三井住友トラストHD社長・高倉透の「信託深掘り」戦略 単身世帯向けの資産管理などで強み

高齢化時代のニーズに応える商品
「これまで世界経済が成長を続けてきた中で生まれた、気候変動など歪みのようなものが目を背けられない状況になっている。こうした社会課題にどう対処できるかは、我々のビジネスにとっても大きなテーマになっている」と話すのは、三井住友トラスト・ホールディングス社長の高倉透氏。

 今、世界的に新型コロナウイルスの感染拡大、日本では少子高齢化、自然災害の激甚化など、様々な社会課題が顕在化している。ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)、そしてデジタル化は今や企業経営の重要テーマにもなった。

 そしてコロナ禍で、人々の働き方は大きく変わった。金融機関、特に銀行は扱うのが顧客の資産だけに、在宅勤務が難しい業種の1つと見られてきたが「コロナ以前には在宅勤務はほとんどなかったが、今は普通になっている。また、社員もそのような働き方を望んでいる。デジタル化を含め、社会変容に合わせた対処をしていく。そのことを通じて、お客様のお役に立てるのではないかと思っている」と高倉氏。

 高倉氏は今回、三井住友トラストHD社長とともに、信託協会会長という業界を代表する立場にも就いた。

 長きにわたる超低金利、そして「人生100年時代」を迎えた中で、人々の資産形成ニーズは高まっている。その意味で、資産を運用・管理することが使命である信託銀行の役割は重みを増している。

 高倉氏は「信託は可能性を秘めた仕組みだと思っている」と話す。例えば高齢化が進む中で「老後2000万円問題」が大きな話題となったほか、多くの人が「認知症」への不安、悩みを抱えている。

 さらに、相続が起こった時に、相続を受ける人たち同士で争いや諍いが起きないようにしたいというのが、財産を残す人の願い。こうした悩みに対し、これまで「遺言信託」などを提供してきたのが信託銀行。

 さらに、三井住友信託銀行では2019年に単身の高齢者を対象とした信託商品「おひとりさま信託」の取り扱いを開始。これは社員からの提案で商品化に至ったもの。

 遺言信託の一種で、葬儀や埋葬、SNSのアカウントなどデジタル遺品の消去、家財などの整理、訃報連絡、ペットをどうするかといった、自身が亡くなった後に気になる事務を「エンディングノート」に記入。それを三井住友信託が電子媒体として保管し、契約者の死後には指示書として活用する。高齢者はもちろん、若い世代も申し込んでいるという。

 業界各社とも高齢化、人生100年時代の中で、これまでも社会課題解決のための商品、サービスに力を入れてきた。信託協会としては、その取り組みを可能な限りサポートしていくことが重要な役割になる。

「『信じて託す』のが信託であり、ロングスパンでお悩みに応えていく業務。既存サービスに加え、これから本格的に団塊の世代の方々から出てくる悩みを解決するような、新しい切り口での商品・サービスは信託の力を使えば出てくる」と高倉氏。

 さらに、人々の本質的なニーズは、悩みを解決した後「生き生きと暮らしていく」こと。そこで三井住友信託では信託商品の提供からさらに踏み込んで、その本質的ニーズに応える商品・サービスを模索している。

 イメージとしては高齢者になってから、あるいは高齢者になる前の段階で、人々が「人生の楽しみ事」を行う時に、何らかの形で三井住友信託が関わっているということ。人々のニーズに応えるための「知恵」が問われることになる。

「人生100年時代」で資産運用へのニーズが高まる中、信託銀行に期待される資産運用に関しては、傘下に三井住友トラスト・アセットマネジメントと日興アセットマネジメントという2社を持つ。

 両社の特色には違いがある。三井住友トラスト・アセットは機関投資家向けの伝統的な有価証券の運用に強みがあり、日興アセットはグローバル展開をしており、そのネットワークの中から運用の〝タネ〟を見つけ出し、投資家に提供している。「それぞれの強み、持ち味を生かした活動をして欲しいと思っているし、時代に合った姿をつくっていきたい」(高倉氏)

社内に「専門家」を揃えて
 首相の菅義偉氏が宣言した2050年の「カーボンニュートラル」は、製造業であれば自社の設備からCO₂が出ないようにするための開発や投資が必要になるし、社会インフラも変わる必要があるなど、産業構造を大きく変える可能性がある。

 メガバンクなどは当然こうした時に融資を通じて支援をする。では資産運用・資産管理が得意技である三井住友トラストはどのように差別化していくのか。「我々は銀行なので融資ももちろんするが、信託の機能を生かして、投資家の資金がカーボンニュートラルに回るような『仕組み』を創ることで社会、お客様の役に立っていきたい。これによって信託であり、銀行であるということの意味を、皆さんに実感していただけると思うし、そうした環境になってきている」(高倉氏)

 かつて日本の高度経済成長の中で、信託銀行の主力商品は「ビッグ」という愛称で呼ばれた「貸付信託」という貯蓄型信託商品だった。個人顧客の資金余剰を活用して重厚長大産業の成長を支えるという時代があったが、今は役割を終えた。

 時代が変わる中、今の時代にあった仕組みを考え出し、新たな資金循環を生み出していくのが、「信託銀行」であることの意味であり、役割だと高倉氏は言う。「奇をてらうような取り組みではなく地道に、実務的に実現できるように取り組むことが、我々の本分ではないか」

 信託銀行は資産運用を手掛けているが、前述のように「資産管理」も主要業務。ここでは実務をきっちり回し、投資家が安心して投資できる環境をつくる「黒衣」となっている。社会が変わり、新たなニーズが出てきても、それを支えるのが信託銀行の役割だということ。

 さらに、カーボンニュートラルの実現に向けては、金融機関として自らが投資家などに社会実装に向けた様々な提案をしていく必要がある。その時に、例えば次世代エネルギーとして期待される「水素」や、「蓄電池」を理解した専門家を社内に置いた方がいいだろう、と考えた。

 ただ、構想はあっても当初は「そういう方々が、当社に来てくれるかどうかわからなかった」(高倉氏)というのが正直な気持ちだった。

 しかし、フタを開けてみると、20年には物理や電子工学、化学の博士号を持ち、メーカーの研究所などに勤務していたような人材が5人、転職してきたことでチームを組成できた。三井住友トラストでは、このチームを「テクノロジー・ベースド・ファイナンス」(TBF)と呼ぶ。

 このメンバーと、今後日本はどういう社会をつくっていけばいいのかについて議論しているが、「彼らがいない時と比べて、具体性が全く違うし、議論が深まる。また今までは、メーカーの財務担当の方と話ができるレベルだったが、研究所や新規開発の方々にもご提案できるレベルになった」(高倉氏)。

 金融機関とメーカーとでは発想も使う言葉も違う。お互いに相容れないのではないか? とも想像するが、高倉氏は「元々、我々には専門人材と働く土壌があったかもしれない」と話す。例えば企業年金ではアクチュアリー(保険数理人)のような専門家が活躍しているし、不動産も専門性の高い分野。こうした人材が社内に溶け込んでいることが、今回のチーム立ち上げにも生きた形。

「デジタル化が進む中、誰にでもできるような仕事はデジタルになっていくかもしれないが、逆に人の専門性や持ち味が生きる時代になっている。違う持ち味を持ち寄って、イノベーションを生み出していくことが大事」(高倉氏)



デジタル化推進に新会社を設立
 デジタル化には様々な観点がある。前述のようにイノベーションを生み出す、あるいは業務を効率化する上でも、今やデジタルの力は欠かせない。

 まずは主力業務である資産運用、資産管理の分野でデジタルを活用。従来は人手を介し、紙を使っていたような業務のプロセスを変えていく。その上で、新たなデジタル技術、発想で世の中に貢献できる商品、サービスを生み出すことを目指す。「事業の効率化は当然として、我々の得意分野で次元の変わるようなことをやっていきたい」

 様々な検討を進めているが、例えば契約者が亡くなった後の相続の手続きは煩雑なもの。これに対してデジタルプラットフォームを構築し、他の銀行などとも共同で運用できるようになれば、顧客の利便性は高まる。

 また、これまでデジタル化に向けては社内のデジタル企画部で取り組んできたが、4月1日にはデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を加速させるために、デジタル戦略子会社「Trust Garage」を設立した。

 社内部署から子会社として独立させた背景には「別会社にして、デジタルの技術や知見を持つ方々は銀行とは違うスタイルで取り組んでもらう方がいい」(高倉氏)という考えがある。

 前述のTBFのように、金融業界に限らず幅広い業界からデジタル人材を集めていく。「1人で考えるよりもタッグを組んだり、コラボレーションをした方が違ったアイデアが出て、思わぬ展開が起こりやすい」ため、外部企業との連携を含めて新規事業を生み出すことを目指す。

 社名に「Garage」を入れたのは、米アップルやグーグル、アマゾンなど世界を席巻するハイテク企業も、創業者の自宅にあった「ガレージ」からスタートしたことにちなみ、変革の始まり、起点となる会社にしたいという思いがあった。

 メガバンクが設立しているデジタル子会社がキャッシュレスなど決済に重心を置いているのに対し、三井住友トラストはそれに加えて、個人ならば相続などの課題、法人ならばバランスシート(貸借対照表)改革など、専業信託銀行ならではの商品・サービスのDXを意識し、事業を強化していく。

指名委員会が選んだ初めての社長
 高倉氏は1962年3月大阪府生まれ。84年東京大学法学部卒業後、住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入行。統合推進部長として住友信託と中央三井トラスト・ホールディングスの統合に携わった経験を持つ。

 今回、三井住友トラストHDとしては初めて、指名委員会での指名を受けて就任する社長になる。両社は11年の統合後、旧住友信託と旧中央三井トラストとでトップを分け合う「たすき掛け」人事を進めてきたが、今回は三井住友信託銀行社長に旧住友信託出身の大山一也氏が就き、両社とも住友信託出身者がトップを務めることになった。

「4年前に指名委員会等設置会社に移行し、指名委員会でサクセッションプラン(後継者育成計画)を議論し、取締役の選考などを進めてきた。時代や会社の仕組みは完全に変わった。社内の内輪の論理や度が過ぎたことは通じない時代」(高倉氏)

 プラットフォーマーが金融に参入するなど外部環境が大きく変わる中、もはや〝内〟にエネルギーを向ける時代ではなくなっていることを示している。

 大学卒業時、希望業界を限定せずに就職活動をしていたが、1つだけ「フィーリング」の合う会社に行きたいと思っていたという。その中で信託を知り、仕事内容や、出会った先輩と対話する中で住友信託に魅力を感じて入社したという経緯。

 高倉氏が忘れられない経験は95年の阪神・淡路大震災。人事部に所属して東京で仕事をしていたが、大阪府内は電話をしてもつながらない。しかし東京からは電話がつながったので、東京の人事部が安否確認を行った。ただ、3日間かけても確認できない人が100人以上いた。その間、無事だった人からの問い合わせなども入り続ける。

 そこで実感したのは「その場で判断をしなければならない」ということ。そこで先に伸ばしたら、次にいつ連絡がつながるかもわからないし、誰かに相談する時間もない。以降、いつでも判断できるように前もって、最悪のケースも頭に入れながら仕事をする習慣が身についた。

 激しい変化の中、専業信託銀行として生き残る上でも、様々な判断が求められることになる。