「ありのままの自分を認めて受け入れる感覚」のことを表す「自己肯定感」。人格を形成している真っ最中である子どもたちはもちろん、社会人にとっても重要なものだとして、ここ数年注目度がどんどん増しています。

ビジネスパーソンにとっての自己肯定感の重要性は、どんなところにあるのでしょう。精神科医であり禅僧である川野泰周さんが、その重要性とともに自己肯定感を高める方法を解説してくれます。

■自己否定型の人は「見返り」を求める

社会人にとっての自己肯定感の重要性を知ってもらうため、自己肯定感が低い人にはどんな特性があるかを知っておきましょう。まずはじめに、自己肯定感が低い人は、他人のために自分がつぶれるまで頑張ってしまうという特徴があります。

大前提として、「自己肯定」か「自己否定」の、そのどちらかだけの感覚しか持っていないという人は存在しません。誰もが必ず両方の感覚を持っており、どちらが上回っているかによって自己肯定型になるか自己否定型になるかが決まります。

ですから、自己肯定感が低く自己否定をしている人も、どこかで「自分を認めたい」、あるいは「自分を認めてほしい」と思っています。そうして誰かのため、組織のため、社会のために、それこそ自分がつぶれるまで頑張ってしまうのです。

それだけではありません。そのように「自分を認めてほしい」となにかのために頑張るために、「見返り」を求めてしまう。本当の意味での慈悲や心からの奉仕の気持ちを持てず、お金ではなくともお礼の言葉や感謝の態度といった見返りを無意識に期待してしまうのです。

もしそれがなければ、相手に対して攻撃的な考えを抱いたり、逆に自分を責めてしまい自己嫌悪に陥ってしまったりすることにつながります。

では、逆に自己肯定感が高い人にはどんな特徴があるでしょうか。それは、これまで述べてきた自己否定型の人の真逆の特徴です。自己肯定型の人はありのままの自分の存在を認めることができていますから、誰かに「自分を認めてほしい」という強い願望は持っていません。

そのため、見返りを求めるのではなく、本心から人のために動くことができます。相手に感謝されてもされなくても、「楽しい!」「うれしい!」といった自分の心の充足がエネルギー源なのです。ですから、たとえ相手に感謝されずとも、「楽しい気持ちにさせてくれて、むしろ自分が感謝したい」という思いを持てるようになります。

そんな思いを持って生き生きと働くのですから、当然パフォーマンスは上がりますし、たとえ本人は求めていなくとも周囲から認められ感謝されるでしょう。

■パワハラを起こす人の多くは、自己否定型

話を自己否定型の人に戻します。自己否定型の人は、実は介護士さんや看護師さん、カウンセラーなどの心理職や、わたしたち医師など、「援助職」と呼ばれる仕事に就いている人に多いのが特徴です。自己肯定が苦手な人には、「自分を認めてほしい」という思いが「人のために尽くしたい」というエネルギー源になっている人が多いからだと推測できます。

でも、そのエネルギーだけでは長く働き続けることはできません。周囲からの評価が得られないために心を壊し、離職してしまうこともあります。援助職に携わっている人は、「人のために尽くしたい」という自分の気持ちが、本当の意味での慈悲からものなのか、あるいは見返りを求めてのものなのかという点に着目することが、ときには必要かもしれません。

さらに、自己否定型の人は別のかたちでも問題を起こすことがあります。たとえばパワハラも自己否定型の人が起こしがちな問題です。自己否定型の人ほど「本当は自分を否定したくない!」という心理が強く働くため、自分の価値を上げることに必死になり、強い言葉や振る舞いによって他人より優位に立とうとするからです。同じタイプには、先手を打って人を責めることで優位に立とうとするクレーマーも含まれます。

「自己肯定感が低い」というと、なんとなく「弱々しい人」をイメージする人も多いかもしれませんが、そうとは限りません。そのイメージどおりに、誰かのために頑張ったのによろこんでもらえなくて「やっぱりわたしは駄目な人間だ…」とくじけてしまう人もいれば、パワハラ上司やクレーマーのように攻撃性を他者に向ける人もいるのです。

心理学では、前者を「自責型」、後者を「他罰型」の人と呼びます。攻撃性は人間であれば誰もが持っているものですが、それがどこに向かって発露されるかにちがいがあります。自責型の人は攻撃性を自分に向けて、他罰型の人は他者に向けて発するということです。

そのちがいは、基本的に幼少期からの経験(学習)によって決まります。自分の攻撃性を自分に向けることで満足する体験を繰り返したのか、逆に他者に向けて満足してきたのか—というちがいです。

■日々の習慣で自己肯定感を高める「頑張った瞑想」

ここまでの話で、なかには「自己肯定感も子どもの頃からの学習によって決まるのだとしたら、大人になってから高めることは無理だな」と思った人もいるかもしれません。

でも、そんなことはありません。ありのままの自分を認めて受け入れる訓練によって、大人になってからでも必ず自己肯定感を高めることが可能です。

いわば、自己否定するのではなく自己肯定する体験を繰り返して、学習し直すわけです。

そのための方法が、わたしが「頑張った瞑想」と呼んでいる、1日の締めくくりに取り入れていただきたい自己肯定のワークです。ふだん瞑想をしていない人は、自分の感覚に対して意識的に注意を向ける習慣がありません。

そのため、本当は自分がたくさん頑張っていたとしても、その事実に目を向けていないことが少なくないのです。そうではなく、自分で頑張ったことをしっかり認識して、自分を認めるということをあえて行うのが、この瞑想というわけです。

やり方はとても簡単です。まず、姿勢にはとくに決まりはありません。椅子に座ってもいいし、寝る前にベッドに横たわって行ってもいいでしょう。リラックスできる姿勢になったら、その日の行動を振り返り、「今日も1日、こんなに頑張った、頑張った」と自分に対していったり心のなかでつぶやいたりするだけです。

表現の仕方を変えることでものごとのとらえ方をポジティブに転換することを、専門的には「リフレーミング」といいますが、この瞑想もその一種といえます。さらに自分が発した言葉を自分の耳で聞く、あるいは心のなかで念じるだけでも、その言葉を自分自身にいい聞かせることになるという、いわば、一種の自己暗示の要素も有しています。

そして、なにを頑張ったのかを具体的に言葉にするとより効果的です。1日を振り返ると、仕事で大きなミスをしたとか大事なミーティングに遅刻したといった、ネガティブなことが思い浮かぶことが多いものです。そこで、「そんなに大変だったのに、こうして1日を無事に終えられていまここにいるのは、自分が頑張ったからだ」と考えてみるのです。

そして最後に、その大変だったことをすべて手放してあげましょう。大変だったこと、つらかったことをおさらいして考えて考えて考え切ったら、大きく息を吸って、吐く息と一緒にそれらを外に吐き出すようにイメージします。そして、「頑張った、頑張った」と心のなかで自分をねぎらってあげる。

これを続ければ、毎晩ぐっすりと眠りにつくことができて、自己肯定感が徐々に高まっていくと思います。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人