【特別対談】「東洋文明と西洋文明を理解し、バランスを取ることができる国は日本だ」(後編)

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教育のあり方を考える
 ─ 近代化は重要な課題でしたが、そればかりを追ってしまい、バランスが取れていなかったということですね。

 土居 ええ。例えば福沢諭吉が提唱した『脱亜論』がありますが、かなり早かった。今は私も脱亜論だと思っているのですが、その理由は日本はどうしても東洋文明に引っ張られてしまう。しかし我々は明治以前から西洋文明を学んでいます。

 世界で東洋哲学と西洋哲学の両方がわかって、バランスを取ることができる国はありません。明治時代の日本もなることができませんでした。当時の福沢の『脱亜論』はアジアを離れて西洋に付いていく、といった趣旨のものだったからです。

 今に引き戻すと、米国も中国・アジアも今のままではいけません。日本として経済は大事にしなければいけませんが、米中の間に立ち、人類を救うくらいの覚悟をする必要があります。若者達がそういう気持ちにならず、ただ西洋に付いていくだけだったとしたら、日本は沈没してしまいます。

 ─ 土居さんは大学で若者とも交流していますが、意識はどうですか。

 土居 覚悟までは行っていませんが、ネット等で勉強をしていますから、親や教師の言っていることはどうも違うと、多くの若者が思っています。

 かつて日本では若者を中心に明治維新を成し遂げ、新しい日本を作りましたから、今後もそういう流れはあり得ます。ただ、その後のリーダー達が過去の水準に達することができず、自分中心で物事を考えてしまった。そして大戦があり、その後も間違い続けて今日があるわけです。

 かつての日本には政府だけでなく、在野にも力のある人達がいましたが、今は力がなくなっています。今の若者にはネットで勉強するだけでなく、例えば昔の力のある人達について知ってもらいたいのです。

 ─ 尾﨑さんも経済同友会での活動を通じて若者と対話していますね。

 尾﨑 今の人たちは関心のあることについては情報をいくらでも取ることができます。ですから教育というと教室があり、教師がいて、黒板があって、カリキュラムがあって……というのも大事ですが、そうではない世界が圧倒的に大きくなる可能性があります。

 これからの時代は関心をどこに向けるかで国力が決まると思いますが、今の若者の関心はおそらく「地球」と「新しい時代の民主主義」に向いていると思います。公教育を含め、みんなでディスカッションして、体験してという場を与えていくことが重要になっていきます。

 土居 尾﨑さんは経済同友会で教育問題に熱心に取り組んでおられます。

 ただ、識者がいろいろ考えてもなかなか変えるのが難しい。いかに強力なリーダーがいても、それをサポートする人たちに同じような発想をする人が大勢いないといけません。

 今の公教育の中にもリベラルアーツが必要だという認識は出てきていますが、現在の枠の中にどう入れ込むかという話になりますから、すぐには実現しません。ただ、例えば渋谷教育学園理事長の田村哲夫さんは、この10年間、いま我々が議論しているような内容を学内で訴えてきました。すると当初は理解されなかったものが、徐々に理解者が出てくるのです。

日本に「寺子屋」が必要
 ─ 意識のある人はいるけれども、現在の枠組みの中で取り組むのがなかなか難しいということですね。

 土居 私は改めて日本には「寺子屋」が必要ではないかと考えています。日本は明治5年の学制改革で全てを小学校に切り替え、寺子屋を廃止してしまいました。それによって教育が画一化してしまった。

 ただ、そこに危機感を持つ人が少しずつ出てきていて、「私塾」を始めたり、小中一貫教育の私立学校の中で、そのような教育を展開している人もいます。こうした動きをネットワーク化する必要があります。

 さらに今、コロナ禍の中で教育もオンライン化し始めていますが、自宅で勉強をしていると親が付き合う形になります。そこで家庭と学校とが改めてつながってきていることに加え、家庭から発信して寺子屋的なプラットフォームを構築しようという人も出てきています。

 ─ 日本に寺子屋が必要だという土居さんのお話ですが、尾﨑さんの考えは?

 尾﨑 コロナによって、座学はオンラインでできるようになりましたが、人間社会の基本である、人と接してコミュニケーションをする場の重要性がますます大きくなってきました。これはAI(人工知能)やロボットが普及しても変わりません。

 では学校には何をしに行くのだろうかと。例えば、皆で集まって礼楽(れいがく)、スポーツをすることが、人の内面の糧になります。それが不足すると、国全体の文化、文明が衰退していくことになると思うんです。

 土居さんがおっしゃるように、「寺子屋」的な場を提供することが重要です。

 ノーベル化学賞を受賞したオランダのパウル・クルッツェンが2000年に「人新世」という新たな時代区分を提唱しました。それは人の存在が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代ということですから、人の営みとは何なのかに立ち返らざるを得ません。

 土居 産業界の人材育成も非常に重要になっています。次の時代の産業を担う「第2の松下幸之助」は出てくるか、ということを最近議論していますが、出て来てもらうためにもリベラルアーツが必要です。

 ただ、欧米のリベラルアーツがエリート養成なのに対し、日本は四民平等で、幼児、小中高と学問だけでなく礼儀も含めて一気通貫で教育をしていた。

 そうした日本が蓄積してきた土台、アイデンティティに根ざして、新たな技術、発想を生み出すことで地球に貢献できると思うんです。そのためにも、先人の知恵を学び、その水準に近づかなくてはなりません。

 日本は敗戦で過去を全否定したことで、教育の場でも学びづらくなってしまった。しかし、過去に目を閉ざして西洋に追いつけ追い越せといっても越えられません。

 ですから自らのコアを見つめ直すことが必要であり、その観点で私は「日本のこころ」を提唱しています。

 ─ 具体的な活動は始まっていますか。

 土居 「自啓(じけい)共創塾」という塾を始めます。尾﨑さんには塾長として引っ張ってもらいます
が、対象は15歳から50歳くらいまでで、若い世代と、その親を寺子屋的に教育するというコンセプトです。

 尾﨑 本当に自分たちを知らないと相手を理解することはできません。自分達を知り、相手の価値観、地球上の全ての価値観を理解、共有、共感できるような人を育てていかないといけないと思います。

 ─ 教育に対する危機意識を持つ人が増えていると。

 土居 人間の中には利己心と利他心が混在しています。かつての日本にはそれが理解できる教育課程があり、利己心を抑えて、自己犠牲の精神を発揮していた。

 しかし今は「私はどう生きるか」という自我、小我の話に捕らわれて、もっと大きな視点があることを忘れてしまった。

 これは宗教ではありません。しかし、日本は仏教、儒教、神道を自らの内に取り込んで、自然とも一体となった精神性を形成してきました。仏教学者の鈴木大拙はこれを「日本的霊性」と呼びました。

 尾﨑 近年、こうした日本のようなあり方を「Spiritual ButNot Religious」(SBNR=無宗教型スピリチュアル層)と呼ぶようにもなっており、世界的にも重要視されています。

 土居 我々は「日本のこころ」を「独特の風土で培われた自然観と、それを支える日本的霊性、さらには仏教や儒教等の東洋文化の要素が習合して、長い歴史の中で形成されてきたもので、これに明治以降の洋学の視点も加わり、今日の日本人の生活観、社会観、世界観を支えるものとして、その人格の基礎を形成している」と定義しています。

 これをベースに今後、「日本型リベラルアーツ」を再構築すべく、活動をしていきたいと考えています。