80年代の終わりは多段化のはじまり。世界初の5速ATの誕生|ハチマル・テクノロジー 自動変速機編 Vol.1

【ハチマル・テクノロジー 自動変速機編 Vol.1】

 80年代を迎え、まず真っ先に飛躍的な進歩を見せたのがエンジン性能だった。パワー、トルクとも70年代とは比べものにならないほどの数値を弾き出すようになっていた。となると、次はエンジンパワーを伝えるトランスミッションということになる。当時はMTが全盛、ATはまだまだ少数派で、現代と比べると使い勝手の点でもかなり劣っていた。その自動変速機が、一気に性能を上げていったのが80年代なのである。

主流となったトルクコンバーター+ギア式変速機の組み合わせによるステップ式の自動変速機など【写真3枚】

自動変速機の基本型となる、トルコン+ギアのステップ式

 1970年代中後半の排ガス対策は、排ガス対策以外のすべての自動車技術の進歩を数年にわたり止めていた。自動車メーカーにとって、文字通り「かかりっきり」の事態だったのである。

 それだけに、排ガス対策に決着をつけた70年代終盤から、まさにその反動のようにして、性能やユーティリティーにかかわるあらゆるメカニズムは、劇的に進化を遂げていくことになる。

 すでに本欄でも紹介してきたが、エンジンメカニズムはその最たる例だ。4バルブDOHCやターボの実用化、それにかかわる数々の制御メカニズムの発達により、かつてはレーシングカーのスペックと思われていた性能が、量産車のものとして誰もが手にできるようになったのである。

 こうした中で、自動変速機も80年代に大きく進化を遂げたメカニズムのひとつなのだが、あまり印象に残っていないところがおもしろい。スピードやパワーは強烈なインパクトとなって残りやすいのだが、スムーズで快適な変速作用といったことに対しては、なんとなくよかったという印象しか受けず、記憶が薄れてしまうのだろう。

 自動変速機が普及し始めたのは80年代に入ってからだ。70年代はマニュアルミッション(MT)が圧倒的多数でATは少数派の存在だった。今から振り返るととても考えられないことだが、当時は老若男女、大多数のドライバーがMT車を走らせていたのだ。

 ところで、誤解を避けるためにメカニズム用語の使い方を再確認しておきたいが、ここでいう自動変速機(AT)とは、変速操作を機械が自動的に行う変速機すべてのことを指し、われわれがふだん「オートマ」と呼んでいる形式のATのことではない。

 われわれが「オートマ」と呼んでいる自動変速機は「トルクコンバーター付きステップ式自動変速機」のことで、自動変速機の一形態(と言っても圧倒的多数だが)である。MTのクラッチに相当する部分にトルクコンバーターを用い、MT車と同じギア構成によるトランスミッションを使い、機械が自動的に変速を行う変速機である。

 もともとAT車(ステップ式AT)はアメリカで普及し、それが10数年の時間差をおいて日本でも広まっていったもので、上級車クラスやMT操作が苦手なドライバーのための「イージードライブ機構」という印象が強かった。当時はLとDの2ポジションしかない2速ATも珍しくなく、70年代後半になりトヨタグループから3速+オーバードライブ(OD、事実上は4速AT)の多段式ATが登場してくる流れだった。

 トルクコンバーターは、それ自体が流体ジョイントの役目を果たしているが、トルクの増幅機能を持つため(ゆえにトルクコンバーターの名称)、MT車よりギア比をワイドレンジに取ることが可能。ハイギアード設定として高速巡航時のエンジン回転数を下げられるのはこのためだ。

 逆に、トルク増幅が不要な走行条件では、トルクコンバーターによる伝達損失を抑えるため、エンジン側とミッション側を直結状態とする「ロックアップ機構」が考え出された。最初は高速ギアのみだったが、最終的には各ギアに適用され「全段ロックアップ機構付き」のATが登場している。

 伝達効率やドライバビリティー、実用性能から見たステップ式ATは、80年代に一気に進化を遂げたことになるが、こうした意味で言う80年代最後の進化型は5速AT(Y31セドリック、ジヤトコ製)だ。MTと同じくミッションの多段化は、動力性能面や効率性の点で大きな効果があった。

■セドリック5速AT


自動変速機の主流はトルクコンバーター+ギア式変速機の組み合わせによるステップ式。80年代初頭から目覚ましく発展し80年代の最終型がY31セドリックで採用されたジヤトコ製5速AT(当時世界初)となる。効率化、高性能化の点で多段化は必須だった。


Vol.2、Vol.3に続く