ、という。そもそもブルーノ・マーズは、「Message In A Bottle」を歌ったザ・ポリスのサウンドを参照した「Locked Out of Heaven」でブレイクした人だから、これは実に一本筋が通っている。

小林:無理矢理つながった(笑)

田中:少なくともラナ・デル・レイ、ドレイク、シルク・ソニックの三者はいまだ2010年代的なゲームの規則に最適化しようとする風潮に楯突いている。なおかつ、それぞれのアプローチが全然違う。間違いなくそこに勇気づけられた3ヶ月でもあった。ここ数年で一番ワクワクしてるかも。

小林:同意です。今年は面白くなりそうな予感がある。

田中:歴史が単線的じゃなくて、モザイク状にうねり始め、螺旋状に進行してる感じが最高。パンデミックを経て、いよいよ本格的に2020年代が始まるんじゃないか?って期待せざるを得ないよね。

Edited by The Sign Magazine

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