鉄道ファンなら書籍・サイト等で一度は見たと思われる、近鉄電車が平城宮跡を横切るシーン。将来、そのようなユニークなシーンは見られなくなるだろう。奈良県と奈良市、近畿日本鉄道が、大和西大寺~近鉄奈良間の移設・地下化計画を進めているからだ。

  • 平城宮朱雀門の前を通過する近鉄奈良線の列車(写真はイメージ)

奈良県は3月25日、奈良市および近鉄との協議が整い、大和西大寺駅高架化・近鉄奈良線移設事業について記載した踏切道改良計画を策定。国土交通省に提出したと発表した。

■大和西大寺~近鉄奈良間の事業、完成予定は2060年度

近鉄奈良線の大和西大寺~近鉄奈良間は、奈良市内を東西に走り、キロ数は4.4km。近鉄奈良駅付近は地下区間、それ以外は地上区間となっている。

今回の計画の背景には、国土交通省から指定された「改良すべき踏切道」を解消するねらいがある。大和西大寺駅は奈良線の他に京都線・橿原線が乗り入れ、列車がひっきりなしに来る。そのため、駅西側にある4カ所の踏切は2017年、「改良すべき踏切道」に指定された。大和西大寺駅周辺の高架化により、4カ所の踏切が廃止される。

大和西大寺~新大宮間では、平城宮跡歴史公園を横切る。朱雀門の前を近鉄電車が通過する風景は鉄道ファンの間で有名だが、歴史的景観を損ねるという声もあったようだ。大和西大寺駅から新大宮駅付近までの間にある4カ所の踏切もまた、2018年に「改良すべき踏切道」に指定されている。

  • 大和西大寺駅高架化・近鉄奈良線移設事業の計画(奈良県の報道発表資料をもとに、地理院地図を加工)。本誌連載「鉄道ニュース週報」第271回より再掲

こうした事情から、平城宮跡歴史公園(平城宮跡)を迂回するために大和西大寺~近鉄奈良間の線路を移設し、大部分を地下化することになった。計画では、奈良線は平城宮跡の南側を走り、大宮通りの地下を走る。平城宮跡の南側に朱雀大路駅(仮称)、新大宮~近鉄奈良間に油阪駅(仮称)を新設し、新大宮駅も移設、地下化される予定となっている。

2021年4月現在のスケジュールとして、2041年度に着工し、2060年度の完成をめざすとのこと。いずれにせよ、完成はまだまだ先といったところだ。

■車両のバリエーションも豊富な大和西大寺駅

現在の大和西大寺駅は、東西に奈良線、南北に京都線・橿原線が乗り入れ、同駅で線路がほぼ十字に交わる格好となっている。

  • 大和西大寺駅における現在の線路配置の概略図。本誌連載「鉄道ニュース週報」第271回より再掲

構内は3面5線となっており、1・2番ホームに奈良線(近鉄奈良方面)と橿原線(橿原神宮前・天理方面)、3・4・5番ホームに京都線(京都・国際会館方面)と奈良線(大阪難波・神戸三宮方面)の列車が停車。6番ホームには橿原線(橿原神宮前・天理方面)の列車が停車するほか、大阪難波方面の一部列車も発車する。4番ホームと5番ホームの間は1線しかないため、3・4番ホームから5・6番ホームへは停車中の列車を通り抜けての移動ができる。駅に隣接して西大寺検車区がある。

試しに、1・2番ホームの近鉄奈良方に立ってみた。奈良線と橿原線が交差するように線路が配置され、まるで無数のホースが交差しているかのようにポイントが配置されている。奥には留置線で休んでいる大和西大寺駅止まりの列車も見えた。

筆者は休日の昼間に大和西大寺駅を訪れたが、この時間帯も奈良線と橿原線の列車がひっきりなしに入ってきていた。近鉄の一般車両や特急車両に加え、奈良線に乗り入れる阪神電気鉄道の車両、京都線・奈良線に乗り入れる京都市営地下鉄の車両も見られる。バラエティー豊かで、鉄道ファンからすると実に楽しい場所だが、駅周辺の踏切の待ち時間が長くなることは容易に察しがつく。

  • 東西に奈良線、南北に京都線・橿原線が乗り入れる大和西大寺駅

ちなみに、大和西大寺駅を初めて利用する人がいるなら、事前に行先をよく確認しておくことをおすすめする。たとえば、3番ホームでは神戸三宮行の快速急行が発車した後、次に京都行の特急列車が入線する。また、橿原線の電車は1・2番ホームと離れた6番ホームから発車するため、戸惑う利用者の姿も見かけた。将来的に大和西大寺駅が高架化されたら、ホームごとに行先を固定化できるような構造になると大変ありがたい。

■大和西大寺駅から新大宮駅まで約3分、駅前の踏切は渋滞

大和西大寺駅から近鉄奈良行の急行に乗車した。大和西大寺~近鉄奈良間は特急列車を除き、途中の新大宮駅にも停車する。京都線からの直通列車も乗り入れるため、休日の昼間であっても近鉄奈良駅発着の列車は1時間あたり10本を超える。

近鉄奈良行の急行が大和西大寺駅を発車すると、すぐに平城宮跡歴史公園が見えてくる。視野が急に開け、朱雀門をはじめとする平城宮跡の建物を眺められる。ただし、意外に早く公園内を通り過ぎるため、スマホなど操作している間に見過ごしてしまうかもしれない。大和西大寺駅を発車してから3分ほどで、次の新大宮駅に到着する。

  • 特急列車以外の種別が停車する新大宮駅

  • 新大宮駅付近にある踏切は「改良すべき踏切道」に指定されている

  • 京都行の特急列車が踏切を通過

新大宮駅のすぐ東側に、両側4車線の道路にまたがる踏切があり、これも「改良すべき踏切道」に指定されている。遮断機が降りると、すぐに渋滞が発生する。その上、駅前から横断歩道までやや距離があるため、踏切前を横切る歩行者も散見された。10分ほど新大宮駅の駅前で立っていると、周辺の交通環境が良好とはいえない状態であることに気づく。新大宮駅は高校生の利用も多いことから、移設・地下化の他にもなにかしらの手を打ってほしいと思う。

新大宮駅から再び近鉄奈良行の列車に乗った。しばらくすると地下に潜り、終点の近鉄奈良駅に到着する。近鉄奈良駅は4面4線のターミナル駅で、1969(昭和44)年に地下化された。それ以前は近鉄電車が地上の大宮通りを走り、駅に乗り入れていたという。同駅の地下化に合わせ、旧油阪駅が廃止となり、新大宮駅が開業している。まだ計画の段階なのでなんとも⾔えないが、⼤和⻄⼤寺〜近鉄奈良間の移設後、 約50年前に廃止された駅が復活することは実に興味深い。

  • 近鉄奈良駅は地下駅。奈良市の中心地に近い

先述した通り、大和西大寺~近鉄奈良間の事業の完成は約40年後とされており、おそらくは紆余曲折を経て移設が完了するのだろう。それまでの過程をできるだけ追ってみたいと考えている。